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後戻りしづらくなっちゃった(事故)

いいね、ブクマ、誤字脱字報告、感謝です!


7/28 幕間~領主のお仕事~ と纏めました。いいねくださった方、申し訳ありません。


 入ってきたのは、ふっくらとした体格の四十代くらいの女性――侍女頭のキャロラインだ。甘い香りを漂わせるカートを押しながら入ってきた。


「きゃ、キャロライン? 誰も部屋に入るなと言いつけた筈……」

「アマーリエ様……。ライニール様がお亡くなりになってお辛いのは分かりますが、お一人で塞ぎ込んでしまってはお体に障りますわ。キャロラインは心配で心配で……」


 そう言ってキャロラインは辛そうな表情で胸の前で両手を組む。

 

 いや、別に塞ぎ込んでないんだけど……誰も入らせないようにと言ったのに、パーシーってば、何て言って人払いさせたんだ?


 とは思いつつ、頭を働かせた後の甘い香りに腹の虫が鳴く。それを耳ざとく聞きつけたようで、キャロラインはくすりと微笑んだ。


「まあまあ、アマーリエ様ったら。今準備しますから、ちょっとだけお待ちくださいね。今日も私と一緒に楽しくお茶をしましょうね」


 言って、私の返事を聞かずティーポットからカップに紅茶を注ぎ始めたら、またもやノック音。

 

 きちんと私の返事を聞いて入ってきたのはパーシーだったが、キャロラインの姿を見て少し驚いた後、すっと目を細めた。


 お、なんだその空気。険悪だな。


「……キャロライン。私は奥様がお考え事をするので部屋に近付かないようにと伝えた筈だが?」


 あ、やっぱりちゃんと伝えててくれたんだね。


「まあ、なにを仰るのかしら、この執事は。アマーリエ様は夫を亡くされてお辛いのですよ。一人にさせるなど、出来るわけないでしょう」


 あ、やっぱり独断だったわけね。


 キャロラインはアマーリエの乳母で、両親と一緒になって可愛がってくれていた女性だ。アマーリエの輿入れの際、一緒にバルカン公爵領に来てくれ、今十数人くらいいる侍女を束ねている侍女長をしている。


 アマーリエのことを心配してくれてるのはわかるけど、最早私にとってライニールのことはどうでもいいからなぁ。カップ二つあるところを見ると、言葉通り一緒に茶をするつもりだったな。

 

「あー、キャロライン。気持ちは有難いが、パーシーの言う通り、私は今後の事を考えなくてはならない。悪いが、茶を置いたら下がってくれ」


 そう言うと、キャロラインは心底驚いたようでケーキを置いた格好で固まった。


「……姫様? もしかしてお体の具合が悪いのですか?」

「いや? 至って健康だが」

「でも、いつもと雰囲気が……その、口調も、どうなさったのですか……?」

「口調?」


 ……

 …………

  ……ああああ!!!? しまったぁ!!


 ゲームのアマーリエ・バルカンってこんな感じの口調だから使ってたんだけど、そりゃあ、見た目もふあふあお姫様から男勝り口調に変わったらびっくりするよね! めっちゃ無意識だった! でも個人的にはこっちの方が喋り易いし、今更お姫様口調なんて無理だわ!


「……ら、ライニール様亡き今、私がバルカン公爵領を治めねばならない。いつまでも弱々しいお姫様では、王から預かったこの広大な領地を治める領主として示しがつかないだろう。この口調は、その決意の表れだ」

「そ、そんな……姫様……」


 なんとかそれっぽい言い訳を思いついて言ってみると、何故か顔を青くされる。が、それ以上何も言われず、キャロラインは精気を無くしたように部屋を出て行った。


 ちょっと申し訳ない感じがしなくもないが、そんなショックを受ける事でもあるまいに。


「……で、パーシー。どうした?」

「はい。先ほどの件、手配完了いたしました」

「そう。ご苦労様」

「奥様。質問をして宜しいでしょうか?」

「構わん」

「先程の御言葉、誠でございますか?」

「――……ああ、勿論。これまで、パーシーや皆には迷惑を掛けた。これからは私も公爵夫人……いまは未亡人となってしまったが、領主としてバルカン公爵領のみなの幸せと発展の為に力を注ぎたいと思っている」


 半ばやけくそだ。誤魔化す為とはいえ、言っちゃったからにはやるしかないでしょうよ。


 それに、あれだ。【悪逆非道の女領主アマーリエ・バルカン】を脱却するためにも真面目に領主する必要があるだろう。


 ゲームのアマーリエはブチ切れた後、領民の事なんて考えず自分の懐を潤すばかりの贅沢三昧、強きを潰して弱気を虐げ悪行三昧して、それが処刑の理由の一つになるのだから、そうならない為には善政を敷かねばならない。


 いや、善政と言えなくても、なんとかまともな領地経営をしなくてはならない。“悪逆非道”の意味がどこまで及ぶかわからないしね。


 パーシーはじっと私を見つめてくる。私も見つめ返すが、やけくそ気味なのも見透かされそうな気がして、すぐに背もたれに体を預けた。


「まあ、すぐには信じられないだろう。態度で示すから、それで嘘か誠か確認してくれ」

「……かしこまりました。このパーシー・カルシック、全力で奥様のお手伝いをさせて頂きます」

「出来たらお手柔らかに頼みます」

 

 胸に手を当てて礼するパーシー。手加減するなんて感じさせない笑みに、私は苦笑を向けた。


 ……あれ? なんか、バルカン公爵領から出辛くなってない……?


 そういうわけで今後の方針をまとめ上げた私は、密偵からの情報を待ちつつ、健気に頑張る夫人を演出しながら仕事に励もう……と思っていた訳なのですが。


「では、皆さま、資料をご覧ください。農作物による収入状況ですが……」

「先々月のゴーライ河の氾濫の件の被害と復興報告なのですが……」

「近々税収を治めに王都に赴く一団の選任ですが……」

「東のリチウル侯爵領へ至る道路の整備計画のことなのですが……」

「村同士の畑の領域侵害の裁判の件ですが……」


 次々と重ねられていく議題を前に、私の頭はパンク寸前だった。


 仕事はまず、代官らと家令たちとの領地運営の打ち合わせから始まる。

 

 各々が持ち寄った状況報告を聞き、どうすれば良い領地にできるか、各々の案を持ち寄って議論を交わすのだ。まあ、これは前世でもよくやった社内会議と同じだし、毎日ではないので会議自体は苦ではない。


 自分たちの話す内容が領民たちの生活にダイレクトアタックして、文字通り死活問題になるわけだから、前世の無駄に時間を費やす会議と違って、話合いはかなり重要だ。真剣に挑まねばならない。


 とはいえ、私は初心者領主。ぶっちゃけ、何をどうしたらいいかなんかさっぱり。


 大体のゲーム内では『領地経営』か『領地運営』の四文字で片されるし、『家を建てよう』とか『開墾しよう』とか与えられる命令をこなし、自由に作って良かったんだけど、流石に考えなしに適当にやるのでは駄目なのはわかる。


 兎に角私は、何をどうする為に必要な費用をどのくらい掛けて何処に何を作るのかとか、そういう基礎的なことがわからない。


 流行りのネット小説でスローライフやら経営やらをメインとするものもあったけど、そのシーンに興味なくて読み飛ばして色恋沙汰やざまあのシーンばっかり見てた。ちゃんと読んでおけばよかったよ畜生。後悔先に立たずって本当だね。

 

 そんならアマーリエの知識に頼ろうかと思えば、持ってる知識は王族の娘として、貴族の女として、妻としての知識と礼儀だけだ。

 

 そりゃあ王位は兄王子が継ぐし、領地経営はライニールがやる(筈だった)ことで、アマーリエは家の事メインでたまに補佐をする(筈だった)くらいで深くは学ばない……いやわアマーリエの力量もあっての今だから仕方がないといえば仕方がない。


 こればかりはしがない雇われ人でしかなかった私にはどうにもできず、一から知識を学ぶ必要があった。


 有難いことに、執事パーシーを始め、バルカン領に派遣された老若男女の代官たちはかなり優秀な人物たちで、「バカでもわかるように一から領地経営を教えてほしい」と頭を下げたらめっちゃきちんと教えてくれるので、頭爆発寸前でなんとか耐えていられる。


 多分、父王もトリスタン公爵も私らの仕事しなさっぷりを予測して、真面目で優秀な役人たちを付けてくれていたのだと思う。本当にありがたい。周りのサポートがあってこそなんとか領主を出来ていると言っても過言ではないだろう。


 会議が終われば、代官や家令たちは各々の現場での仕事、私は執務机に山のように積まれる書類と夜になるまで戦うことになる。

  

 それぞれの担当者から受け取った嘆願書や報告書をパーシーが目を通してから私の手元に来るわけなのだが、書類に不備がないか、金額をちょろまかしてたりの不正が無いか等の最終チェックが私になるのだから、かなり責任重大だ。


 正直、報告される書類を読んで確認してサインして次の書類……なんて、さっさとぱっぱと書類を片づけていくキラッキラなキャリアウーマンをイメージしていた。舐めてた。よくよく考えれば、この世界にはパソコン等の便利機器なんてないのだ。疑問を感じたら一々手作業で資料を集めなければならず、かーなーり時間がかかる。一つの事を調べている間に次の案件持ってこられるなんてざらだ。


 健気に頑張る妻なんか演じようとしなくても、必死の死闘を繰り広げる毎日だ。浮気野郎の事なんて悼む暇もなく(そもそも私はそこまで良い感情を持ってなかったし)、ひーひー必死に働いていたら、日々はあっという間に過ぎて行ったのだった。

 

お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)

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