魔王予備軍の罠
本当は土日に上げたかったのですが間に合わず…よろしくお願いいたします。
(少しだけ喋りすぎちゃったかな…?)
新たに目の前に現れた魔獣を蹴飛ばしながら、シャルルーナは内心反省した。
本当はあそこまで深い話をせずにごまかすつもりだったのだが、アッシュがまっすぐに問いかけてきたので、これはきちんと返さないと失礼だな、となんとなく思ったのである。
(でも、あそこまでヒントを与えれば、あとはもう、今日戦う私を見せればなんとなく諦めてくれるかな…?なんて…)
勘だが、双子の意図もそこにあるような気がしていた。
だからか、脳内のユリウス警報も今は鳴りを潜めている。
双子は、「アッシュにシャルルーナを理解させる」と言った。だとしたら、この状況はある意味ベストである。
シャルルーナの戦い方は、シャルルーナそのものだ。
どちらかというと直情型で、力任せ。大雑把なところもあるし、あまり後先考えていない…ユリウスに言わせれば「脳筋」なのである。
これは、アッシュがシャルルーナ(仮)に対して持っている「月のような」印象とは、まさしく対極にある動き方だ。先ほどの話と合わされば、少なくとも今のシャルルーナの精神が、アッシュが惚れた相手とは別人のものであるということは伝わるはずだ。
(とりあえず、今の私にできることはちゃちゃっと前線を押し戻すことね!)
うんうん、と心の中で頷きながらそう結論付けると、シャルルーナはどんどん魔獣を狩るべく剣を抜いた。
前線が入り口近くに来てしまっているのは、見た感じ事実のようである。
しかし、あと数体ほど倒せば、出てきてしまった大型の魔獣は一通り一掃できるであろうと思えた。、
体力的にも問題はなさそうなので、きちんと与えられたミッションはこなせそうだ。
少しだけ油断し始めていたシャルルーナだったが、兄たちに可愛がられて育っていた彼女は、本当の意味での双子の厄介さに気づいていなかった、ということを、この後痛感することになる。
そう、シャルルーナの『脳内のユリウス』は、仕事を終えていたのではなく、しかるべき時にしっかりと仕事ができるよう、待機しているに過ぎなかったのだ………。
***
一方その頃、『魔の森』入口にて、双子は優雅な時を過ごしていた。
屋敷から野営道具を引っ張りだしてきて、楽しいデイキャンプ状態である。
侍女が入れた紅茶を静かに飲みながら、グレンが口を開く。
「……俺は……怒られると思う……」
別段おびえている風もない呟きに、クッキーを頬張りながらも、アレンは頷いた。
「だろうな。シャルにもしばらく口をきいてもらえないかも」
「…むむ…」
それは嫌だな、とつぶやきつつも、2人とも態度は落ち着いたままだ。
「でも、あれくらいやらないと、シャルが自分で何とかできちゃうだろ?」
「……そうだな……引っ張り出すためには……必要な状況だ……」
双子はたった一人の妹を心から愛していた。
愛しているからこそ、それ以外がどうなろうと、彼女の望む結果があればいい、という思考を持っている。
双子の理解の中では、いまシャルルーナが最も望んでいることは、『アッシュが人違いに気が付くこと』である。だとしたら、やるべきことは非常にシンプルだ。
「―――――本物を出してしまえばいい。それが一番手っ取り早いからな」
アレンとグレンは、よく似た顔でにやりと笑った。
***
「うおりゃああああああ!!!……っと、こんなものかな」
ずうぅんという大きな音を立てて、10体目の魔獣が地に付した。
さすがに少しだけ呼吸を乱しながらも、シャルルーナは笑顔で振り返る。
「アッシュ様、そろそろ十分だと思います!お手伝いありがとうございました!」
「あ、ああ……」
お手伝い、という言葉に、アッシュは曖昧に返事をするしかない。
それというのも、結局ほとんどの魔獣をシャルルーナひとりで倒してしまったからである。
アッシュがしたことと言えば、魔獣が複数現れた時に一方の気を引くため走り回ったくらいだし、それもシャルルーナがあっという間にすべて倒してしまったので、ほんの数分のことだった。
「……情けないな……」
騎士として生きてきたアッシュは、当然自分の実力にも自信を持っていた。
王を、国を守るべく鍛えてきた日々も、この『魔の森』の中では無に等しい。
自嘲気味に苦笑したアッシュをみて、シャルルーナはきょとんと首を傾げる。
「アッシュ様、どうしましたか?やっぱりつかれちゃいました?」
「あ、いや…私は本当に全く疲れていない……」
「そうですか?……でも、どっちにしろもう終わりですからね!そろそろ入口の方へ戻りましょう!」
(初めての『魔の森』だもの…歩いてるだけでも疲れちゃうわよね。私ったら、気が利かないんだから…!)
内心で微妙にずれた反省をしながら、シャルルーナは服についた土汚れをはたいた。
今日はたくさん狩ったので、当然いつもよりも汚れている。また家のメイドたちに苦言を呈される未来が見えてシャルルーナは少しだけ慌てた。
「あわわわ、大変、また怒られてちゃう…!」
「ん…?ああ、確かに汚れてしまったな」
突然必死に汚れをはたきはじめたシャルルーナをみて、アッシュが納得したように頷いた。
傍観者となってしまっていたアッシュはともかく、シャルルーナは土や返り血で令嬢らしからぬ様相となっている。
首根っこをつかまれて連行されていた、先日のシャルルーナの様子が思い浮かんで、アッシュは思わず笑ってしまった。
「ははっ…!確かに、これではまた君が怒られてしまうな!」
「わ、笑いごとじゃあないんですよ、アッシュ様。うちのメイドたちは本当に怖いんですから!」
超人変人ばかりのグレンツェ家で働くメイドたちは、心身ともにたたき上げられているので、色んな意味で強いのである。
特に、一族唯一の女性であるというのに、まったく身なりに気を使わないシャルルーナへの監視体制は厳しく、少しでも汚れようものなら容赦なく連行し、徹底的に磨き上げられる。
令嬢らしからぬ日々を送っている自覚があるシャルルーナは、どんなに綺麗にしてもらってもすぐ汚してしまうことについては一応反省をしているので、主人でありながら、メイドたちに一切頭が上がらないのである。
「あはは…でも、それだけ君が愛されている証拠だろう」
「そうなんですかね…でも、文句を言いながらもいつもすごく綺麗な状態に戻してもらえるので、ありがたいのは確かですが…」
「使用人が優秀なのは素晴らしいことだ。あ、ほら…ここもまだ汚れている」
言いながら、アッシュが懐からハンカチを取り出して近づいてくる。
そのまま、シャルルーナの頬辺りを拭いてくれた。
末っ子で人に世話をされることになれているシャルルーナは、されるがままになって黙っていたが、綺麗になったところを満足げに眺めていたアッシュのほうがハッと目を見開いて後ずさった。
「す、すまない…!急に近づいて」
「?…いいえ!ありがとうございました!」
全く照れた様子がないシャルルーナに内心呆れながらも、アッシュはまじまじと目の前の少女を見た。
―――――見れば見るほど、美しい少女である。
珍しいラベンダー色の髪の毛は艶やかだし、同色の大きな瞳はきらきらと輝いている。今は少し汚れているとはいえ、日頃魔獣狩りに勤しんでいるとは思えないような白い肌や、薄ピンクの唇は、彼女に神秘的な魅力を与えていた。
(それに、なんだか花のような香りが…)
ぼうっとシャルルーナに見入っていたアッシュだが、ふと鼻腔内に広がった香りに、ふと顔を上げた。
「…ん?なんだ?この香りは…」
「え?」
惚けていて気付かなかったが、この香りはどうやらシャルルーナからではなく、辺り一帯に広がっているようである。
アッシュの呟きを聞いて、シャルルーナは一瞬だけきょとんとした顔をして…すぐにハッと目を見開いた。
「あれ!!??月下草の香りがする…!!!???」
「月下草?なんだ、それは?」
「この森にだけ咲く花です!森の深いところに行くほど増えるんですが、魔獣はこの花の香りを好むんです。だから、魔獣のテリトリーには月下草がたくさんあることが多いんですが……」
しかし、ここは前線とはいえ森の入り口にほど近い部分である。
月下草は、見つけ次第燃やされることになっているので、人の出入りが多いこの場所でこれほど強く香ることに違和感があった。
「一体、どうして…?」
首を傾げつつ、臭いの元を辿ろうとしたシャルルーナの視界が、ある影を捕らえた。
「!!!!アッシュ様、下がってください!!!」
「え?」
―――――――次の瞬間、
「ギギャオオオオオオオ!!!!!!!!」
耳をつんざくような大きな咆哮を上げて、一体の魔獣が姿を現した。
「な、なんだ、突然!!???」
シャルルーナに押されるような形で下がっていたアッシュは、その姿をみて目を見開いた。
森の木々を軽く超えそうなほどの大きさ、鋭い牙と爪、そして禍々しいオーラ…。
明らかに、これまでの魔獣とは一線を画している。
「なんという大きさだ…これは……」
思わずつぶやいたアッシュを他所に、シャルルーナは驚愕したまなざしで目の前の魔獣を見つめている。
「嘘…どうして『魔王種』がこんなところに……」
その呟きを皮切りに、シャルルーナの脳内に再び警鐘を鳴らすユリウスのイメージが展開され始めた。
明日も投稿予定です!警鐘を鳴らすユリウスってなんやねん、とは思っている…。
続きが気になる!ユリウス頑張れ!(?)と思っていただけた方は、もしよろしければ下にある評価の☆をぽちっとおしていただけますと大変励みになります…!でも読んでくれるだけで嬉しい!!!!ありがとうございました。