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92話:『魔銃ガロウル』と『後方移動』

 迫る灰色の光で形成された狼頭の弾丸。レイヤはそれを己がスキルで凍結させ防ごうと試みる。


「っ凍れ!」


 ワオオオオオオオオンン。またたく間に凍りつつあった魔弾が咆哮。氷結を強引に突破。多少の威力減衰はあれど飛来が止まることはなく。


「くっぅぁ」


 師のように体術で迎撃しようと、完全無詠唱の身体能力強化を使いながら右腕で払うも。アウロラとの根本的な差は大きく防ぎきれない。

 魔弾の命中地点、前腕部のローブは無残に引き裂かれ、露出した右腕には無数の獣が噛みついたかのような傷跡が残る。


 レイヤとザリガリはともに(クァトゥオル)。同格生身で対処できるほど『魔銃ガロウル』は生半可な武器ではない。


「っぅぉおおお!」


 激痛を咆哮で誤魔化し――レイヤの戦意が増幅する。彼の精神は常人。自らの死を感じて無抵抗でいられる聖人ではなく、罪悪感に縛られ戦えなくなるほど優しくなければ、弱くもない。


「凍れッ! 北川(きたかわ)ァ!」


 血を飛ばしながら傷だらけの右腕を振り下ろし、地面に手をつけ『氷河期』を発動。接触面から廊下、壁、天井――チャッキー伯爵の館が氷の世界へ侵食されていく。


 ――その速度はメガロドン戦と比すれば、魔法を合わせていないことを抜きにしても緩やか。どこまでも常人精神な男は、すべてを吹っ切れているわけではないのだ。


「スキルの格が違うのは一目瞭然っすね」


 己のスキルランクがC級だと知らないザリガリだが、『後方移動』は弱いスキルであると正しく認識できていた。ただノーモーションで後ろに移動するだけ、それも直線的にしか下がれず。移動中無敵になるわけでも、瞬間移動するわけでもない。


 氷の世界から逃れるためスキルを連続発動し、広い館の廊下をみえざる何者かに体を引っぱられるように、高速で『後方移動』していく。


「――そりゃ広かろうと所詮屋内、すぐ行き止まりっすよねぇ」


 限界距離。壁にぶつかり男はぼやく。


 ナオキやランマが現れたら退けという、ダークロードの言葉がある。

 現れた両者は別人だが危険度は近いと判断でき。退いても問題ないと彼は考え。


「まっ、やるしかないっすね」


 いま自分だけが逃げたら、ファイアーはまず殺られると分析し交戦を決める。

 光に絆があるように、闇には闇の絆がある。ともに堕ちた(ダチ)だから、容易く見捨てることなどできはしない。


「推定アド――味方互角、スキル月島、武器俺」


 廊下の先から刻一刻と迫りくる氷の世界を見ながらも、冷静に状況を見定めるザリガリ。

 彼は氷結した廊下目がけて走り、靴が触れた瞬間『後方移動』を使い行き止まりに戻る。男はわずかに凍った靴底をみながら、一瞬触れるだけなら脱出可能と確認し。


「まだ勝機はあるっすね」


 呟き魔銃を右手のみで構え、冷気が漂う廊下へと魔弾を撃ち込んでいく。

 ワオオオオオオオオンン。

 壁、地面、天井、いずれの氷にも触れることなく空を駆ける6発の餓狼。弾道はザリガリの意思に呼応し陣形を成す。

 それは雁行(がんこう)――斜めに並び飛翔する魔弾。


 続いて1発、これまで以上の意思を込めて放たれる特大の魔弾。

 ワオオオオオオオオオオオンン。

 その光は一際濃ゆい灰色。それまでの弾丸とは異なりレイヤでは、魔弾を透かし見ることができないだろう。


 ザリガリは体を反転し、特大魔弾の中心点と自身の腰の高さを合わせるように跳躍。

 高さが一致した瞬間に体をくの字に曲げ、天星スキル『後方移動』を発動。

 後方へ直線的にしか移動できないスキル。その始点は腰部であり。動作を必要としない移動は空中だろうと成立する。


 弾速に合わせ的確なタイミングで『後方移動』を使い、特大魔弾の背後に隠れながらザリガニはレイヤ目がけて移動する――。



 ワオオオオオオオオンン。レイヤは廊下の先から迫りくる、7発の魔弾を目視。


「前に6発、後ろに巨大な1発。あれが本命――ではないでしょうね」


 思考を整理するため口内で呟くレイヤ。ザリガリといっしょに、ゲームで遊んだ過去があるからこそわかる。おちゃらけた言動とは裏腹に、鬼謀を秘めた男であると。

 そして自身がゲームで唯一勝てたとき。大まかな計算をしつつも、最後は適当に操作した一戦を思い出す。すなわち考えすぎては負ける。


九天(きゅうてん)より降り注げ雪の姫、氷王(ひょうおう)の道程に立ち塞がれ――『ブリザードウォール・氷河期(アイス・エイジ)』」


 魔法詠唱に天星スキルを合わせ発動。――廊下の中空が吹雪き、またたく間に氷の壁を形成する。斜めに飛来してくる6発の魔弾は命中の直前、氷壁の一点へと狙いを合わせるように弾道を変えながら着弾していく。


 1発に突破された初手とは異なり、先駆けたる6発すべてを防ぎきってなお、ほんのわずかなヒビしかない。――巨大な魔弾も衝突。絶対に噛み砕くと決意を告げるかのように、大咆哮が氷の世界に響き渡る。ヒビ割れが広がる、されど氷壁はいまだ崩れることなく。


 特大の魔弾も力を失い消え去って――レイヤの視界にザリガリの背中が映る。


 そこからはまるで曲芸。くの字の男が脚を凍る地面に下ろし、勢いよく体を前に倒していき腰を上空に向ける。わずか数ミリの『後方移動』で、足下から全身を凍らせようとする世界から離脱。

 その後腰を微細に調整しながら、1秒に満たぬ時間で12回の『後方移動』を使い、完璧に体勢を整えたザリガリ。


 銃口を氷の壁に触れるか否か、ほぼゼロ距離と呼べる位置に置き。ザリガリと『魔銃ガロウル』が刹那の共鳴。両者の生命衝動(シン・アニマ)はともに狩人。吹っ切れきれない常人(レイヤ)とは違う。


「死ねっす」


 ――狼の全身を形どる細長き魔弾が、ヒビ割れの中心目がけ銃身を駆ける――。




 伯爵の館を包む氷の世界から、もたらされる冷気が及ばぬ領域がある。


「オラオラオラ、オルァー!」


 上段、下段、中段、回し蹴り。烈火を纏う足が小柄な女の命を奪おうと、縦横無尽に振るわれる。最初から全力全開の『火炎脚』が生みだす熱気によって、冷気を阻む空間。


「ハッハー。意外とやるな、(かくした)


 一回り以上大きな男に襲いかかられようと、まるで怯えた様子をみせないアウロラが賛辞で煽る。

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