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不定期更新ですが短くまとめる予定です。
2024年中の完結を目指します。
春の陽気だとかいうのは、インターネットでは感じられない。SNSを眺めていても、今日は良い陽気だなんて言葉を見る事はないし、沢山の情報が毎日流れているだけだ。
面白さを勘違いした人間や、あまり歓迎されない欲望が垂れ流されている空間に比べたら、季節を勘違いする事はなく、青い絵の具を垂れ流した様な空を眺めている方が、よほど健康的だと言えるんじゃないだろうか。
御園香利奈は、必死な様子の友人を前にして、そんな事を考えていた。
「ねえ、香利奈、聞いてる?」
「ごめん。聞いてなかった」
「ショージキモノ!」
「正直者は悪い事じゃないよ」
「間違えた。ハクジョーモノ! 友達の悩みくらいちゃんと聞いてよ!」
「ちゃんとした悩みなら聞いたけど。……真面目に答えたら、別れろって話じゃない?」
「まだ浮気かわかんないもん」
香利奈が友人である安澄真琴から聞かされたのは、彼氏がSNSで匂わせをしているという話だった。それだけなら惚気かと思うが、問題はその相手が安澄ではないことだった。外にはこんなにも素晴らしい陽気が広がっているのに、なんともしょうもない話だと香利奈は思った。
「疑わしきは罰せよ。はないちもんめ」
「そんな物騒な歌詞だっけ?」
「人買いの歌って聞いた事があるから、そんな歌詞もあるかもよ」
「適当じゃん! ……香利奈は、彼氏がいた事ないから、私の苦しみがわかんないんだよ」
香利奈は顔を伏せ、表情を曇らせた。
そんな事を言われてしまっては、空の様に心の広いわたしでも流石に文句が出てしまう。
と、彼女が表面上は隠そうとした感情が、形を変えて言葉にも滲み出た。
「じゃあ、理解できないわたしに相談する事が間違ってるんじゃない?」
「あ、そうじゃない!そうじゃないの! 喧嘩がしたい訳じゃなくて。……ごめんね?」
安澄は目を伏せて、頭を下げた。
何かを悪いと思ったら、すぐに謝るのが彼女の良いところだと香利奈は考えている。
香利奈と安澄の関係が続いている1番の理由でもあるだろう。
しかしながら、現在進行形で香利奈の心に去来した感情は、目の前の友人に向けられたものではなかった。
「顔も知らない男に、友達との絆を裂かれるのはムカついてきた」
「あ、顔だったら、こんな感じだよ!」
香利奈の苛立ちを無視して、安澄が差し出したスマホには、画角の右下3分の1程を男子の顔とピースで占めている画像が表示されていた。
香利奈は覗き込むようにして、写真を観察した。
どこかの食べ物屋さんだろうか。ファミレスの様だ。卓上には大きなパフェと、皿が一つ置かれている。
そんな背景の前に、首を振り向きカメラ目線にピースをしている男子の顔が写っている。インカメラでの、いわゆる自撮りに見えた。
「パフェを食べにきたおひとり様って感じ」
「違うの!ほら、写真の上の方!ここ!」
香利奈が素直な感想を示すと、安澄は写真をピンチアウトで拡大する。そして、画像が見切れるか見切れないかという上部を指し示した。
「机の上に、指が乗ってるでしょ?」
「なんてこと。心霊写真だわ」
「ちがーう!これが匂わせなの!わたしはこの店に行った事ない!」
「ふーん」
画像の上部、つまりは自撮りをしている男子の向かい側。確かに卓上には指が乗っている。
人差し指と、中指。ピースをテーブルに乗せている様に見受けられる。
香利奈はカタツムリの頭部みたいだと思った。
「友達じゃない?」
「この指、細いから男子じゃないと思う」
「細身の男子も珍しくないでしょ」
「男子の友達だったら、運動部のはずだもん。指は太いはず!」
「偏見じゃない?それ。マネージャーとかは?」
「聞いたけど違うって」
「そこまで聞いたなら本人に聞きなさいよ」
「マネージャーは友達なの!」
見知った人間以外に話を聞いたのなら変なところで行動力がある、と香利奈は思ったが、友達だから聞けただけだったと理解して納得する。
でも、その友達が嘘を吐いていて、本当は匂わせ相手がその子だったら、修羅場になる展開しか想像できないな。
香利奈は一度、晴れ渡る空を眺め、忌々しげな表情を浮かべた。
「わたしは地獄に巻き込まれたくない」
「大丈夫だよ。浮気じゃないってわかったら天国だから!」
「安澄はね。……でも、そうね」
安澄がこんな状態のままだと、きっと暫くはわたしに構ってくるだろうな。わたしだって、別に一人きりが好きというわけでもないから、構われる事は良いけど、こういう形のものは望んでいない。
でも、まあ、困ってるからわたしに相談したんだろうし。
香利奈は安澄に対する己の甘さを認識しつつ、溜め息を吐いた。
「他に友達もいるのに、どうしてわたしに相談したの?」
「へ?彼氏が知らないわたしの友達が、香利奈しかいないから」
「……はあ。安澄はそういう子よね」
「え?な、なんかごめんね?」
別に親友だから、とか、頼れる相手がわたししかいないから、という言葉を期待したわけではない。ないけど、消去法的に選ばれたのは気に入らない。
香利奈は心の中で言い訳の様に呟いた。そして、なんとか自身を納得させようとする。
ただ、それで苛立つのも大人気ないし、そもそも苛立ちは浮気をした彼氏とやらにぶつけるべきだ。うん、そうだろう。
「もう、安澄の彼氏に直接聞いてくる。それが一番手っ取り早いよ」
「素直に本当の事を言ってくれるかなぁ」
「言ってくれなかったら、その時点でアウトでしょ」
「確かに!」
わたしとしては、他人の修羅場に巻き込まれるとかいう、地獄な状況にさえ巻き込まれなければそれでいい。
そして、安澄には、さっさとこの問題を片付けて欲しい。
香利奈は空に目を向けたがすぐに逸らし、スマホを取り出して数秒ほど睨み合うと、また一つ溜め息を吐いた。