第19話 不審点
突然の出来事に俺は思考停止する。
「えっ、警察……」
手帳の顔写真は男の顔と同じだった。
名前は安藤隆治。
階級は巡査部長だ。
安藤は不吉な雰囲気を纏っている。
他の警官は真剣な表情で調査をしたり、凄惨な事故で苦しそうにする中、彼だけが何の感情も見せていなかった。
まるで別の世界にいるかのような佇まいである。
棺崎は食事の手を止めて安藤を凝視していた。
いや、視線が微妙にずれている。
どうやら安藤の背後を見つめているようだ。
そこには何もないはずだが、彼女は感じ取ったものがあるらしい。
棺崎はぶつぶつと独り言を洩らす。
「霊能力者ではない……しかしこの数は……」
「どうかされましたか」
安藤が棺崎の顔を見て言う。
棺崎は意味深な眼差しで問い返した。
「君は本当に警察官かな。殺し屋の間違いではないのかね」
「正真正銘、刑事ですよ。他の者に確認してもらっても構いませんが」
「いや結構。身分を疑っているわけではないのだよ。ただ、ずいぶんと憑かれているようだからね。心配になったのさ」
「……多忙な日は多いですが、そこまで疲れていません。お気遣いには感謝します」
微妙に噛み合っていない会話の後、安藤は近くの椅子を引き寄せて座った。
彼はいきなり質問を投げてくる。
「数時間前に地下鉄で大量不審死が起きたのはご存知ですか」
「いや、まあ……」
「不審死? ニュースでは無差別殺傷事件と報じていたよ」
棺崎が肩をすくめると、安藤は冷静に補足説明をする。
「被害者は不可解な殺され方をしていました。人間には到底できないような損壊でした。確かに無差別殺傷かもしれませんが、同時に不審死とも言える事件です」
「そんな話を我々みたいな一般人にしてもいいのかな」
「問題ありません。お二人は一連の事件の関係者ですから」
安藤はさらりと断言する。
それがあまりに自然だったので、俺は思わず「えっ?」と言ってしまった。
棺崎は動じずに訊く。
「我々を関係者と考える根拠は?」
「刑事の勘です」
「本気かね」
「はい。僕の勘はよく当たります」
安藤はふざけたことを大真面目に述べる。
冗談を言った感じはない。
冷たい目は俺達を射抜かんばかりに観察していた。
「お二人が何か知っていそうな様子だったのでお声がけしました。まずお名前を教えてください」
「……村木です」
「霊能探偵の棺崎だ」
静かな圧に敵わず、俺達はとりあえず名乗った。