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ショートショート集

遠き山に日は落ちて

作者: 青樹空良
掲載日:2021/12/05

 『遠き山に日は落ちて』、これはドヴォルザークの『新世界より』の旋律に載せて作られた歌の中の一つだ。

 わざわざ歌の中の一つと言ったとおり、他にも様々な曲名と歌詞のものが作られているらしい。

 その中でも私は『遠き山に日は落ちて』という曲名が好きだ。

 好きというよりも、しっくりくる。

 

 子どもの頃いつも夕方にはこの曲が流れていた。

 小さな町の中に、響き渡るように流れていた音楽。

 オーケストラのような響きだっただろうか。

 それとも、もっとチープな音だった?

 うろ覚えだ。あんなに聞いていたはずなのに。

 とにかく、あの曲はどこにいても聞こえていた。

 いや、逆だ。

 あの曲が聞こえない場所には行ってはいけなかった。

 子どもだけで遠くに行かせるのは、きっと心配だったのだろう。

 あの曲が聞こえている範囲が、私が行ってもいい場所。


「あの音楽が流れてたら帰ってきなさい」


 今でも覚えているお母さんとの約束。


 私にとってあの音楽が昼と夜を、線を引くみたいにきっちりとわける境界みたいなものだった。


 いつからだろう。

 もう覚えていない。中学生の頃には、もう流れなくなっていただろうか。

 それとも、高校生の頃?


 いつの間にか、あの音楽は聞こえなくなっていた。

 音楽が流れる度にびりびりと震えていたスピーカーは、姿を消していた。


 あの音楽が聞こえなくなった時を、私ははっきりと覚えていない。

 どうして?

 それは、お母さんとの約束が無くなったから。


 聞こえている場所にいても、あの音楽が流れても帰らなくなった。

 大人になるにつれて、私の行動範囲はどんどん広くなった。

 あの音楽が聞こえる範囲を越えてどこまでも。


 聞こえる場所にいても聞こえない場所にいても同じ。

 聞く必要が無かったから。


 だから、気付かなかったのだ。

 あの音楽が、いつの間にか流れなくなったことに。


 今、私の居る場所からは山も見えない。

 子どもの頃はいつだって、あの音楽を聞きながら本物の山に夕日が落ちていくのを見送ることが出来た。


 ここはいつも明るくて、建物ばかりで、昼も夜も無くざわめいていて。

 昼と夜の境界なんてどこにも無くて。

 それは、いつの間にか過ぎているもの。


 だから、時々私は思い出す。

 あの音楽が流れる時間になると遠くの山を思う。

 ビルの間に小さく見える夕日を眺めながら。

 流れる音楽とともに落ちていく夕日を思う。

 小さく小さく鼻歌を歌いながら。


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