優希監督3 8
いままで命乞いをする情けない顔をしていたマルガンスが気持ち悪い笑みを浮かべたと思うと、まるでマタドールを殺そうとする暴れ牛のように恐るべき勢いで突進してきた。
蓮は慌ててサヤックスを振るうが、ただ振っただけのサヤックスではマルガンスの突進力に対抗出来るはずもなく角で弾かれてしまう。
「ほなサイナラ~」
笑みを深めるマルガンスが泥を撒き散らしながら両刃斧を振る。
「まだだ!」
蓮はすぐ腰のガリ箸を抜くと、ヤバソー化して受け止める。
しかしパワーはマルガンスが上だ。押し込まれ、蓮はヤバソーを闇の鎧で受け止めている。本来なら闇の鎧に触れたものは消滅するのだが、ヤバソーも闇のオーラで出来ているため、鎧に食い込んでいく。
「ほ~~っまだ早かったか。ほなもう一回同じ事言わせて貰うわ」
もう一方の手に持った両刃斧を振りかぶる。
「今度こそサイナギャアァァァァァァァァ」
後頭部は再び裂かれ、首元もさらに深く牙がささり、血が流れ出る。
「いいえマルガンス。アンタは遅いの。だからもう一度同じ攻撃をくらうのよ」
マルガンスはたまらず距離をとる。
「しゃーないやろが!蓮をサクッと始末したらお前やと思ってたら、何ですぐこんな強力な武器が出てくんねん!痛ったぁ~~~~~~」
マルガンスは傷の状態を確かめるため、後頭部や首を触る。ヌメリとした感触を手全体で感じ、見てみるとベッタリと血が付いていた。
「オイオイオイオイオイオイ!!敵のお前に聞くのは何やけどアリス、首はともかく俺の後頭部は大丈夫か?」
「グチャグチャよ。もう見られたもんじゃないわ。アンタこれからその傷を隠すために一生仮面でも被った方が良いわよ」
「お前何してくれてんねん!俺、魔王軍の中でもイケメンで通ってるんやぞ!覆面なんかしたらファンが悲しむやろが!」
「あら、それじゃあブラックガイアーに頼んでカッコイイ覆面を作って貰えばいいじゃない」
「はあ?ブラックガイアー?誰やそれ?」
「プププッあなた知らないの?魔王軍の幹部なのに?あっごめんなさい。あなたは序列10位にすら入っていない雑魚だっけ。じゃあ知らされてないのね。ごめんなさい。あなたは自分で人気者と思ってるようだけど、どうやらハブられてたみたいね。ごめんね、嫌な事気付かせちゃって」
「お前ちょっと酷すぎひん?後頭部グチャグチャにしといた挙句、お前はみんなから嫌われてるよって精神攻撃もするなんてブラックや、お前はブラックや!種族がブラックとかやない。お前の心はブラックやーーーー!」
「おい、お前に聞きたいことがある」
「何や蓮!ワイは今それどころやないんや。性格のひん曲がったこの小娘に言ったらな―」
「何でお前にメガグラビティーや沼が効かなかった?」
「・・・そうか、ワイに魔法が効かんかったんが不思議なんか?ハハハハハハッワイは牛鬼やぞ。お前、田んぼ耕すのに牛使わんのか?ドロドロの泥水の中を牛さんは進んで行くやろ。メガグラビティーも牛の力があれば効かんがなワハハハハハハハハッ」
「嘘をつくな。牛が田んぼの中を進めるのは泥の下に硬い土があるからだ。沼にはそんなものはない。現にお前より大きな魔物が沈んでるじゃねえか」
「嘘て・・ホンマお前等は酷い奴等や・・・クククッそうや、嘘や!ワハハハハハハハハッワイに魔法が効かんのはな、コレのおかげじゃ!」
マルガンスはマントにしていた闇のカーテンを掴み、自慢げに見せる。
「これがあれば魔法は効かん。沼で沈む事は無いし、メガグラビティーも効かん。偶然やけど何てエエもんなんや。魔王様大好きやで~~♪」
「やっぱりお前の能力じゃねえのか。魔王の闇のオーラか・・・クソが!おいマルガンス、今すぐそれを脱げ」
「はあ?お前やっぱり脳味噌いらんわ。こんなエエもん脱ぐわけないやろ。まして敵に言われたなら尚更じゃ」
「お前のために言ってやってるんだよ。それを羽織るにはブラックガイアーぐらい強くなくちゃダメなんだよ」
「だからブラックガイアーって誰やねん!お前らもワイをハブっとるやないか。ワイもう泣いてまうど」
「泣くなら泣けよ。そんなのどうでも良いからその胸糞悪いもんを脱げって言ってんだよ」
「脱ぐわけないやろ。これは魔王様からのプレゼントなんやからな!」
『フフフッ気に入ってくれたかマルガンスよ』
「えっ!?魔王様?どこや、どこにおるんや?」
『マルガンス、俺は蓮と戦いたい。お前の命、俺にくれるよな?』
「えっホンマに魔王様でっか。お久しぶりです。あっあの、でも命をあげるっちゅう訳には・・・」
『そうか。だが序列10位にも入らぬお前に選択肢などない』
「ちょっと待ってえな魔王様。命以外なら何でも―なっなんや?マントが!」
「おい!早くマントを脱げ」
「あかん!脱げんのや!蓮、助けてくれ!」
「だから言っただろうが!バカガンス」
俺はマントを引き剥がそうとする。
「オイオイ、これから楽しい時間が始まるんじゃないか」
マルガンスが蓮の首を掴み、持ち上げる。
「ガハッはっ離しやがれ」
「ふむ。ではそうしよう」
マルガンスは蓮を地面に叩き付ける。その衝撃で地面にクレーターが出来る。
「ゲボォ」
「ふむ。まだまだ闇のオーラのコントロールが甘いな。この程度の衝撃を殺せないとは」
肺に衝撃が通り、呼吸もままならず、仰向けで苦痛の表情を浮かべている蓮の表情をマルガンスはまじまじと見つめている。
「おっお前は・・・誰・・・だ・・ガハッ」
「おお、これは失礼した」
マルガンスは蓮に手をかざす。するとダメージが嘘のように消えた。
蓮はすぐにマルガンスから距離をとる。
「さて、状況は理解している。初めまして王国の皆様。私が魔王ディアトロスだ。ああ、これは私の本体ではないよ。精神を乗っとって使っているだけだ。王国の皆様にはこんな弱い者の姿でご挨拶することの非礼を詫びよう」
魔王は優希の構えるカメラに向かって深々とお辞儀をする。
「撮影には私も全力でバックアップしようじゃないか。魔王が撮影に協力するなど前代未聞だ。クレジットには私の名前も入れておいてくれよフフフッ」