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近々、学校の近くでアイドルのライブが行われるそうだ。それも平日に。

その事自体はどうでもいいのだが、ライブのせいで授業が騒がしくなるのかと考えると、気分はすこぶる良くない。

どうせなら、好きなバンドのライブであれば良かったのに。そうであれば、学校を無断欠勤して後から両親にバレて怒られる価値もあるというものだ。

クラスメイトの会話の様子から得た情報に対して、暮内伊認は、そんな感想を独りごちた。


「伊認、ちょっといいか」


そこへ声を掛けたのは、クラスメイトの中では伊認とそれなりに親しい、大路勇斗であった。


「実は僕、これまでの人生で、ちょっと良くなかったタイミングがないんだ」

「これからあるかもしれないだろ?」

「借金と宗教の話ならお断り。ついでに政治も」

「選挙の年齢が引き下げられたってのに、嘆かわしいぜ」


大袈裟に両手を広げながらも、どうでも良さそうな表情を浮かべる大路に対して、伊認は口の端を吊り上げた。


「本題は?」

「手伝って欲しい事がある」

「対価次第」

「友達の頼み事に報酬を要求するのか?」

「仕事っていうのは、報酬があるから責任を持つとかうんたらかんたら」

「まあ、そんなお前だから相談するんだけどよ」


伊認にはあるポリシーがあった。

彼は、友達からの頼まれ事であっても、対価を要求する。別に、対価はお金でなくても構わない。

恩を売るという事は、何かを買うという事で、それが恨みでない保証もない。伊認はそう考えて、出来る限りその場で精算し、後腐れを無くすように行動している。


というのを伊認は誰にも説明しなかった。その理由は単に、説明するのが煩わしいというだけである。

しかし、いつも対価を貰った上で何かをする、そうした行動を繰り返している内に、伊認はいつの間にか、周囲から「仕事人」といった評価を受けていた。


「一応、僕が貯めている借りってないよね」


伊認のポリシーは、自身も例外に置くことはない。彼が何かを頼む時は、代わりに何かを頼まれてあげる。そんな状況も珍しくはなかった。

相手から伊認への頼み事がなかった時は、それを借りとして保留する。

しかし、貯める事は借金に近い印象を齎す恐れがあった為、伊認は出来る限り迅速に返している。


「ああ、無いぜ。だから、報酬はライブのチケットだ」

「誰のライブ?」

「スナパトハート」


大路から返ってきた答えは、伊認が好きなバンドだった。先日行われたライブの抽選に落ち、先刻アイドルのライブに愚痴る様な心境にさせた原因でもある。


「大路もファンだったっけ?」

「違う。けど、別ルートで手に入る。ただ、お前が俺の頼みを聞いてくれたらの話だけどな」

「聞く聞く!聞くよお。僕たち友達だもんね!」

「仕事人も形無し、だな」

「仕事人は他称だから、らしくある必要もないでしょ。で、何をすれば良いわけ?」


伊認は二つ返事で引き受けてしまってから、ここまで期待に応えた報酬を用意したという事は、並大抵の要件ではないだろうとも想像した。


「実は、彼女が俺の浮気を疑っている」

「ふむふむ。で、実際浮気はしてるの?」

「してる」

「クズじゃん。さっさと自白しなよ」

「違う!してるが、期間限定なんだ!詳しくは言えないが、俺はまだ無実だ!」


伊認は往生際の悪い事を、と思わないでもなかったが、同時に大路がそこまでの人格破綻者ではないと信じてもいた。

事情だけは聞いてやろうという気になり、情報を集め始める。


「詳しく言えないってのは?」

「そのままの意味だ。期間限定の理由や、相手が誰なのかとかは言えない」

「それこそ仕事人が受けそうな話だね」

「そうなんだよ。俺は仕事人なんだよ」

「浮気を正当化するクズ野郎」

「待ってくれ!俺を見捨てないでくれ!」


大路が大仰な様子を見せる一方で、伊認は冷静に状況の整理を行う。

要するに、理由は言えないが大路は浮気をしている。だけど、その浮気相手は期間限定で、今の彼女と別れたく無い。こんな状況といったところか。わーお。なんてクズなんだ。

整理の結果、伊認の出した結論は大路を救えないという事実だった。


「ライブのチケットと引き換えに、僕は君との友情を失う事になるだろう」

「いや、時期が来たら理由は説明するから!俺だって、話せるもんなら話してーよ」

「浮気相手に口封じされてると」

「口封じされてるわけじゃねえけど、許可は取りたい。それに、こんな話を彼女が、安澄が信じる訳ねえし」


伊認は安澄という名前を回想する。

確か、大路の彼女の名前だったか。会った覚えは無いけど、前に大路が弁当を作ってくれたと自慢しに来た気がする。

食ってみろ、感動するぞ、と半ば無理やり食べさせられた甘い味付けの卵焼きは、感動こそしなかったが確かに美味しかった。

回想した限りでは関係性は良好に思われ、それなら、と伊認は続ける。


「愛で何とかならないの?」

「愛と猜疑心は表裏一体なんだよ」

「なんて面倒な」

「伊認だって、好きなバンドが急に解散しますってなったら、何かあったんじゃ無いかって勘繰るだろ?」

「まあ、公式に理由の説明が無ければ、そうだね」


音楽の方向性が違ったのか、それともメンバーの誰かが病気に罹ったのか、あるいはメンバーの家族に何かがあったのか。

いくつか浮かぶそれらは、しかし、疑心というより不安と呼んだ方が良いのではと伊認は感じた。


「そういう事だ。俺は公式に理由を説明できない。ってより、信じてもらえないと思ってる。だったら、そもそも理由なんてない事にした方がいい」

「いっそカップル解散ってのは?」

「俺が嫌だ。安澄は良い彼女だ」

「我儘でクズだなあ」

「俺だって自覚はあるさ!」


自覚があるなら自分の口で釈明して欲しいものだ。記者会見でも開いてさ。

伊認は呆れた表情を浮かべるが、大路の表情は真剣そのものだった。そのまま睨めっこをしている内に、伊認も仕方ないか、という気になってきた。

引き受けると先に答えてしまったのは僕だし。モノを売った後にリスクを伝えるのは、悪徳商法じみた感じもあるけど。


「ライブのチケットは確実に貰えるんだよね」

「ああ、約束する。確実に取れるはずだ」

「……なんか含みがあるけど、まあ、この際いいや。で、僕は何をしたら良いのかな」

「まずは、この画像を見てくれ」


大路が伊認に見せたのは、香利奈が安澄に見せられたのと同じ、大きなパフェを前に自撮りしている画像だった。

伊認は、一人で食べ切るには胸焼けしそうな量のパフェだなと、見ただけで軽く胃の辺りが重く感じた。


「甘党だったんだね」

「いや、俺1人で食べたんじゃない。俺の向かい側をよーく見てくれ」


伊認は目を凝らして、大路に言われた通り向かい側を見つめ、そこに2本の指を認めた。


「この指の持ち主が、浮気相手って事?」

「ああ、そういう事だ」


殊勝な表情で頷く大路に、伊認はピンと伸ばした人差し指を向ける。


「あのさあ、彼女に秘密にしておきたいなら、こういうのは良くないんじゃないの?もっと慎重にならないと」

「違う違う。これは匂わせってやつだ」

「匂わせ?」

「ああ。彼氏、あるいは彼女がいるが、それを堂々と曝け出すのは自慢してるみたいだろ?それを避ける為に、存在は匂わすが、あからさまにはしないんだ」

「へー。そんな文化があるんだ。で、大路は彼女がいるってのに、そんな匂わせなんかしたんだ?」


伊認は、そろそろ、コイツは一旦罰を受けておいた方が良いんじゃないか、と思い直し始めていた。全部、自業自得じゃないか。


「浮気相手の頼みだったんだ。俺も、安澄に教えてないアカウントだから、セーフかなって」

「でもバレてるんでしょ?」

「誰かがバラしたんだろうな。許せねえ」

「たぶん、その誰かは君の匂わせを許せなかったんだろうね。大路に怒る資格はないよ」

「わかってらあ」


まあ、誰がバラしたのかは、重要な問題ではないだろうと伊認は考える。

バレてしまったものは仕方がない。というか、流れとして彼女に伝わるのは自然な事にも思える。

この現状に対し、大路の依頼はバレてしまった事実を誤魔化すことだ。そこまで難しくはないだろうと、伊認は安めに見積もった。


「僕は、この浮気相手になればいいのかな」

「理解が早くて助かるぜ。そういうこった。伊認は指もゴツくねえし、適役だよ」

「ピアニストみたいに繊細な指先でもないけどね」


伊認は普段から、運動は積極的に行うタイプではない。日中は自宅で音楽鑑賞、外出にしても動機はライブへ行く為というのが主で、ほとんどが遠出である。

その分、肌はあまり日焼けはしておらず、大路が撮影した匂わせ画像に近い、白っぽい指先ではあった。


「誤魔化せなかったとしても、僕のせいではないよね?」

「その時は別の方法を考える。だが、ライブのチケットは無しだ」

「そんなご無体な」

「励め。さすれば与えられん」

「不肖ながら私め、言いくるめには自信があります」


伊認の自信の根拠となっているのは、SNSで鍛えられたレスバトルであった。

バンドのアンチが醜く感じられれば、伊認はそれらのアカウントへ論理的な返信を行い潰す。

「必死すぎ」「付き合ってらんね」と言われた日々は幾星霜。と感慨に耽り、いや、言い過ぎたなと思い直した。


「期待してるぜ」

「善処します。と、早速出番かも」


伊認たちの元へ、彼らには見覚えがない1人の女子生徒が向かってきていた。御園香利奈だ。


学年が上がりクラス替えが行われてから、3ヶ月は経っており、伊認もクラスにいる女子の顔程度は覚えていた。

加えてリボンの色から、同学年の違うクラスの人物だと特定はしたものの、明らかに感じる敵意に対し、自身の中で芽生える僅かな動揺を感じた。

伊認は直近の貸し借りを一通り想起したが、恨みを買った覚えはなかった為、大路の案件だろうと決めつけ、話を聞く態度を整えた。


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