グレンツェ家の人々①
よろしくお願いいたします!
「うお、思ったよりでっかいな~~!」
背後から呑気な声が聞こえて、シャルルーナが振り返ると、そこには赤茶色の髪をした背の高い男が立っていた。
「アレン兄様!」
シャルルーナは花が咲くように笑って、アレンと呼ばれた青年の元へ駆け寄った。
アレンは、彼女の兄で、グレンツェ4兄弟の次男である。そして彼の横にいる青銀色の髪をもつ青年は、その双子の弟…三男のグレンだ。今年で24歳になる二人は、髪の毛や瞳の色以外はそっくりの見た目をしているのだが、陽気な雰囲気を持つアレンと、どこか物憂げで陰鬱とした顔をしているグレンでは、他者に与える印象がまるで異なる。
しかし、そんなことはシャルルーナにとっては些末なことだ。
二人のどちらも、自分を愛し慈しんでくれる、大切な家族に他ならない。
双子は駆け寄ってきたシャルルーナを嬉しそうな顔をして迎えると、アレンは彼女をぎゅっと抱きしめ、グレンはかわいらしい小ぶりな頭にかかる砂を優しくはたいて落としてくれる。
シャルルーナがされるがままになっていると、グレンがふと顔を上げて、地面に横たわる魔獣だったものに目をやった。
「…確かに…大きな…魔獣だ…シャルは……もうこんなに大きなやつも……一人で立派に倒せるんだな」
グレンはいつもゆっくりと小さな声で話す。
少し猫背で、全体的に細身なので弱く見られがちだが、その実、魔力量が人より多いため、魔術具とよばれる魔力で操る特殊な武器を活用した戦闘なら、右に出るものはいない。
「本当になっ!ついこの間までこーーーんなに小さくて、俺たちの足元をちょろちょろしてたのに、大したもんだ!」
対して、自身の膝くらいの高さに手のひらを向けて笑うアレンは、とんでもなく運動神経がいい。
剣でも弓でもなんでも扱うことができる優秀なハンターだ。
「この2人は危うく魔王として生まれそうになっていたところを、無理やり双子に分けることで、なんとか人間として生まれることができたに違いない」と、いつも2人に振り回されている4番目の兄が呟いていたのを思い出し、シャルルーナは苦笑した。
「兄さまたちにそう言ってもらえて嬉しい!でも、久しぶりだったからちょっと時間がかかっちゃったの」
シャルルーナはある事情で、つい数日前まで寝込んでいた。
なんとか動けるようになったので、リハビリのために魔獣狩りに出たのだが、やはりなまっていたのか、最初の一手でうまく切り込むことができなかった。
浅く切って逆上させるよりは、と思い殴打によって昏倒させることを狙ったのだが、それもやはり入りが甘かったようで、魔獣はすぐに起き上がってきた。おまけに(自分のせいで)砂まみれになってしまったので、シャルルーナは内心悔しさを抱えていた。
「はやく兄さまたちみたいに一人前になりたいのに…」
しゅんとうなだれると、双子は「焦ることない」と声をそろえて彼女を励ます。
「そりゃ、たしかに俺たちは14の時には魔獣狩りとして活動してたけどさ」
「…ちがう……13歳と8カ月のときだ…」
「そうか?まあ、どっちにしたって俺たちはほら、フラム兄さんにボコボコに躾けられてるから」
「…そう…地獄のようなしごきの果てに…たどり着いた強さだ…シャルには……あんな目にあってほしくない…」
「そもそもシスコンぶっちぎってるフラム兄さんが、シャルにそんなことするかよ!あの人、シャル以外には容赦ないからなあ」
遠い目をしながらも器用に交互に口を開く兄たちを見ながら、シャルルーナは眉を下げた。
「でも、私もう15歳よ…!」
「――――――そもそも、15歳の貴族子女が魔獣狩りにいそしんでること自体おかしいって、自分で気づいてほしいんだけどね」
急に音もなく現れた別の人影に耳元で話しかけられ、シャルルーナは「ひゃっ」と飛び跳ねた。
慌てて振り返ると、赤みがかった長い金髪を緩く後ろでくくっている美しい青年が、呆れた顔で立っている。
「ユリウス兄さま!」
ユリウスと呼ばれた青年は今年20歳になる、シャルルーナの4番目の兄だ。
彼の、他者に柔らかい印象を与える貴公子然とした面差しは、双子とは全く異なるが、シャルルーナとは少し似ている。彼女とユリウスは母似で、双子は父似なのだ。(なお、長男は父に瓜二つ)
「シャルルーナ、病み上がりなのにどこに行ったのかと思ったら、まさかもう狩りに出るなんて…。兄さんたちも!気づいていたんなら止めてください!」
一番の常識人でもあるユリウスの言葉はもっともなのだが、双子は悪びれもせずに肩をすくめた。
「でもさ、シャルがリハビリがしたいっていうなら、止めないよなあ?」
「……俺たちがいれば……危ない…ときには…すぐに助ける…」
「そうそう!あくまで安全に十分配慮はしてたってわけよ!」
「そんなに……心配なら……ユリウスもついていけばいい……」
矢継ぎ早に話す双子の言葉に、ユリウスは額に青筋を浮かべて怒鳴る。
「俺を!!!あんたらみたいな!!!『魔王予備軍』と一緒にするな!!!普通はこの『魔の森』は気軽にポンポン入る場所でもないし、魔獣狩りはリハビリにはならないんだよ!!!!」
『魔の森』はその名の通り魔獣が息をひそめる危険地帯だ。
だからこそ、辺境伯領では常に警戒態勢がとられているし、一般の魔獣狩りも、滅多に森の奥までは入らない。
それなのにこんな中腹にまでふらふらと入り込んで、自分の体格の数倍はあろうかという魔獣を簡単に倒してしまうなんて、双子はもちろんのこと、シャルルーナも十分規格外なのだ。
とはいえ、怒鳴るユリウスも無傷で3人を追いかけられる程度には実力があるわけなので…要するに、彼もまた、規格外のうちの一人である、が、そんなことに突っ込めるような猛者はこの場にはいない。
その実力はともかく、辺境伯家のなかでは最も常識人でもあるユリウスの叫びがむなしく響く。
哀れな四男ははあはあと肩で息をしながら、こめかみを押さえた。
「……魔王になるはずだった兄さんたちはともかく、シャルルーナはそろそろ貴族子女としての自覚を持ってもらわないと…全く…年中魔獣狩りばかりに夢中で、社交界デビューすらしようとする気配もないし…」
頭を抱えるユリウスを見て、シャルルーナは困ったように眉を下げた。
「でもユリウス兄さま、私、デビュタントになんて興味がないわ」
「そうは言っても、お前ももう15歳だよ?結婚……はちょっとしてほしくない気持ちがあるからいいとして、せめて淑女教育くらいは受けてくれないと、母上に申し訳が立たないよ」
ユリウスもまた、結局のところ末妹を溺愛しているので、嫁に行ってほしいなどとは口が裂けても言いはしないが、15歳という花の盛りを迎えるシャルルーナの青春を、血なまぐさいこの森に埋もれさせるのは気が引けた。
シャルルーナもそんな兄の気持ちが分かっているので、安心させるようににっこりとほほ笑む。
「大丈夫よ!お母さまもきっと私が強くなったら嬉しいはずだわ!――――だって私は『聖剣の乙女』ですもの!」
言いながら、手に持っていた大剣を掲げた。
白銀に輝く刀身に、木々から漏れる日差しがきらきらと反射するのを目を細めて見つめると、シャルルーナは呟いた。
「…大丈夫よ。きっと」
静かに『聖剣』と呼ばれる剣を見つめる妹を、兄たちはもの言いたげに見つめていた……。
***
グレンツェ辺境伯領には、代々、『聖剣』と呼ばれる美しい一本の大剣が受け継がれていた。
それははるか昔、【闇】に包まれかけた世界を、その聖なる力を持って救った英雄が使用していた剣であり、その【闇】が最初に生まれた土地こそが、グレンツェ辺境伯領にある「魔の森」だったと言い伝えられている。
だからこそ、辺境伯領を治める者たちの間で、その剣はひっそりと、しかし、しっかりと受け継がれてきたのだ。
『聖剣』にまつわる伝説は国のあちこちで言い伝えられているが、今となっては空想の物語だと思っている者も少なくはない。また、その存在自体は信じていても、かつての英雄が使っていたというだけで、実際はただの剣だろうと考えているものがほとんどだ。
かくいうグレンツェ家の者たちも、シャルルーナが生まれるまでは、そういった考えを持っている者がほとんどだった。いくら口では『聖剣』とうたっていても、先祖代々の品として領主の部屋の壁に掛けられている、装飾品程度の存在だったのだ。
だがいまは、色々あって、グレンツェ家のほとんどの人間が『聖剣』を『特別なもの』として認識している。
――――こと、シャルルーナにとっては、特に。
今回キャラクターをたくさん出したいなあとおもって書き始めたのですが
予想以上に管理が大変…!
明日も投稿予定です。よろしくお願いいたします。