グレンツェ辺境伯領
本日2話目の投稿です。ここから入られた方は、ひとつ前からお読みくださいませ!
ジュアリス王国は、陸の孤島とも言われる。
その所以は、国を囲む東西南北すべてが、とんでもなく厄介な特性を持った土地だからだ。
東に海、南に砂漠、北に雪山...挙げ句の果てには西には「魔の森」と呼ばれる魔獣が溢れる危険な森があるのだ。
遥か昔、神に選ばれし勇者エラルドが、世界にはびこるあらゆる【闇】を封印するために作ったのがこの国だと言う伝説があるのだが、言い換えると、東西南北のすべてが【闇】ということだ。
中でも西に広がる「魔の森」は、人々にとって【闇】の象徴そのものである。
他の地域ではみないような異形の木々が生い茂り、そのせいで日が差さないので、年がら年中薄暗く、湿っている。
それに加えて、数多の魔物が蔓延る場所なのだ。嫌煙されて然るべき場所だ。
とはいえ、その森を抜けた向こうには隣国があるわけなので...森=国境となる。当然、国境を守るためには砦が必要だ。その西の砦を守るのが辺境伯ーーーグレンツェ辺境伯の役目である。
さて、このグレンツェ家は一風変わった貴族である。
いつ魔獣が襲ってくるかわからないような危険な地域を治めるために必要なのは、圧倒的な「武」であると考えていて、家訓は「力こそパワー」。
そのため、グレンツェ辺境伯領では、辺境伯一家どころか領民全員が、有事の際には、老若男女問わず軍人のように扱われるのだ。
当代の辺境伯当主は、フラム・グレンツェという。30歳とかなり若い男だ。
彼が若輩者でありながらすでに当主としてあるのは、父であった先代が8年前に、事故で妻もろとも失くなってしまったからだ。
若くして責任ある地位に就かざるを得なかった彼には、宝がある。
お仕えするべき国王陛下、自身の領地、領民......そして、愛すべき弟妹たちだ。
そう年の離れていない弟が3人と、15歳も年下の妹が1人。彼は...いや、彼をはじめとする「グレンツェ4兄弟」が何よりも溺愛してやまないのが、この末の妹、シャルルーナだ。
一番年齢の近い兄とも5つも年が離れているシャルルーナは、ラベンダー色の髪と瞳をもつ、美しい少女である。
小柄な体と大きな目、小さな唇が、彼女の可愛らしさを引き立てる。
社交界に出ていれば、間違いなく貴族の視線を集めたであろう娘であるが、彼女もまた、グレンツェ家の一員......つまり、座右の銘は「力こそパワー」なのだ。
***
ドゴゴォーーーーン
普段は陰鬱雰囲気を醸し出す「魔の森」に、ド派手な音が鳴り響く。
執務室で書類を前に頭を抱えていた辺境伯フラムは、その音を聞いてバッと顔を上げるとーーーーー嬉しそうに破顔した。
「おお!シャルルは今日も元気だなぁ!」
立ち上がって窓に近寄ると、激しい音にふさわしくないほどニコニコと笑い、森を見た。
そこにいるはずの、愛おしい妹に想いを馳せながら......。
***
シャルルーナは、頭の後ろで1つに括られた長い髪が肩にかかるのを感じで、ふるりと頭を降った。
その小さな手には、不釣り合いなほど大きな剣が握られている。
辺りは土煙で真っ白だ。自分でやっておきながら、その視界の悪さに、眉を潜める。
「げほげほ...!まったく、もう!!」
軽く咳き込みながら、目の前にいる大きな魔獣を睨み付けた。
「あなたのせいで土まみれよ!」
などと悪態をついているが、実際のところ、この土煙は全て、シャルルーナが巻き起こしたものだ。
森の中腹でこの魔獣を見つけたシャルルーナは、目にも止まらぬ速さで魔獣に近づき、剣で殴った。
そのとんでもない移動スピードと、魔獣を叩きつけた衝撃で、地面の土が舞ったのである。
つまり、自業自得。
それでもすべての責任を、目の前の哀れな魔獣に押し付けて、シャルルーナは剣を構えた。
その所作は、戦いになれた軍人のものと同じーーーいや、それよりも遥かに洗練されたものだ。
「成敗してやるぅ~~!」
むむむっと口を可愛らしく尖らせながらも、その目は鋭く標的を射ぬく。
シャルルーナは、深く息を吸って、吐いた。
そしてすべての空気を吐ききる少し手前で息を止め、また魔獣めがけてものすごいスピードで近づいた。
魔獣は、最初の打撃からようやく身体を起こして、舞い上がる砂を不快そうに頭を降って、落とそうとし始めたいたところだ。シャルルーナの動きに反応できていない。
そのまま、彼女は剣を振り上げーーーーー
ザシュッ!
魔獣は首を切られて、倒れた。
シャルルーナ・グレンツェ、15歳。
辺境伯領内から一身に愛情を受ける、やんごとなき貴族の娘でありながら、彼女は立派な魔獣狩りなのである。
明日も投稿予定です!