第10話 対価
強烈な痛みと共に俺は吹っ飛び、ひっくり返って床に倒れる。
口の中に血の味が広がった。
歯も何本かぐらぐらしている。
折れた歯はないようだが、それを喜べる状態でもなかった。
自然と涙が出てきて視界がぼやける。
俺は情けない声を洩らした。
「うっ、あああぁ……」
「おいおい、泣くんじゃねえよ。いじめてるみたいだろ?」
腹の上にスーツの男が座ってきた。
男の拳には血が付いている。
それを俺の服で拭った後、男はせせら笑った。
「タケ、聞いたか。三百万だってよ」
「ふざけてますね」
タケと呼ばれた大男の声がした。
俺からは見えないが、部屋の入り口で同じく笑っているようだ。
スーツの男が俺の襟首を掴んで問う。
「電話で名前を聞いたぞ。村木だっけなあ。おい、合ってるか?」
「は、はいぃ……」
「なあ、村木。お前みてえなガキに三百万をポンと渡すと思ったのか。俺達がそんなに馬鹿に見えたのか。何か言ってみろよ」
何度も平手で頭を叩かれる。
そんなに痛くないが、とにかく恐ろしかった。
俺は泣きながら「すみません、すみません」と連呼する。
これ以上の暴力を避けることしか頭になかった。
しばらくして男が立ち上がったので、俺はその場で正座をする。
なんとなく立ち上がってはいけない気がしたのだ。
男はデスクの奥にある金庫を漁る。
やがて男は取り出した札束を見せびらかしてきた。
「欲しいか」
「あ、うあ……ほ、ほしい、です……」
「なら働けよ」
男がデスクに座って俺を見下ろす。
相手を人間とも思っていない、あまりに冷酷な眼差しだった。
「金は貸さねえが仕事を回してやる。労働の対価としてなら金を渡せるぞ」
「仕事ってどんな」
最後まで発言する前に、スーツの男が俺の口に足を突っ込んできた。
硬い革靴が刺さって何度もえずく。
男はぐりぐりと足を動かしながら言う。
「話は最後まで聞けよ、村木。学校で何を習ったんだ? 質問は後にしろ。また俺の話を遮ったら舌を引き抜くからな」
「……ッ」
革靴が口から抜けた。
俺はせき込みながらも正座を維持する。
唾を吐きたいが呑み込んで耐える。
男は俺の肩を叩いて笑った。
「そうビビんなよ。一か月もあれば簡単に稼げるさ……まあ、死んだり逮捕されてなけりゃな」
男の口ぶりから皮肉や冗談でないのが分かる。
後ろで大男も笑っていた。
駄目だ、やっぱり闇金に頼るなんて間違っていた。
後悔してももう遅い。
この男達は俺を逃がすつもりなんてないだろう。
(終わった……死ぬまでこき使われるんだ……)
恐怖と絶望で震える俺はふと視線を感じた。
男達のものではない別の視線だ。
俺はソファの隙間に注目する。
潰れた顔の美夜子がこっちをじっと見つめていた。