異世界でも優希11
午後からも地獄だった。いや午前中の俺は本当の地獄を知らなかった。俺はこいつから永遠に逃げられない。そんな残酷な現実を突きつけられる羽目になった。
「蓮、まさか逃げないとは思うけど、それがどんなに無謀な事か教えておくわ。今から30分、君に逃げる時間をあげる。そして30分後に私は一発だけ魔法を撃ちます。それを避けることが出来たなら、そのまま逃げたいなら逃げればいいわ。追わないと誓ってあげる」
「本当か!約束したぞ!!」
俺はそれだけを言うと全速力で逃げ出した。俺は魔法の事は詳しくは知らないが、弓矢と基本的に同じだと思っている。射程制限があり、障害物があると対象に命中しないというような事だ。そこから導き出される答えは、出来るだけ平坦な道を走ることで距離を稼ぎ、30分後に森に隠れれば射程と命中両方の難易度があがり魔法を回避する事が出来るはずだ。いくらあいつでも簡単にはいくまい。それにあいつは知らない、俺の脚の速さを!三十分もあればここから20キロは離れる事ができる。20キロも射程がある魔法なんて聞いたことがない。
「ヒャッハーーーーー俺はフリーダムだ~~~」
全速力で走って苦しいが、呼吸する度に血の味がする空気すら美味いと感じるほど幸せを噛みしめた。
三十分後
「さて、蓮はどこまで逃げたのかな~」
優希は『メッセージ』を唱え、蓮の位置を確認する。
「あれっ?20キロ程度しか離れてないわよ?馬は使わなかったのかしら?それとも20キロ離れれば余裕だと思ったのかしら。フフフッ本当に可愛いこと。それじゃ行くわよ『彼方の敵を討ち滅ぼせ!対象は蓮』」
優希の足下に巨大な魔法陣が現れ赤く輝く。それと共に優希の右拳が魔法陣と同じように赤く輝く。優希は左手を右手首に添え、両脚はしっかりと地面に固定する。
「さあ行くぞ!ぶっ飛べ!ファイヤーートマホーーク!』」
優希が魔法を唱えると、赤く輝く右拳から巨大な炎のミサイルが爆音とともに発射される。それは恐ろしいスピードで風を斬り裂きながら蓮に向かって飛んで行く。
「うおっ何の音だ?」
同時刻、三十分間全力で走っていた蓮が後方から聞こえた爆音に振り返る。
「あいつが魔法を放った音か?でも無理無理。どんだけ離れてると思ってんのよ。俺が元の世界に戻ったならブッチギリで世界新記録を出すスピードで走ったんだぜ?安心してあいつの魔法を見れるわ。どれどれ」
「・・・うん?えっ?あれ?ちょっと待って!タイム!タイムを要求するッ!」
俺は振り返り慌てて全速力で逃げ出した。何故なら方向ドンピシャの棒状の炎が、時間を追うごとに巨大に、そして速度を上げながら俺を焼き尽くさんと迫ってきたからだ。
「ヤバイヤバイ。クソッ何でだよ20キロは離れてたはずだぞ!おかしいだろが!届くはずがないだろチクショー!っていうか何だあれ?死ぬ絶対死ぬ。骨も残らんレベルだぞ。クソッもっとカルシウム取っておくんだった」
恐怖のため焼き尽くされた後の骨の心配をするほど混乱していたが、奇跡かそれとも本能なのか背後まで炎が迫った瞬間、右に方向転換をし、その先にある大岩の陰に飛び込んだ。無意識だった。結果その行動が蓮の命を救うことになる。着弾した炎のミサイルは辺り一面を焼き尽くし、巻き起こる爆風は木々をなぎ倒した。蓮は大岩の陰に隠れていたため、直接炎と爆風に巻き込まれずにすんだが、灼熱の空気が彼の皮膚と肺を焼いた。午前同様蓮は各種耐性のレベルが上がる音と共に意識を手放した。