94話:『風の刃』
血だまりに沈む弟子を発見したアウロラは血相を変えて近寄り、まだ間に合うと判断。安堵の吐息を漏らし、全力の治癒魔法を使いながら声をかける。
「おいおい、同格対決だろ。……オレの弟子が負けんなよ」
声音は弱く、精彩を欠いた煽り。SS級天星スキルを持つレイヤがⅣ相手に、後れをとるとは思っていなかった彼女の心中は穏やかではない。
「ぅぁ……師匠、私は……そうです、北川と火脚、それと女子たちは!」
アリアには及ばないが、アウロラの治癒魔法も大陸屈指のレベルである。またたく間に傷が塞がれ意識を取り戻したレイヤは、周囲を軽く見回し状況を認識したあと問いかける。
「あぁ――まず炎の奴はこうなったぜ」
指を鳴らし、収納魔法で亜空間にしまっていたクリスタルを取り出して、レイヤに見せるアウロラ。
「…………そう、ですか。……すみません師匠。……本来私が決着をつけなくてはいけない相手でした」
Ⅴ級のクリスタルを正面からしばらく見た後に沈痛な表情を浮かべ、それをかき消すように目を閉じて謝罪するレイヤ。
「おいおい、何勝手に背負い込んでんだ? 炎の奴はお前のことなんてさしたる興味もなさげだったろ」
「……そうかもしれませんね。ほかの状況は?」
「魔銃を持ってた男は知らん、おそらく逃げられた。瀕死にするがトドメを刺さない中途半端な奴で命拾いしたな」
戦いの詳細を知らないアウロラは彼方の来訪者仲間を殺せずに見逃した、と考えたが否定される。
「いえ、北川は間違いなくトドメを刺そうとしていました。ですが炎がやってきて、離脱を優先したようです。……私が助かったのは、師匠が火脚を倒してくれたおかげだと思います。ありがとうございました」
意識を失う直前を思い出しながら語るレイヤ。彼はよろけながらも立ち上がり、頭を下げた。
「ハッ、悪運が強かったってわけだ。結構なことだぜ、運は大事だからな。――伯爵と女どもはそろそろ、ここの使用人たちが連れてくるはずだ」
アウロラが行使した強制従属魔法『ミラクル・スレイヴ・パープルサイン』は、ファイアーによって破壊された。しかし館の使用人たちへ付与された紫の刻印が消えることはなく、彼女は支配下に置いた者たちへ命令を出していた。
チャッキー伯爵か、彼方の来訪者の女を知っている者は確保に向かえ。知らない者は館を出ろ。
それは事前にレイヤから、何も知らない使用人を可能なかぎり巻き込まないで欲しいと頼まれた結果の作戦である。
「――っと、連れてきたようだぜ」
レイヤの背後を指で示す。その先には、両脇を自らの使用人によって固められたチャッキー伯爵。
後方には意識を失っている2人の女――津倉と火村を背負った者が控えている。
振り向いたレイヤが女子たちの名前を呼びかけようと口を動かした瞬間、伯爵の大声に怯まされ沈黙する。
「マスター・アウロラ! それはまさかッ! その手のクリスタルはァ!」
伯爵の内側にあった襲撃者への恐怖と不満は、女が手に持つファイアーのクリスタルを視界に入れた瞬間消し飛んだ。
「ぬわぁぁぁ、間違いない! 私が見たことがないタイプのクリスタルだ! 彼方の来訪者ェ、それは彼方の来訪者のクリスタルでしょう? それもⅤ!」
「――マジかよ。位階はともかく、ルミガ人との違いがぱっと見でわかるのか?」
アウロラは驚愕し、改めてクリスタルを観察するも判別できない。魔法を使わないクリスタルの鑑定は高等技能。伯爵のそれはトリウィアにも匹敵しうるレベルである。
「ムハァ! どうか、どうか触れさせてくださいぃ」
鼻息を荒くし拘束を解こうと暴れ回る伯爵。彼は風前の灯火となっている自分の命運を慮ることもなく、ただ収集家としての性のみを滾らせる。
「ハッ、いい度胸してやがるぜ。……だが研究に使える才だ、ここで消すには惜しいな」
アウロラは当初殺す予定だった伯爵を生かす方向へ、思考を柔軟に変化させる。
「――師匠、それは『光の意思たち』と問題を生じさせるのではないでしょうか?」
レイヤはアウロラの小声に反応し献言する。
「ハッハー、伯爵は彼方の来訪者の男じゃねーぜ」
「それは――」
詭弁という言葉は最後まで発することなく、アウロラの無詠唱重圧魔法で地面に叩きつけられるレイヤ。
「伏せろッ!」
アウロラは無理、間に合わない――と高速思考で判断しつつも、伏せながら伯爵や支配下の使用人たちに叫び命じた。
伯爵邸に『風の刃』が通り過ぎる――その一撃は完全なる奇襲。自らと弟子を救えただけでも称賛に値するだろう。
「グゥゥゥ、いったい何が……ぁ……」
廊下にへばりつくレイヤが、顔を持ち上げ見た光景――伯爵以外の体は横に両断され、上半身が風に支えられるようにふわりと滞空。鮮血が切断面より迸る。
瀕死を治癒できるアウロラだろうと、死者は蘇生できず。論じるまでもなく使用人たちと、津倉、火村は即死である。
「ぁぁぁああああああ」
レイヤは絶叫とともに、救出にきた女子たちへ片手を伸ばす。だが何かを掴めることはなく、死者の体は世界に吸い込まれ消え去り小さなクリスタルが落ちるのみ。
「ぬわああああああああ。小さいぃ、彼方の来訪者をⅠで殺すなんて!」
通り過ぎた風が唯一断たなかった男は、腹の底から声を絞り出す。伯爵の背後に集まった一陣の風が人間となっていく。
「チッ、王国暗部四凶手、風塵か!」
アウロラは舌打ち後、襲撃者の正体を弟子へ教えるため声に出した。
「貴様ァ! クリスタルの価値がわからんのかァ! ――ぐうぇ」
いっさいの感情がない眼をした一糸まとわぬ男が、片手で伯爵の首を締め上げ気絶させる。
そして風塵と呼ばれた男は、極めて希少な彼方の来訪者のクリスタルを一瞥することもなく。伯爵の襟首を掴み、下半身のみを『風の刃』に変化させ、天井を失った館から飛び立っていく。
「ふざけるなァ、こんな結果! 『氷河』――」
「よせっ、レイヤ!」
追撃しようとする弟子をふたたび重圧魔法で押し潰す。大陸屈指の魔法使いであろうと王国暗部四凶手は、迂闊に関われば死を免れない脅威である。
あるいは彼女ひとりならば交戦も選択に入っただろうが、未熟な弟子を守りながら戦える相手ではないのだ。
「ッ――『氷河期』」
師の心を弟子は知らず。廊下に口づけを交わしながらも精神を奮い立たせ、空高く飛び去る男へ絶対零度のスキルを行使。瞬時に氷結攻撃が風塵に襲いかかる。
それは時すら凍らせたメガロドン戦に匹敵する出力。男は風の下半身が凍りついたその刹那、右足部分を解放――荒れ狂う『風の刃』が絶対零度を切り裂き砕く。
そして風の右蹴りより射出された『風の刃』が、竜巻を形作り地上へ伸びていく。
「このバカ弟子っ、感傷的になりやがって。――『紫界・第三奇跡』」
両手を胸の前で拳ひとつ分の距離をとって重ね合わせ、中央の虚空より『紫の霧』を大放出するアウロラ。
霧に触れた竜巻が霧散する。そのあっけなさは傍から見れば容易く防いだようにみえるだろう。
「チッ、使いすぎた。……このバカ、何で攻撃した。オレは止めたよな?」
風塵が飛び去ったのを確認後、女は弟子の頭を軽く叩く。
「……申し訳ございません師匠……。……津倉、火村……。……マシュになんといえば……」
助けられなかった女子たちのクリスタルを、茫然と視界におさめながら呟く男。
「さぁな。四凶手が出張ってきたんだ、仕方ないだろ」
アウロラは肩をすくめながら答えた。
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2020年5月27日追記
ごめんなさい。執筆モチベが尽きて書けなくなりました。
ふたたび書けるようになる可能性は、私個人の感覚としては未知数ですが、多くの作者さまたちの前例を鑑みるに高いとは言い難いです。
活動報告『執筆モチベが尽きました』にもう少し詳しく書いています。




