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1-6.叙任式と友

 

「とうさん、けんをおしえて」


 幼い男の子が、聞き流してしまいそうな小さくか細い声で男性にせがんだ。

 せがまれた男性は小さな声に、というよりはその内容に驚いて、真っ直ぐに切断されるはずだった丸太を僅かに歪な大きさにしてしまった。

 男性はふうっと諦めのため息を吐き、声のした方へと振り返った。


 微かな疲れと汗が滲む顔には、子供に向ける優しげな笑みと、せがまれた内容に関する戸惑いが浮かんでいる。

 その男性はどう見ても、最期に見た時よりも若き日の養父、ネブラ・ラトローだった。


「剣……どうしたんだルシス?昨日までは近寄ることも怖がってたのに?」


 振り向いた「とうさん」は、幼い自分(ルシス)に目線を合わせてわざわざしゃがんでくれる。


 ……あぁ、これは夢なんだ。幼かった頃の、「きっかけ」の日の記憶。


「ぼくね、つよくなるんだよ」

「強くなる……あ、あぁ、そうか。強くなりたいのか」

「うん」

「それは構わないんだが……また急に思い立ったな、なにかあったのか?」

「うん。あのね、あのね」


 恥ずかしそうにもじもじと身体を捩らせた後、幼い自分はとうさんに近付き、ひそひそと何かを打ち明けた。

 それを聞き遂げたとうさんは、木剣をやっとのことで両腕で抱える「ぼく」をジッと見る。

 何かを、思い出すように。


 少しして、とうさんが薄く笑って幼い自分の頭を軽く撫でた。


「そうか……うん、良い理由だ。よし、少し早いが教えようか。元々教えるつもりではあったからな。それが少し早まっただけさ」

「やった!!じゃあいまから!いまから!!」

「えっ、ま、待てルシス。とうさんまだ仕事が……!」


 幼い自分の笑い声と、とうさんの慌てる声が響いて、反響しながらぼやけて消えていく。




 記憶(ゆめ)が消える。

 あぁ、現実になんて帰りたくない……。



 〇〇〇




「……ぉ〜い、ルシス!」


 ドンドンドン、とノックとは程遠い音に驚いて目を覚ます。故郷の夢を見ていたせいで一瞬ここがどこかわからなくて混乱するが、扉の外から聞こえる声で思い出す。寝覚めの気分は最悪だった。


 ここはプレカティオ国の首都フルゴル。その中心に建つ王城の一室。


 勇者として力をつけるため、今日から騎士団へ叙任しなければならない。そしてその騎士団の団長は仇の中で最も殺したい者、イラニクス・タジウス・レディアント。

 勇者として出立するまでの一年で、俺はイラニクスより強くなり……最後にこの手で、殺さなければならない。

 そのために今は屈辱を飲み込み、怒りを抑え、教えを乞う。


「――ルシスゥ~!起きてるかぁ?」


 呑気に間延びした声が扉の外から再び聞こえてくる。扉を吹き飛ばさないのは、少しは分別があるからだろうか?


「……はい、今起きました」

「おっ、よかった〜急いで支度しろ〜!あっ、制服はベッドの横に用意されてる……はずだ!」


 言われて確認してみると、いつの間に運ばれたのか、見慣れない白い服と装飾も何もない剣が置かれていた。【表示】で見る限り、特別何かが付与されたりはしていない。支給品なのだろう。

 俺が着ていたイラニクスの服も、元々着ていた服も、見える範囲には見当たらない。誰が持っていってくれたのだろう。

 故郷を想わせるものは、いよいよ自分の記憶しかなくなってしまった。


「ル~シ~ス~?」


 扉の外からイラニクスが急かしてくる。本当に時間がないのだろう。


 これ以上騒がれて、万が一にも扉を壊されでしたらも面倒なので、急いで着替えることにする。

 僅かに花のような香りがする制服は、イラニクスの服より着心地は悪いが動きやすい。

 が、急遽用意したためか、それともこれより小さいサイズがなかったからか、かなり大きい。不格好にもほどがある。自覚できるほど、服に着られているのがわかってしまう。


「お待たせしました。準備できました」

「おう、似合って……る、ぜ。うん。まぁ、ほら……ル、ルシスはこれから成長期なんだな!!」


 支度を終えて扉を開けると、その先で待っていたイラニクスから、同情するような視線と慰めの言葉を贈られる。

 泣きたくなってきた。



 〇〇〇


 叙任式は城門前の広場で行われた。

 見学する市民が興奮にざわめく中、左右に広がる城壁を背に白と黒の鎧を着用した騎士たちが、中央に整列させられた数十名の新米騎士達を、囲むように向かい合っている。二つの騎士団は仲が悪いのか、互いににらみ合っている。場の空気は最悪だった。


 その空気の中、数十名の新米騎士達は緊張の面持ちで城門の方へと視線を向けている。

 視線の先にいるのは、城壁前の騎士たちと同じ白と黒の鎧を身に着けた、2人の男性。

 他の騎士と異なるのは、鎧の意匠と胸元で輝く華美な勲章と、互いの腰に吊るされた、それぞれ黒と白の花を模した装飾を柄に施された、兄弟のような二対の(つるぎ)

 それに決して見劣りしない美貌を陽光の元に晒す、


 白い鎧を輝かせる男は、俺が叙任する「白雪騎士団(リリウム)」の団長、仇敵であるイラニクス・タジウス・レディアント。

 もう1人の黒い鎧を煌めかせる男は「黒花騎士団(フリティラリア)」の団長、ユーベニリス・オニクス・インテリタース。

 昨日少しだけ謁見の間で見た高位貴族(オルナクラーテ)の1人だ。


「……この国に月の茨が咲くか、陽の花が咲くかは、諸君らの働きにかかっている。諸君らに、幸あれ」

「国に命を捧げよ、奉仕せよ。存在価値を、この平和の世の中で証明せよ」

「あなた達の未来が、明るい光に照らされますように、女神の祝福を贈ります」


 広場の隅々にまで響く凛とした声が、両騎士団に叙任した騎士達に、王や貴族、国民から届いた激励の言葉を紡ぐ。


 時に厳しく、激しく、叱るように。

 時に優しく、滑らかに、称えるように。


 オニクス団長の声は広場に集まる全ての人々を魅了し、時折混える身振り手振りは観衆を飽きさせない。さながら旅の吟遊詩人のようだ。言ったら怒られそうだけど。

 後方にいる市民(主に女性)からは、黄色い悲鳴にも似た声が聞こえてくる。そっと後ろを覗いてみると、布の切れ端で作ったらしい幕が、群集のど真ん中で大きく振られていた。

 オニクス団長が、話の合間に微笑みを浮かべながらそっと手を振るだけで、女性達の悲鳴がもう1段階高くなる。

 あの美貌と声なら、女性たちは確かに放ってはおかないだろう。それにしても強烈な応援の仕方だ。そしてファンサービスも充実してる。騎士というより、やはり吟遊詩人のようだ。他に例える言葉がみつからない。


(あの人の職業はなんだろう。いや、団長をしているんだから、メインは騎士なんだろうけど……。よし、ラトラさんたちと同じ要領、で……?)


 オニクス団長のステータスを【表示】しようとした瞬間、視線がこちらを捉えた。

 視線が合ったのは一瞬だったが、その瞳から、はっきりと拒絶する意思を感じた。向こうは、俺のことを覚えていたらしい。

 王の前だから素直に従っただけで、いまだ俺のことを気に食わないというか、認めていないのだろう。

【表示】の使用は諦めて、おとなしく演説に集中することに決めた。


 〇〇〇



「以上で、叙任式を終了する。各騎士は、それぞれの騎士団に続いて城内へ入るように。……諸君らの正義(しんねん)を、その命尽きるまで貫き通す覚悟を持って、職務を遂行せよ……解散!」

「「「はっ!!」」」



 統率の取れた声が広場に響き、同時に市民からドッと歓声が上がる。

 その歓声とは裏腹に、やはり互いの騎士団はにらみ合い、牽制を続けている。と同時に、俺の方へも好奇の視線が多少なりとも向けられているのが分かる。

 なにせ遅刻しそうだからと、昨夜と同様イラニクスに抱えられてきてしまったのだから。着地点も広場のど真ん中だったので注目を浴びに浴びまくっていた。

 心なしか、同僚になるはずの騎士たちからも距離を置かれ、異形のモノを見るような眼で見られる始末だ。


(……楽しい一年になりそうだ、はははっ)


 乾ききった笑みを浮かべた後、軽くため息を吐く。

 先行する先輩騎士達に遅れを取らないように、少しだけ歩行速度を上げて、今朝出たばかりの城内へと再び足を踏み入れた。



 〇〇〇




 城の中心から西へ進んだ先に、白雪騎士団の本拠地ヴェストリア離宮は隠されるように佇んでいた。

 ここまで奥に入らなければ、城外からは見ることも叶わないこの場所は、白と青の装飾を施された家屋は天上からそそがれる太陽の光に照らされ、精神的に疲弊した新人騎士達の心を癒しつつ、歓迎するように輝いていた。


 黒花騎士団とは城の中央で別れ、東へと進んで行くのを最後に姿が見えなくなった。互いに牽制し合う騎士団の空気は最悪の一言に尽きたので、あそこで別れて心底良かったと思う。


 到着してしばらくは先輩騎士達との雑談が許された……が、ここでも俺に話しかけるものはいなかった。俺が話しかけようとしても、みんな摺り足で不自然に離れて行ってしまうので、最後は諦めて地面を蹴って暇を潰す。寂しい。


 それから少しして、ようやくイラニクスが全体に声をかけた。


「お〜っし、雑談終了。新人騎士達!今から適当なやつと組をつくれ!最小は3、最大5人!まっ、どう組んでも余るやつはいねぇから気楽に声掛けてけ〜」


 イラニクスの号令で先輩騎士達は素早く新人騎士から離れていく。緩んでいた空気が漂っていた騎士達に緊張が走る。ただの班決めにここまで緊張するものだろうか?


 周りが次々に班を組んでいく中、案の定というか、引き続き俺は孤立していた。俺の周辺にだけ、不自然に開いた空間ができている。遠目に見るだけで、みんな近寄ろうともしてこない。どう見ても余っているのに。

 なぜイラニクスに連れてこられただけで、こんな目に遭うのだろうか……。


 と、ウンウン唸っていたところで、後ろから肩を叩かれた。


「君、私たちの所へ入ってくれないかい?あと1人足りないんだ」


 勢いよく後ろへ振り向いた。

 声をかけてきた少年は、それに驚いて少し体勢を崩してしまった。反射的に手を掴んで支えたことで、握手した形になった。


「おっ、と……すまない、驚かせてしまったようだね。あ、自己紹介を行った方が良いのだろうか」

「いや、そも返事をもらってないぞユスティ」

「あぁそうか。重ねて申し訳ない……それで、どうだろうか。私たちと組んでもらえないかな?」


 ユスティと呼ばれた少年の後ろからもう1人、獣人の少年が顔を見せる。腰元には俺や他の騎士と異なる、見慣れない剣(?)が吊るされていた。

 ともかく、これでようやく組んでくれる人たちが見つかったのだ。申し出はありがたく受けさせてもらうことにした。


「ぜひ、お願いします!よっ、良かったぁ……このまま誰とも組めなくて、騎士団を追い出されるかと思いました」

「心配せずとも、余った者は先輩騎士達に混ざって鍛錬することになっているぞ」

「それはそれで地獄では」

「ハハっ、冗談である!……多分」

「多分!?」

「あまりからかってはダメだよアレス。……確か、『賢者の森』に放り出されるんじゃなかったかな?」

「賢者の森!?……ってどこですか?」

「あ、あれ?賢者の森を知らないのか……うーん、冗談(ジョーク)って言うのは、難しいものだね」


 ひとしきり笑い合ったあと「改めて」、とユスティが自己紹介を始める。


「私はフローライト家の嫡子ユスティア・フローライトだ。イラニクス団長は私の遠縁で、その(えにし)で騎士を賜った。アレスと同じように、ユスティと呼んで欲しい」


『ユスティア・フローライト・ 

 Lv:17 MJ:騎士 種:人間/』


 爽やかに微笑むユスティア・フローライトの背後に、咲き乱れる白い花と神々しいまでの光の幻影を見て、眩しさに思わず顔を背けそうになるが、どうにか堪えた。

 騎士というよりは王子様に近い印象を受けるユスティアは、誠実そうな見た目と言動が好印象だったが、あのイラニクスの遠縁だと言うなら、警戒しておくに越したことはないだろう。

 あぁでも、ただの友人としてなら強い信頼がおける。そんな確信がある。


 ユスティに続いて、獣人の少年・アレスが名乗りを上げる。


「拙者はアレス・エニュオー。武者修行で各国を彷徨っている武士である。父がペルグランテ王と懇意にしている縁により、一年の間こちらの騎士団の世話になることになった。呼び方は……うむ、好きなように呼ぶと良い」


『アレス・エニュオー 

 Lv:19 MJ:武士 種:獣人 カニス/族 』


 ブルーブラックの長髪を宙に舞わせ、アレス・エニュオーは慣れた様子で騎士の礼を行った。一部の隙もない、流麗な仕草に見惚れる俺を見て、最後にイタズラっぽく笑うアレスは……同じ男とは思えないほど、美しかった。

 とうさんから聞いていた「武士」はもっと堅苦しいイメージだったが、アレスは礼節をわきまえながらも、気さくな態度でこちらに接してくれる、親しみやすい人だった。

 ペルグランテ王からの信用もあるので、ユスティアほど警戒しなくてもよさそうだ。


 最後は俺だ。2人が期待に満ちた目で俺を見る。

 が、2人と違い、俺には他者に話せるような輝かしい功績はない。

 とりあえず、事前に用意していた叙任の経緯を自己紹介として話そう。


「俺はルシス・オルトゥス。イラニクス団長の推薦で叙任することになりました。……うん、2人みたいに、これ以上話せることはない、かな。俺のことはルシスって呼んで欲しい」


 多少がっかりされるだろうと覚悟していた。

 しかし2人は微塵もそんなそぶりを見せず、示し合わせたように「気にするな」と同時に言ってくれた。

 それに対しても、3人で笑い合う。


「問題ない。これから騎士として民を助けていく中で、自ずと他者(ひと)に自信を持って話せることも増えるだろう。一緒に精進しよう、ルシス」

「なぁに、戦いのことであれば、拙者も少しは教えることもできる。共に励んでいこう!」


 3人では握手ができないので、代わりに握った拳を軽く当て合う。

 初めて会ったとは思えないほど、2人との会話は自然と弾む。


 あらかじめ定められていたように、馬が合うのを肌で、会話で感じる。

 きっとこの出会いは、運命(ひつぜん)だ。


 そんな恥ずかしいことをサラッと考えられるほど、俺はこの2人に信頼を寄せていた。


「組めたか〜?組めたよな〜?」


 イラニクスの大きな声が、新人騎士達のどよめきを掻き消した。

 それを満足そうに眺め、さらに話を進める。


「今日から隣にいるそいつらが、肩を並べ、腕を磨き合う友であり仲間。騎士団全体で活動する以外はそのパーティで動くことになるから、隊長を1人決めておけ!

 え〜あとは……そうそう、部屋もパーティで一つ。数に応じて広くしてやるから、このあと離宮の入口でパーティの人数と隊長を申請しろ。

 ……んー、俺からはこれ以上伝えことは他にないな!!解散解散!!真面目なことは明日からやろうぜ!今日はてめぇら、親睦を深めに飲みにいくぞぉ!!俺の奢りダァ!!」


 おぉぉぉ〜!と騎士達から歓声が上がり、イラニクスを中心に据えた状態で離宮から出ていく。部屋の申請はしなくていいのだろうか。


「……私はこのまま休もうと考えているが、2人は?」

「拙者も休む。あのノリにはちとついていけぬ」

「俺も……あ、隊長はどうする?」

「私がやろう。その方が色々と都合が良い」

「心得た。善は急げだ、すぐ行こう」


 苦笑いを浮かべながら俺たち以外の白雪騎士団を見送り、ヴェストリア離宮へと足を踏み入れた。


 心から信頼できる2人と巡り会えた喜びを噛み締めながら、明日から始まる騎士団での生活に……少しだけ、ほんの少しだけ、胸を踊らせた。


 それぐらいは、きっと許される。


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