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○○○

「いや、まだ怪しいよ」

「いや、もういいよ」


かくれんぼの掛け声の様で全然関係のないやり取りに、安澄は頬を膨らませた。


「良くないよ。だって、そのイミトって男子が、嘘をついて協力してるかもしれないじゃん」

「何でわざわざそんな事を」

「香利奈が手伝ってくれているのと、同じ理由かも」

「同じぃ?」


わたしが安澄を手伝っているのは、彼氏を疑ってわたしに相談してくる安澄が鬱陶しいからだ。早く健全な仲に戻りたい。


とすれば、あの伊認という生徒も、今回の件で安澄の彼氏との関係性が変わって、何とかしたいから嘘を吐いた?


そこまで考えて香利奈は両断する。


「同じ理由ではないと思うよ」


例えば、安澄の彼氏が惚気話をしていて鬱陶しいとかであれば、むしろ浮気の事実は大っぴらにした方がいい。

わたしと同じ理由で、嘘をつく必要はない。疑ってくる彼女の話が鬱陶しいとかであっても、わざわざ匂わせ相手は自分だと嘘をつく必要もないし。


「わたしは、香利奈が友情で協力してくれていると思ってるけど、そのイミトくんと、大路くんは仲が悪そうだった?」

「あ、そっちの話ね?」


香利奈は、前提となる安澄に協力していた理由が間違っていたことに気づいた。

いや、健全な仲に戻りたいという思いは、友情から来るものだと言っても過言ではないはずだ。


香利奈はなんとか自身を正当化し、会話を続ける事にした。


「仲が良いかは、わからなかったかな。安澄の彼氏、ほとんど喋らなかったし」

「ほとんど?」

「うん。匂わせ画像を投稿した理由を話したのも、色々説明してくれたのも伊認って男子の方だった」

「より怪しい……」


香利奈は何も思っていない様な表情を維持しつつ、頭の中では自分を責めた。


しまった、話すべきではなかったかもしれない。でも、友情を盾にされたら、本当の事を話さざるを得ない。

とりあえず、しまった、という思いは胸にしまって置いて、わたしの中でいつも通りと思う表情を浮かべよう。


そうして浮かべている表情はぎこちないものであったが、彼氏の粗に熱を上げている安澄に気づいた様子はなかった。


「ほら、逆に考えてみたら?怪しいと思われたくないなら、怪しいと思われる状況にするのがおかしいじゃない」


逆に考える、というのは言い訳の常套句にも思えつつ、香利奈はこれはこれで上手く持っていけそうな気がした。


「たし、かに?」

「ね?本当の事だから、疑われる事も覚悟で本当の事を話した、って考えればいいのよ」


丸め込むために香利奈は念押しする。


そう、実際その通り。幽霊を見た、という話が真実だとしても、その話を鵜呑みにして信じる人は僅かだ。


証拠は?いつ?他に目撃者は?どうしてその行動を取ったんだ?

あらゆる情報からそれが真実であるのかを検討し、どうやら真実でありそうだ、というところまで来てようやく検討の余地が入る。

安澄の彼氏の話だって、そんなものだろう。


これでこの話から逃れられる。そう考えた香利奈は安澄の一言で見立ての甘さに気づかされた。


「でもね、気になるのはこの指だけじゃないの」

「はあ」

「今、ため息した?」

「寝不足なの。頭痛が痛い」


低血圧のせいか、周囲の人間と比較すれば頭痛を引き起こしやすい香利奈だが、今回の頭痛の原因は確実に寝不足ではないし、そもそも昨夜はぐっすりと寝た事を自覚している。


「大丈夫?あと、頭痛が痛いっていうのは二重の意味だからおかしいって、SNSで見たよ?」

「大丈夫。あと、おかしくないって説もある。とりあえず、気になる事って?」


こうなったら、納得するまで付き合おう。

結局のところ、最速で根本解決するのが最短の近道なのだと香利奈は考えた。


「とりあえず、これ。夜空の画像」


安澄が見せた画像は、夜の空が映っているだけだった。しかし、画像は編集されており、文章が添えられていた。


文章の中身は、香利奈もよく聞く有名なラブソングの歌詞であり、特段のメッセージ性は感じ取れなかった。


これは流石に、匂わせ検定初級のわたしでも、匂わせ画像ではないだろうと判断できる。むしろ、安澄が知覚過敏レベルの可能性すらある。


親友と呼んで差し支えない相手に失礼な評価を押し付けて、香利奈は尋ねる。


「人も映ってないし、特に気になる事はないけど」

「わたし、こんな夜空知らない」

「わたしはふと見上げた夜空を覚えられた事がないんだけど」

「違うの!ほら、文章。これラブソングの歌詞だよ?じゃあ、彼女のわたしに向けたものかなってなるでしょ?」


安澄が教えられていないSNSで、はたして安澄に向けたメッセージを残すものかと思うものの、それを口に出す必要性を感じられず、香利奈は口を噤んだ。代わりに同意を返す。


「そうだね。なるね」

「でも、わたしは大路くんと一緒に夜空なんて見た事ない。それに、これを撮影した場所、少し高さがあるはず。少なくとも、家の2階とかじゃない」


安澄の言う通り、画像はパフェの自撮りとは違い真上を撮影した構図だった。


どこかのフリー素材の可能性もあったが、香利奈から見てお世辞にも綺麗な写真とは言えず、素人が撮った様な写真に見えた。


星も少し距離が近い?マンションの屋上とかで撮れそうだけど、そこまででもないか。

香利奈は軽く思いついた候補を安澄へ投げ掛ける。


「高層って程じゃないマンションの屋上とか」

「2人で高いところに行った覚えなんてないよ。それに、大路くんは一軒家に住んでるよ」

「興味なかったけど、お城じゃないんだ」

「王子様じゃなくて、大きな路だよ?」


香利奈は伊認が王子様って顔じゃないと言って、大路が苗字だから仕方ないと返した会話があった事を思い出す。


まあ、仮に名前が王子くんだったとしても、お城に住んでいるという事はないだろうけど。


「とりあえず、わかった。安澄の知らないどこか高い場所で撮られて、ラブソングの歌詞だから、これも匂わせだって事?」

「そういう事だよ。それと、最初に見てもらったパフェの写真」

「美味しそうだよね」

「うん。今度一緒に行こうね!じゃなくて!右側を見てみて」


香利奈は、もう既に一度見た画像をしぶしぶ見直した。

改めて目に入るのはパフェと大路。そして、心霊写真の如くひっそりと映っている指先だ。


結局この店が喫茶店なのかファミレスなのかわからないな、と香利奈は思ったままの感想を浮かべつつ、安澄に示された右側にあるものを見て、余計に疑問が深まる。


「なんでカレンダー?調味料は?」

「間違い探しして欲しいわけじゃないの!」

「いや、でも、飲食店なら調味料とか食器とか、喫茶店ならシュガーやミルクポットがあるものじゃない?」

「あるかもだけど、今はいいの!よく見て!カレンダーにハートマーク!」

「ハートマーク?」


香利奈は画像を拡大して目を細める。そこには確かに、ハートマークに思える様なものがあった。


「そういうカレンダーじゃなくて?」

「バレンタインでも何でもない、ただの土曜日だよ?模様だったらおかしいよ」


いや、わたしたちがこの画像で見る事が出来るのは、この画像に表示されている月だけで、他の月のは見られない。

それなら、他の月は同じ日が星だったり四角だったりで囲まれているかも。……流石に厳しいか。


なんとか安澄を納得させられる理由が浮かばないかと香利奈は抵抗してみたものの、自身を納得させる言葉が浮かばずに諦めた。


「よく気づいたね」

「だって、目立つもん。匂わせ画像は、気付ける人には気付ける様に、色々な情報を隠しているんだよ?」


それだけ聞くと、ダヴィンチコードの様な高尚なものに思えてくる不思議だ。実際にやっている事は俗っぽいけど。


映画化どころかドラマ化もしないだろう物語の登場人物になってしまった事を再認識して、香利奈の憂鬱は深まった。


「これ、明日なんだ。きっとデートに違いないよ。だから、やっぱりイミトくんって男子の話は嘘なんだと思う」


それは早計じゃないだろうか。今時、性は多様性が重んじられる時代だし。と、香利奈は言うだけ言ってみる事にした。


「もしかしたら、安澄の彼氏は実は、同性が好きなのかも」

「え?」

「ほら、心当たりはない?例えば、なかなか手を出してこないとか」


手を出してこない、という雑な振り方に、香利奈は自身の恋愛経験値の低さが出ている様で少し情けなくなった。


精神的に充足出来る関係を望む香利奈としては、キスだとか手を繋ぐとかいった身体の接触に少し抵抗感がある。

ハグのリラックス効果には興味があるけど、それを試すなら同性で、なんなら安澄で良いし。とさえ思っている。


「確かに、まだキスもしてないけど、大路くんって意外と奥手なんだよ?」

「それは意外ね」


香利奈の偏見では、運動部だったら何事も積極的な認識であった。


野球部なんだし、恋も部活も押せ押せって感じじゃないんだ。というか、

「奥手な男子が浮気をするの?」

「そう。大路くんが浮気なんてするはずがないの!手を繋ぐだけでも緊張しちゃうのに!」


手を繋ぐだけでも緊張するような人間が、浮気なんてもっての外だ。

ようやく安澄の不安に共感ができた上で、香利奈は伊認とのやり取りを思い出す。


そんなメンタルの持ち主なら、からかわれるのが嫌だというのも納得できるな。なんだ、やっぱり彼の言ってた事は本当なんだ。


香利奈は至った結論を共有する事にした。


「つまりは──」

「つまり、大路くんは相手の人に利用されてるのよ!」

「──へ?」


が、安澄の至った突飛な結論に妨害され、思わず変な声が出てしまった。


「大路くんが浮気するわけないもん。そうだよ、きっと、騙されてるんだ」

「あ」


香利奈は、しまった、という言葉を胸にしまおうとして、さっき一度胸にしまっておいた事を思い出し、次は懐にしまっておくことにした。


もしかしたら、わたしは今、とても迂闊な事に、修羅場へ自ら一歩踏み出してしまったのではないか。


「もしかしたら、デートで詐欺に遭うのかも!ほら、結婚詐欺とか、パパ活とか、大変!大路くんが騙されちゃう!」

「安澄、先走り過ぎだよ。まだ高校生なんだし。それに、安澄の彼氏はそんなに単純な男なの?」

「単純だよ!だって、デートかもって思ったのも、カレンダーが直接の原因じゃないもん」

「そうなの?」

「うん。最近、なんかスマホを見てそわそわしてるなって思ったから、覗き込んだらカレンダーアプリを開いてて、明日の日付に印がついてたの」


わたし以上に迂闊な人間が随分と身近にいたものだ。もう少し慎重でいてくれたら、安澄も疑わなかったかもしれないのに。


湧き上がる大路への不満と文句が口から飛び出ない様に、香利奈は唇をきゅっと結んだ。


……でも、もしそうなってたら、友達が知らない内に浮気されているっていう状況は、ちょっと、いや、かなり気に入らないかな。


やがて、不満と文句は静かな怒りへと変換され、封を破って突き出した。


「詐欺に引っかかる様な彼氏は、頼りにならないよ。いっそ、別れた方が良いんじゃない?」

「違うよ。騙す方が悪いんだよ?大路くんは、優しいから騙されちゃうの」


安澄の中では、既に彼氏は指の形しか知らない誰かに、騙されているという事になってしまったようだった。


騙す方が悪いというのはそうだけど、と同意しつつ、騙される方にも問題があるんじゃないかと香利奈は思う。


だって、世の中は善意だけで出来ているわけではない。空が意志を持たない様に、時には善意も悪意もなく、仕組みや現象のみで動いている事もある。


「優しくても騙されない人はいるよ」


その時、自衛する手段を持つことが出来るのに、それを持っていないのは、準備不足じゃないだろうか。


まあ、言うだけ思うだけなら何とでも言えるか。

実際、被害に遭った時に同じ事を言ったり思ったり出来るかは、その時のわたしにしかわからないしね。


自分の考えを全肯定できない事に気づいて、香利奈は逃げ道を用意する。


「反対に、優しくないのに騙される人もいるけどね」

「じゃあやっぱり、騙す方が悪いんだよ」

「……そうかもね」


誰も嘘をつかない世界は存在できない。

本来なら飾る必要のないSNSの中でさえ、飾り偽る事を選ぶ人がいるのだから。

そして、その中の一人が、安澄の彼氏だって事なんだろうな。


「だから、明日、大路くんを尾行しようと思うの。大路くんを騙している人に、騙すのは悪い事ですよ!って言うために。付き合ってくれるよね?」


香利奈は、何の根拠があって、自分が付き合うと思っているのか理解出来なかったが、口から出た答えは安澄の望むままのものだった。


「いいよ。付き合う」


そう言って香利奈が投げやりに窓の外を見やると、穏やかな陽気は変わらないのに、分厚い雲が太陽を隠してしまっていた。


もう、太陽が見える事は2度とないんじゃないかと思えるくらいに、雲はゆっくりと流れていく。

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