1-4.職業と恩恵
「職業と恩恵」
著 レオス=ヴェスペラ・モルレトゥス
「職業は『神託の日』に神から授けられる神託であり、受ける者は例外無く『神託の日』迄に各国の基準によって成人を迎えた者とされている。
職業が決定されると、ステータスには職業補正が加わる。
近距離・前衛職業は身体能力。
遠距離・後衛職業は精神や知力。
といったように、職業に見合ったステータスが一定数値上昇する。これにより、授けられた職業が一層有利に働くようになる。
現在、ステータスの補正値は安定していない。九種族各々、体格や身体の構成物によって、補正値が偏る場合がある故だ。しかし体格による優位性は、今後数百年をかけて補正値の微調整が繰り返されることで崩されると予測する。
職業を与えられるのと同時に授かるもう一つが恩恵――スキルである。
スキルには『職業スキル』と『後天スキル』の二種類が存在し、またそれぞれにレベルの上限が設定されている。『職業スキル』のレベルは上がりにくいが、その代わり強力。『後天スキル』はレベルが上がりやすいが『職業スキル』より脆弱である。
『職業スキル』はその名の通り、職業に関する、或いは適したスキルが割り当てられる。
『後天スキル』はスキル所持者が自由に取得できるものである。各職スキルを取得した場合は、こちらに割り振られる。
スキルには基本的な技がある程度存在するが、例えば剣術スキル等は、扱う人間が変わればあらゆるものが枝のように分かれていく。現時点で既に12の流派に分かれたことを確認している。今後増えるかどうかは不明だが……人々の選択・行動によって職業が増えていくと仮定するならば百年後、千年後には、どれほどまでに増えていることか。この世界はどのような進化を遂げるのか……私は、命ある限り観察を続けていこう」
○○○
「……え、これだけ?」
分厚い本の中、職業と恩恵について書かれていたのはほんの三十行弱。後に続くページには、各職業の生み出された歴史・経緯が記されているのみ。各職業で何が成長するのか全然わからない。
スキルは名前すら出てこない。レベルも上限がどれぐらいなのか明確に記されていない。具体的に、なにがどう成長するのか
(よく見ると、最初のページ以外は新しい。差し替えられたってことか。何か都合の悪いことでも書かれていたのか。この様子じゃ、他の本も意味はないな……はぁ……)
目の前に積まれた本のほとんどは今読んだ本の続刊となっている。著者は一巻ごとに変更されている。数百年前までは人間だけが刊行していたようだけど、大陸戦争が終結したからか、最新刊では樹人が著者を務めている。それも、見たことのある――正確には聞いた――名前だった。
「インウィ……インウィ=シクウォイア・アルボル……」
思わず開いて、中身を確認する。内容は自身の種族……樹人についての、様々な考察。
樹人の中で比較的くだされやすい職業の『神託』。樹人特有のスキル、魔法、身体特徴、名付け方。どうでもいいことをさも重要そうに、法螺話を真実のように。その中にわずかな真実を含ませ、文章という名のヴェールに厚く丁寧に包んで記述している。
それらを全て正確に読み解けるのは、恐らく【直感】が働いているおかげだろう。普通に読んでいたら絶対に気付けなかった。
(インウィの職業は……さすがに載っていないか。本を書くほどのヒトなら、樹人の間では有名人なのかな?……あ、イラニクスが言っていたシルクストスは載ってないかな)
ペラペラと軽い音を立てながら、ページを捲っていく。文字の形が崩れ、黒い川のように百数ページが視界の中を流れ過ぎていく。
凄い勢いで捲り続けるためか、隣に座る獣人男性が五月蝿そうにこちらを横目で睨んでくる。
ごめんなさい。すぐに終わります。
(おっ……と、これかな)
半分ほどめくったところで、ようやく目当ての文字を見つけてページを捲る手を止める。しかし見つけたのはいいもののーー。
(破られてる……)
ページは端で綺麗に切り裂かれ、読めなくなっていた。
唯一読み取れたのは、上部に記載されて難を逃れた「シルクストス」の言葉だけ。これを俺の目は捉えたらしい。
(これじゃどんな職業かわからない……。わからせないために、バラバラに破かれた?誰がそんなことを、)
「おい、人間の坊主」
「は、はい」
どうやって小さな椅子にその身を落ち着けていたのか、と疑問に思わざるを得ない程の巨体ーー俺二人分以上――を、獣人男性がゆっくりと持ち上げる。
そ、そんなにうるさかっただろうか。
口から覗く牙をみて、息を呑む。気のせいか、どんどん身体が大きくなっているような。威圧感で震えそうだ。
遥か上から見下ろす瞳が、ギラリと光る。こ、怖い。
(こ、ここで手を出したら国際問題に発展する、よねっ?うわ、どうしよう。なんとかこのヒトを気絶させられないか……)
「坊主、お前……」
大人の頭を握ってもなお大きであろう手が、こちらは伸ばされる。その動作だけで、身体全体が影に包まれる。
(やっ、殺られる!!)
覚悟を決め、隠し持っていた短剣を振るおうと動こうとして。
それより先に、獣人男性が口を開いた。
「坊主、本が破れているなら、入り口にある受付に行け。在庫があれば、地下の書庫から取ってきてくれる」
「へっ?」
獣人男性は俺の後ろにある受付の方を指差し、口を開いてポカーンとしている俺に、重低音だが穏やかな口調でそう告げた。
○○○
「オォ――ン!!悪かったな坊主!オレは『魔法』が得意じゃなくてな、気を緩めるとすーぐに解けちまう。オォ――ンォン!!」
「は、はは、そうなんですね。いたっ、いたた。人間サイズになっても、力、強い、ですねっ!?」
人間の男性大になった獣人男性に背中をバシバシと叩かれ、危うく吹っ飛びそうになるのをどうにか堪える。魔法が不得手なのも納得だ。手加減を知らないというか、不器用なのだろう。
このヒトが言うには、普段は獣人特有の魔法で体を縮めているらしいのだが、今言っていた通り、集中していなければ徐々に解除されてしまうらしい。
そのせいで、何度も備品を壊しているそうだ。
言われた通りに受付に行き、ページが破れていることを伝え、在庫の確認をしてもらった。
俺が破ったと疑われる心構えをして向かい、案の定疑われたものの、すぐに疑いは晴らされた。入館時にお世話になったお姉さんがタイミングよく通りがかってくれたおかげで、今日都会に来たばかりの田舎者だと証明された。
く、悔しいけれど、事実なので言い返すことも出来ない。
受付のお姉さんたちに温かい目で見守られ、カァーッと体温が急上昇する中、黙々と修復依頼の書類に記入を続けた。
俺が書類を記入している間に、受付のお姉さんたちが在庫を調べてくれた結果、フルゴルにはないことがわかった。
代わりに著者インウィの故郷、樹人国スケンティアには絶対にあるはずだとお墨付きをもらった。
お姉さん曰く、「フルゴル中央図書館が豆粒に見える程デカい世界最大級の図書館」があるらしい。さらに曰く、「どんな本でも置いている」と。
『修復して貸すことはもちろんできるけどぉ、相応の時間はかかっちゃうの。それでもいいならぁ、貸出予約の手続き、しようか?』
お姉さんの申し出を有り難く受け入れ、今度は貸出予約の手続き済ませたところで閉館時間となったため、羞恥心と疲れのためにグッタリしながら出ると、獣人男性が待ち構えていたというわけだ。
情けないことに帰り道がわからない――城の正門からは帰れない――ので、このヒトが経営する酒場へ向かっているところだ。なんでも、イラニクスはお店の常連らしい。
「改めて、オレはマモート・イニーソン。ソルムレイヤー区で酒場をやってるエレファの獣人だ」
「俺はルシスです。フルゴルには今日、到着したばかりで……」
「オォ――ンォン!!聞いてたぜ、田舎もんだってなぁ!!安心しな、オレも田舎もんだからよぅ!
しかしイラニクスと知り合いってことは、あの『白雪騎士団』へ入団するんだろう?大したもんじゃないか。まだ『神託』を受けたばかりに見えるのによ」
「は、はは……」
また、バシバシと背中を叩かれる。
そういえば『勇者』を宣言できないのなら、職業を尋ねられた時になんと答えればいいのだろうか。聞いておけばよかった。
とりあえず、笑って誤魔化した。
「オレの店はちぃっと柄の悪い連中が多いが、イラニクスの知り合いとわかりゃあ大人しくしてるだろ。そも、悪いやつなんてそうそういねぇしなぁ!来るまでゆっくりしてけや!」
「ありがとうござっ、いたっ、痛いですって!叩く力、強すぎません!?」
良い人なのだろうが、やはり手加減は覚えてほしかった。
◯◯◯
「マモートの旦那よぉ。ホントにこのチビガキがあの白雪騎士団に入るってェ?こりゃあ、2日と経たずに死ぬか逃げ出すぜ!!ガッハハハァ!」
「違ぇねぇなぁ!おいチビクソガキ、騎士団を追われたらここに来いよ!?騎士団に引き渡せば、当面の生活費は出るだろうさ!」
「はんっ、何言ってやがる。金をもらうのはオメェじゃなくてオイラだよ!」
「あぁ?テメェは家に帰ってママにでも泣きついてろや!甘えん坊がぁ!!」
「あん?オメェは金もらっても嫁に取り上げられるのがオチだろ!?だったら、オイラが貰った方がムコーランヨー?できるわ!!この穀潰しが!」
「有効活用な。ったく、お前らな?オレたちゃ同じ家に住んでんだから、どっちに金が入ろうと結果的に同じだろうが」
「「さっすが兄貴、あったまイィ~~ィ!!」」
「あのなぁ……」
マモートさんの経営する「餓鬼共の遠吠え亭」には、いかにも柄の悪そうな大人が大勢詰め寄せ、むせ返るような熱気の中で酒を求めて怒鳴る声と、客同士が諍い、殴り合い、笑い合う喧騒が、この酒場を大いに盛り上げていた。
その中で、俺は当然のように給仕の手伝いをさせられていた。
まだ肌寒い季節のはずだが、酒場の中は熱気のために蒸し暑い。汗が拭いても拭いても湧いてくる。そのうちに汗を拭くこともできなくなり、流れるに任せるようになる。
イラニクスに借りた服は動き回るうちに汗で身体に張り付き邪魔になり、見かねたマモートさんが、自身が若い頃に来ていたという服(かなり大きい)を貸してくれた。
【表示】で服を見てみると、《熱吸収》と《氷の祝福》の強化が付いていた。効果は名前の通りだと思うが、魔法は調べる余裕も時間もなかったので正しいとは限らない。また今度調べに図書館へ行くか、詳しい人に話を聞かないと……。
服装一つとっても課題が出てくる。思わず足を止めて頭を悩ませていると、途端に厨房からマモートさんの怒声が飛んできた。
「ルシスゥ!!なにしてんだぁ―!!?『鎧蜘蛛の姿揚げ』と『針金鳥の卵と虹蛙の肉団子』出来てるぞぅ!!速く持ってけぇ!!!冷めちまうだろぉぉ!!!」
「は、は―い!」
店中が震えそうな大声を聞き慌てて厨房に駆け戻ると、これでもかと大皿に盛り付けられた料理の数々が俺を待ち構えていた。
俺の持ち運べる本当にギリギリの量と大きさ――持ち上げてギリギリ、バランスが取れる――をしっかりと見極められているのか、持ち運べないわけではない、というのがかなりキツイ。少しでもバランスを崩せば料理がぶちまけられてしまう。
どうやって運ぼうか……いや片手に一つずつ持つしかないんだけど……とうんうん唸りながら考えていると、再び厨房からマモートさんの呼び出し声が聞こえた。
ただし、今度呼ばれたのは俺ではなかった。
「ズーリィ!『アウィスイグネアの唐揚げ丼』と『ラミアデンスースのモルシーリャ』、『生アコロカムイの刺身』持ってけ!」
「あぃ!」
名前を呼ばれた幼い獣人の少女――マモートさんの愛娘・ズーリちゃんが、苦労して持ち上げた大皿を運ぶ俺の横を駆け抜けて厨房に入り、かと思うとすぐに飛び出してくる。その小さな両手と長い鼻には、俺の持つ大皿よりもさらに大量に盛られた三つの皿が握られている。
十歳にして、大人顔負けの怪力を誇るらしい。喧嘩はしないと密かに誓った。
横から殴り飛ばされてきた客を飛んで避け、飛んできたカトラリーを料理で防ぎきると、頼まれた料理をすべて正確に、微塵も零すことなくテーブルに届けていく。周りの客たちも、ズーリちゃんの動きを肴に飲んでいる客が数名いるようだ。中にはわざと食器を投げつけている奴もいる。当たったらどうするんだ。
ズーリちゃんはそれさえ、まるで遊んでもらうかのように、踊るように、笑って受け流していく。
またも動きを止めてその動きに見入ってしまうが、今度はマモートさんから怒声を浴びせられることはなかった。
時折飛び交う喧嘩の怒号。盛んに飛び交う下品な単語。食器の重なる金属音。ジョッキをぶつけ、乾杯する音。見知らぬ者同士で笑いあう声。
――あぁ、なんて居心地の良い場所だろう。まるで、そう、故郷のような……。
場の空気に馴染もうとする感覚に故郷を思い出し、胸がざわついた。そのざわめきに、少しだけ心奪われる。
その一瞬の放心を、最初に声をかけてきた二人組みとズーリちゃんに見咎められ、途端に野次が飛んでくる。
「おにいちゃん、おりょうりさめちゃうよ!」
「そうだぞチビガキィ!おいらたちの鎧蜘蛛ちゃんが冷めたらどうすんだごらァ!?」
「肉団子くんちゃんもだぁ!冷めてたら弁償してもらうぞぉごらぁ?!」
暗い表情をする前に呼び出されたのは助かった。
二人組に怒鳴られたことよりも、ズーリちゃんに怒られたことの方が心に刺さり、あとで謝ることを心に決めつつ、慌てて両手の料理を届けに行く。
テーブルには二人の他にもう一人、「兄貴」と呼ばれた人が座っていた。料理は既に運ばれていたらしく、目の前には三分の一が空になった大皿が置かれていた。3人で食べたのだろうか。
とりあえず、二人組に向かって謝罪する。
「すみません、お待たせしました!あと俺お金持ってないです!!」
「「ほほう、金がないィぃ!!?」」
「「そんなら身体で払ってもらおうかぁァ!!」」
「わひゃっ!?」
大男二人に、同時に脇腹をくすぐられる。料理を運び終わった後で良かった。持っていたら、間違いなくぶちまけていた……!
二人は大きな図体に見合わない俊敏な動きで、くすぐりを止めさせようとする俺を、右へ左へと動き回ることで翻弄する。
周りの客が面白い見世物が始まったと歓声を上げ、周囲をぐるりと囲んで俺の逃亡を防ぎつつ、競り合いを始める。マモートさんがなにやら叫んだようだったけど、その声は男たちの歓声で掻き消されてよく聞こえなかった。
賭け率は俺:銅貨2枚、大男二人:銅貨36枚。一人につき賭け金は銅貨一枚。すごく下に見られているのが分かる。勝利条件は「相手を床に転がす」こと。ちなみに俺に賭けてくれたのはズーリちゃんと兄貴さんだ。
「ズーリ、アルヒを追加で三つ……あぁいや、四つ頼む」
「おいちゃん、そんなにいっぱいのむの?」
「いいや?でも、すぐにわかるぜ。……ふむ、パパが新しい料理を出すみたいだ、行ってやんな」
「うん!」
囲いの後方で、二人がそんな会話をしているのが耳に入る。ズーリちゃんは言われた通りに厨房に向かっていく。厨房の声まではやはり聞こえなかったが、直後にズーリちゃんが新たな料理とジョッキを両手鼻一杯に持って飛び出してきた。
厨房から兄貴さんの席までは俺よりも距離がある。それなのに、なぜ兄貴さんはマモートさんが新しい料理ができることが分かったのだろうか?職業による恩恵?それともスキルだろうか?
気になる。けど、今はそれよりも。
(この2人をなんとかしないと。このままじゃ安心して働けないし、なにより……うん、負けるのは悔しい!!)
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる二人の男を睨み、勝利への条件を探し始めた。