一先ずお帰り願う
「は、話はわかりました」
このままほっとけば掴み合いの喧嘩に発展しそうになっている三人の愛人と、止めたいけど止められずあたふたしていた老婆が、私の声に反応してぴたりと動きを止める。子供たちは母親たちの醜い言い争いに怯え、いつの間にか老婆の傍に一塊になっていたが、母親たちに倣って私に視線を向けてきた。
「何分、急なお話しで驚きましたが、ライニール様の子であるというのならば私の子も同然。こちらで引き取らせていただきましょう」
勿論、そんなことは露ほども思っていない。この場を穏便に済ます方便だ。
いかにも喜んでいますという表情と声色での発言に、全員の目が一気に丸くなった。そりゃあ突然現れた愛人との子供を、正妻があっさり受け入れようとしているのだから正気を疑うだろう。
「え、あ、あの、五人とも、ですか?」
「ええ、五人ともです。見れば、全員ライニール様の面影を感じさせているではないですか。愛する夫を亡くして落ち込んでいたところに、こんなに可愛い子供たちに出会えて、私は何と幸せ者なのでしょう」
「は……はあ、さようでございますか……」
疑問の声を上げたのは男爵令嬢だ。一応の貴族の端くれだけあって、私がすんなりと受け入れたことを怪しまれる。
だから亡き夫の名前と懐かしむような笑顔を見せれば、ふわふわ能天気発言に呆れているような様子が伺えた。
「話が早くて助かるわ。じゃあ、金額なんだけど」
「その件についてなのですが、少々お待ちください」
鼻息荒く目の色を変えて迫ってきた娼婦の女に対し、落ち着かせるように腕を前に出して制する。
「確かにライニール様の血を引いている子であればすぐにでも引き取りたいのですが、あまりにも突然のことなので何の準備もできておりません。それではライニール様に申し訳が立ちません! なので、こちらの準備ができ次第、連絡を致しますので、今日の所はお引き取り願いませんでしょうか?」
「はあ? 何よそれ。こっちは忙しい中わざわざ来てるのよ? ただで帰れっていうの?」
「勿論、わざわざお越しくださった皆様を只で返すわけには参りません。前金と、こちらの準備ができるまでの生活費として幾らかお包みしましょう。それで今日はご勘弁願えませんでしょうか?」
「あ、あら、そう。それなら仕方ないわね」
この手のひらの返しよう。単純で非常に助かる。お陰で少し冷静になれた。
「ありがとうございます。では、パーシー」
「は、はい」
部屋の隅に控えていた、オールバックに撫でつけたシルバーグレイの髪と口髭、モノクルを付けた如何にも執事と言う出で立ちの老年男性、パーシーに声を掛けた。
「この方たちに渡すお礼を用意して。そうね、一人金貨三十枚でいいかしら?」
「さ、三十枚もですか!?」
パーシーはこれでもかってくらい目を見開く。そりゃあ、この世界の平民の平均賃金が一日当たり銀貨三十枚位。銀貨三十枚で大体金貨一枚の価値があり、それが三十枚だから、子供を連れてきただけで一ヶ月の労働賃金が支払われたことになるのだから、パーシーが驚くのも無理はないだろう。
「お、奥様、それは些か多すぎなのでは……」
「そう? ライニール様の子供の為なら安くはないと思うのだけれど」
こてん、と首を傾げて、可愛さというものを盛大に表現して見せる。前世の私がやったら顰蹙もんだろうが、この美少女の姿なら問題あるまい!
「で、ですが、この者たちが本当に旦那様の血を引いているのか定かではありませんし……」
「まあ、なんてことを言うのパーシー。皆様に失礼ですよ」
「しかし、奥様……」
「私の命令が聞けないの? 御託はいいから、準備してきなさい」
「は、はい……」
すまん、パーシー。貴方はひとっつも間違っていない。
だけど、今は正論は不要なのだ。
明らかに「これだから世間知らずのお姫様は……」って思ってるであろう後ろ姿に謝罪の念を送る。
愛人たちは金貨三十枚と聞いて堪えきれない邪悪な笑顔を浮かべる娼婦と男爵令嬢、金額に驚いてあわあわとしている老婆と反応は様々。そんな中、一人だけ不満そうな顔をしている愛人がいた。
「っていうかぁ、ずっと思ってたんだけどぉ、コレも引き取るつもりなのぉ?」
頭が軽い喋り方の娘が指さした先に居るのは老女と少女二人だ。急に話を振られたものだから、三人はびくっと身を竦める。
「勿論引き取るつもりですが、それが何か……?」
「ええー! うっそー!? あたしの可愛いゼオンちゃんと、この小汚いのを一緒に暮らさせるつもりなのぉ!? 信じらんなぁい!」
「し、信じられないと申されましても、ライニール様の遺児なのですから……」
「ええ~有り得なぁい! っていうか、本当にライ様の子なのぉ、この子たちぃ。全然似てなくなぁい?」
お前が言うな!
多分、この場にいた全員が心の中で突っ込んだと思う。
愛人たちの気迫と貴族を前に完全に臆してしまっているようで、老女は反論もせず萎縮してしまっている。
が、足元の美少女……ヨツバが、きっ! と商人の娘を睨みながら、祖母と妹を守る様に前に出た。
「お、お母さんは、お父……こ、公爵様と、一緒になくなったと聞きました。公爵様も、私たちをとてもかわいがってくれました」
「こ、これ、ヨツバ……」
「はあ~? だから何ぃ? そんなのが理由になると思ってんのぉ?」
いやいや、さっき自分でも「ライ様が可愛がってくれてたの~」なんてなんの確証もないこと言ってたじゃん。馬鹿か。
ってか、ヨツバはこの場にいるどの子よりもライニールに似ているんだから、真実を知ってても知らなくても疑わなかったと思う。ゲームのアマーリエも、それを理由にヨツバに一番冷たく当たってたみたいだしね。
しかし、今はそれを言って事を面倒にしたくない。
「そ、その子の言う通り、ライニール様が亡くなった傍らにこの子たちの母親もいたので……私もあまり信じたくはないのですが、こちらとしては、少しでもライニール様の血を引いている可能性があるのなら、是非にと思ったのです。大変恐縮なのですが、ご理解いただけないでしょうか」
「んも~、しょーがないなぁ。許してあげるから、ちゃんとゼオンちゃんとこの生意気なガキとは差別して扱ってよぉ?」
「ああ、よかった。感謝いたします」
口わっる!
彼女の意見に同意しつつ、敢えて困った顔で下手にお願いして見せると、何故か上から目線で言ってきた。
我、一応元王女ぞ?
まあ多分、自分より高い身分の筈の私が下手に出てるもんだから良い気になってるんだろう。ちょっとイラッと来たけど、我慢して笑顔で感謝を示す。
しかし、流石クロ約のキーキャラ。幼いのに、家族を守るために年上の怖~いおばさんに立ち向かうその勇気は称賛に値する。
「ええと、ニーナさんと仰いましたか? 貴女もそれでいいですね?」
「は、はい、勿論でございます、公爵夫人様……」
そう声を掛けると、主人公たちの祖母ニーナは余計なことは言わず、平伏せんばかりにぺこぺこと頭を下げて応えた。
うん、平民が貴族に対してする対応としては間違ってない(むしろ他三人がおかしい)けど、これはこれで嫌な気分になる。ついでに少女達にも視線を向ければ、ヨツバは悔しそうに下唇を噛みしめて床を見てるし、ミツバは老婆のスカートにしがみついて今にも泣きそうな顔をしている。
「で、では、皆さまの理解も得られましたことですし、今日はこれにて。礼金は玄関にて……」
「行くわよ、ケイレブ」
「私たちも失礼しますわ」
「ゼオンちゃん、帰りに甘いものでも食べよぉねぇ」
「受け取ってくださいませ……」
最後まで聞いてけやこら!!