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「嵐みたいだったな」

「それだけ苛立っているんだろう?」

「伊認が煽るからな」

「仕方ないじゃない。辻褄を合わせる為の時間稼ぎが必要だったんだ」


伊認は脱力した体を重力に委ねながら、会ったばかりの香利奈という人間を分析する。


彼女の怒りは僕に対してというよりは、専ら大路の彼女にこんな面倒な事を頼まれた事へ向けたものだった。

正確には、その事で休憩時間を削られた事に、かな。そんなに休憩時間が大事かね。


あまり他人の為に必死になる人間でも無さそうだ。不機嫌だったし。これで手は引いてくれるだろう。


「まあ、時間稼ぎの甲斐もあって、あの写真に納得はしてくれたはずだよな」

「僕の伝えた理由に反論できなかったからね。嘘っぽくはなかったでしょ?」

「胡散臭くはあったけどな」

「匂わせなんて事をしてる大路に、臭いだのなんだのと言われたくはないな」

「うっせー」


とはいえ、と伊認は身体を起こしつつ、大路に湿気を伴った視線を向ける。


大路が匂わせなんて事をしでかさなければ、抽選を逃したライブのチケットも手に入る事はなかった訳だ。

大路の彼女には悪いけど、別れるという事にもならなそうだし、罪悪感が一切湧かない僕を許しておくれ。


「で、ライブのチケットはいつくれるんだい?」

「それだが、まだ保留だ」

「は?僕はきちんと仕事をしたよ?」

「……実は、明日デートがあるんだ」


デート。普通に考えれば彼女との、であるはずだが、この状況において伊認は嫌な予感を覚えつつ、確かめる。


「懲りずに浮気相手と?」

「懲りずとか言うな」

「クーズ」

「反論できねえ」


大路が言葉にする前に、つまりはそのデートに付き合って欲しいという事だと伊認は察した。そして、詳細を話される前に突き放そうと決心する。


「匂わせ画像で彼女に疑われたんだろ?大丈夫。この経験を経て大路は成長した。デートだってこっそり出来るさ!」

「いや……その、だな。もしかしたら、デートの日を勘付かれているんじゃないかと思ってな」

「匂わせ過ぎでしょ!消臭剤でも撒いといたら!?」


大路と伊認からほど近い席にいたクラスメイトの肩が跳ねる。


伊認なりに内緒話だと判断し、声を潜める配慮もしていたつもりだが、本人に隠す気があるのかと疑う様な行動を前に、配慮する気も失せかけた。


「ちょっ!落ち着け!気持ちはわかる!」

「勝手に気持ちをわかろうとするな!大路の撒いた種でしょ!」


別のクラスから不機嫌な様子の女子が乗り込んできた、という時点で何人かが聞き耳を立てているのも伊認は気づいていた。


なんとなくガヤガヤがザワザワになってきた様な気がしつつ、伊認は冷静さを取り戻す事にした。


少し落ち着こう。大路がクズを超えてしまって、何と罵倒してあげたら矯正出来るのかを考えないといけない。いや、本題はそうじゃなかった。僕の目的は一つだ。


「ああもう、この際いいや。チケットの為だし、付き合ってあげるよ。で、なんで勘付かれるような事態になってるのさ」

「助かる。実はそれもさっきの画像の中にあってな」


そう言って、大路はスマホを取り出すと、伊認も一度見た匂わせ画像を拡大する。


相手の指先が写っていたのは上部。対して、次に拡大されたのは画像の右側だ。右下に大路の顔の方が大きく写っている為、頭上辺りのそれは目立ちにくくはあったが、伊認はそこに写っているものを認識する。


「これ、卓上カレンダー?」

「そうだ。あまり店にはないだろ?持ち込んだ」

「何の為に」


大路が更に画像を拡大し、限界まで近づく。

画質も粗くなっていくが、白色に黒い数字、そこに可視可能な桃色の図形を認め、伊認は頭を抑えつつ、その状況を言葉にした。


「明日の日付がハートマークで囲まれてる」

「デートとdateを掛けてるんだな」

「掛けてるんだな、じゃないよ。呑気か。これのせいでバレたかもしれないと。本気で消臭剤も置いておいた方が良いんじゃない」

「匂わせ画像の中に消臭剤が配置されると、匂わせたいのか消したいのかよくわからなくなるな」

「匂わせ画像だって事は伝わるだろうけどね。テキトー言った僕が悪かったよ。真面目に受け取らないで」


伊認は右手の人差し指を、左手首の上で忙しなく跳ねさせる。メトロノームの針さながらのそれを見た大路は、バツの悪い顔で目を逸らした。


何がどうしたら、友人と浮気相手のデートに同行しないといけないなんて羽目になるのか。

しかも、それが友人の彼女にバレているかもしれないだって?修羅場になるのは確定だ。大岡裁きでもやらせればいいのか?


「僕は大路が真っ二つになっても謝らないよ」

「伊認お前、仕事人は仕事人でも必殺仕事人だったのか?」

「バレたか」


伊認が大岡裁きから着想した真っ二つという表現は、大路に暗殺のイメージを与えた様だった。


その事に気付きつつ、伊認は否定せずにむしろ乗っかる事にした。


ボタン一つで敵を消す。それが僕の必殺だ。通報ボタンに感謝。

ライブのチケットを貰ったら、大路のアカウントも通報してやろうか。理由は、そう、不健全な投稿をするアカウント辺りで。折角だから、過去の投稿も見てやる。


仕事人の範疇を超え始めている事を自覚しつつ、伊認はそう決意した。


本作品の前日譚となる短編『或る高校生の空白』を自サイトで公開しました。

URL: https://torinakorann.com/2024/01/23/


安澄にオススメされた身内向け動画に疑問を持った香利奈の話です。

本作品の完結話を投稿後、なろうにも投稿予定です。

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