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93話:空飛ぶザリガリ

 全身を炎で包むファイアーの容赦なき猛襲、それに対し基本受けに徹するアウロラ。彼女はごく稀に深入りしない反撃を加えるのみであり、それは男の足技で苦もなく対処される。


 仮に平均的な(クァトゥオル)級の冒険者がこの殺し合いを傍から見たならば、戦いのペースは終始男が握っているように感じるだろう。


 しかし実態は大きく乖離する。右足を軸にして一瞬も手を抜くことなく左足を蹴り回すファイアー。

 その攻撃のすべては、腕で払われ、足で止められ、ときに盾の魔法で防がれる。本来必殺級である『火炎脚』が生みだす紅蓮の炎でも焼き殺せずに、男の内心は焦りで満ちる。


 ファイアーはすでにアウロラとの力量差を感じとっているのだ。いまの自分に勝機はない、紫女が本気になったら殺される。だからこそ体を全力で動かしながらも考え続ける、どうやって逃げるかを。


 しかしファイアーはひとつ誤解している。女は攻撃を軽く捌きながらも攻めに転じない。だが手加減しているわけでも、油断や慢心があるわけでもなく、最初から本気で戦っているのだ。――アウロラの本気とは、万全を期すための様子見である。


 ゆえにファイアーは最初から詰んでいた。彼の生路は最初の魔法を見た時点で力量差を予測し、姿を現すことなく逃げることのみ。


 決着はあっけなく訪れる。


「オルラァ!」


 からぶった左のかかと落としから、渾身の右ハイキックを放ち隙を埋める。その動きはじつに洗練されており、彼が異世界転移後の2年間たゆまぬ修練を積んでいたことを示す。


 炎の蹴りを左腕を持ち上げ盾として防ぐアウロラ。それは男にとってこれまでの応酬となんら変わらぬ流れ。体の重心を後ろに下げながら右足を速やかに下ろした。このあとふたたびファイアーが攻勢に回る――はずだった。


「――フッ」


 勝利の宣言も、高笑いもなく。軽く息を吐きながら、肉眼で見えるほど濃ゆい『紫の霧』を右腕に纏い手刀を放つ。高速の一撃は紅蓮の炎を貫通し男の心臓を穿った。


「がはッ」


 攻撃の直前に従来の全身強化に加えて、無詠唱で追加された敏捷特化の強化魔法。

 それまでの攻防によって速度に慣れきっていた男では、重複強化の加速に反応すること叶わず。


 男が気づいたときには終わっていた――が、アウロラはトドメを刺すため追撃する。彼女は知っていた。天星スキルは精神に依存するからこそ、死の間際にもっとも輝くことを。

 胸部を貫いた右腕より、それまで『火炎脚』に阻まれ送り込めなかった霧を体内に送り込もうと、放出を念じた瞬間。


「ッグゥァ」


 憤怒の表情で血を吐きながら、女の腹を左膝蹴りで吹き飛ばす。


「っぅ――ケホケホ」


 勢いよく壁に激突し、苦しそうにむせかえるアウロラ。

 ファイアーは戦闘以来初めてまともなダメージを与えることに成功するが、高位の治癒魔法を使えるアウロラにとっては軽いダメージに過ぎない。


 目の前で傷を癒やしていくアウロラに、ファイアーが追撃をしかけることはなく。

 彼は余命の使い道を決めていた、死力を振り絞り声を上げる。


「ひェけ……」


 声量が足りず、かすれたような声。それでも相方(ダチ)に届いたと信じ、火脚(ひあし) 修悟(しゅうご)は『火炎脚』に己がすべてを捧げる。


 ――最期の精神(いのり)が天星に至り。


 『天星(かえんきゃく)』が呼応する――それは彼方の来訪者(エトランジェ)のみの特権。

 選ばれし祝福者(ゲニウス)では届かぬ最期の奇跡。


 ――『神天星爆発(ゴッド・ノヴァ)』――。


「ォ……ォ……」


 声にならぬ声を上げ、床を粉砕しながら跳び上がり。ファイアー(火脚)の蹴りが天井を叩き、紅蓮の爆発。逆巻く火炎が広大なるチャッキー伯爵の館、その上部を瞬時に蒸発させていく――。




 ――レイヤに向けて放たれた、ザリガリとっておきの魔弾『(はし)る灰狼』は氷壁を粉砕することに成功するも。力任せに振るわれた『氷河期』が生みだす、氷の槍衾によって必殺を阻まれる。


 そこからの攻防は異常事態としか評せない。

 天井、床、壁、そしてレイヤがスキルで生みだしてくる氷の攻撃。いずれかに1秒も触れれば氷結し敗北が決するザリガリ。彼はC級天星スキル『後方移動』を用いて空中を縦横無尽に駆け巡り、敗北条件を回避しながら魔銃でレイヤを狙い撃つ。


 ありえない、考えられない、これではまるで『後方移動』が強いスキルではないかと。天星スキルのランクを知れる観測者、愚賢者ルフフは遥か遠方より彼方の来訪者(ザリガリ)の妙技を喝采する。


 そう『後方移動』は弱い。たとえレイヤのメンタルが殺し合いに不向きだとしても、『氷河期』と渡り合えるようなスキルではないのだ。


 その欠点は移動中無敵にならず干渉を受けるだけではない。

 発動前に距離と速度を決めておかなくてはならず、自己キャンセルは不可能。

 さらには移動完了前に再発動を試みると不発。加えてしばらくスキル使用不可能のペナルティーまで発生する。先行入力は受け付けないのだ。


 本来空を自在に舞えるようなスキルではないというのに、それを成すザリガニ。点での攻撃では捉えられないと判断したレイヤが、吹雪による面の攻撃に切り換えた瞬間。それを待ってましたといわんばかりに、特大魔弾で吹雪を突破する。


「グアゥ」


 行動を読み切り放ったカウンターの一撃は、レイヤに決定的なダメージを与えた。

 血しぶきを上げて床に倒れるレイヤに、いっさい躊躇(ためら)うことなく『趨る灰狼』を放ち、トドメを刺そうと銃口を向けた――その瞬間。


「ひェけ……」


 ザリガリは冷気の空間に小さく響いた相方(ダチ)の声を、たしかに聞いた。

 ――退け――。即断即決で判断したザリガリは、銃口をレイヤから凍てつく廊下に移し引き金を絞る。


 迸る熱気が氷王の空間を溶かしていく、館の天井が灰となる。燃えさかる紅蓮の真っ只中を『後方移動』で駆け上がるザリガニ。A級天星スキル『火炎脚』の炎は感覚器官になるだけではない、燃やさないと決めたものは焼かない力すら備わっている。


 魔弾を放つたびにほんのわずかな『後方移動』を使い、反動を打ち消す神業を用いていたザリガリ。だがいま地面に放った一撃の反動は消すことなく利用して、天への飛翔速度を加速する――。




「……おやすみっす。修悟(しゅうご)


 チャッキー伯爵の館より完全離脱。天空高くで北川(きたかわ) 篤宏(あつひろ)は涙を流しながらも優しい声音で、親友を見送った――。




 ――親友が離脱したことを炎経由の感覚で理解した男は、声にならない言葉を口内でささやく。


「……また遊びにいきたいな篤宏(あつひろ)……ボウリングして、カラオケいって、マッグ食べてさ……俺も少しはゲーム上手くなってきてたのにな……」


 彼は悔いを語りながらも、何かから解放されるように微笑みを浮かべて逝く。



 風通しがよくなった屋敷の廊下に落ちる、ファイアーのクリスタル。


 最期の一撃が自分に向けられていたら、果たして防げただろうかと。アウロラは冷や汗を流しながらクリスタルを拾い上げた。

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