第2話 霊能者
自宅から歩いて三十分。
俺は寂れた雑居ビルの前に到着する。
チラシに書かれていた住所はここだった。
まさかこんな近所に除霊を請け負う人間がいるとは思わなかった。
ビルは不気味な雰囲気を漂わせている。
俺は建物を見上げて呟く。
「……除霊どころか心霊スポットみたいだな」
なんだか不安になってきたが、引き返すわけにもいかない。
俺は意を決してビルへと踏み込んだ。
エレベーターは故障中だったので階段を使う。
チラシによると事務所は三階にあるらしい。
少し息を切らしつつ、俺はビルの三階まで上がった。
安っぽい扉には「棺崎霊能探偵事務所」の看板が付けられている。
俺は看板の文字に注目する。
「ひつぎ……ざき……?」
オーナーの苗字だろうか。
なんとなく偽名のような気がする。
それにしても霊能探偵とは、かなりストレートなネーミングだ。
(インチキだったらどうしよう)
可能性は十分にある。
相談だけで何万円も請求されて、断れば脅迫されるのだ。
別にありえない話ではない。
大真面目に除霊してもらうよりずっと現実的だろう。
しかし、俺は騙されるリスクも承知でやってきたのだ。
一刻も早く美夜子による怪奇現象を止めなくてはならない。
俺は藁にも縋る思いで扉をノックする。
部屋の奥から足音が聞こえてくる。
間もなく扉が開いた。
顔を見せたのは赤髪の若い女だった。
女優やモデルみたいな美形で、黒シャツの上に白衣を羽織っている。
微笑するその女は気さくに話しかけてきた。
「どうも。予約の依頼人さんかな」
「はい。村木です」
「私は所長の棺崎です。はじめまして」
"ひつぎざき"ではなく"かんざき"だった。
もし偽名だとしたら、本名は神崎かもしれない。
そんなどうでもいいことを考えるうちに、俺は部屋の中へと招かれた。
室内は不自然なほどに殺風景だった。
安っぽいローテブルとソファの以外には何も置かれておらず、生活感がまるでない。
きっと普段はこの部屋を使っていないのだろう。
俺と棺崎は向かい合う形でソファに座った。
棺崎は缶コーヒーを差し出してくる。
「コーヒーはいるかい?」
「あ、結構です」
「そうか。じゃあ私だけ貰うね」
缶コーヒーを一気飲みした後、棺崎はメモ帳を取り出した。
彼女はボールペンを片手に質問する。
「村木君の年齢は?」
「二十一です」
「職業は?」
「大学生ですね。あとバイトもやってます」
「なるほど」
相槌を打つ棺崎はボールペンを動かす。
視線はメモ帳に落としたままだった。
「利き手はどっちかな? それと血液型も教えてほしい」
「左利きでA型ですけど……この質問って意味あるんですか」
「もちろん。依頼人について知っておくのは重要なことだよ。些細な情報が運命を左右することだってある。特に霊能の分野ではね」
鼓動が速まる。
その瞬間、俺の中で棺崎がインチキ霊能者である可能性が消えた。
別に確たる根拠があるわけじゃない。
ただ、彼女から本物らしさを感じたのだ。
少なくとも、口八丁で相手を騙そうとする姿勢は一切見えなかった。
棺崎はメモ帳を置いて俺の目を見る。
「依頼内容を整理したい。予約の時点でだいたいは聞いているけど、改めて説明してもらえるかな」
「わかりました……」
頷いた俺は膝の上に拳を置く。
自然と力が入るのを見ながら話を切り出した。
「棺崎さんにお願いしたいのは、自殺したストーカーの霊の対処です。嫌がらせを止めてもらいたいんです」




