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91話:『火炎脚』

 アウロラはS級天星スキル『紫の霧』を行使する。

 それは極めて強力なスキルだが、生成した霧を己がアニマに蓄えておける最大量に限界があること。使うと霧は消耗されること。そして霧の生成速度が決して早くないこと。これらの理由により、彼女は基本的に魔法使いとして戦う。


 だがいまファイアーたちに対しては、開幕から切り札を使うことを選んだ。

 敵に認識されぬよう濃度を極限まで薄く調整した紫の霧が、アウロラの生命(アニマ)から放出されていく。


 (オクトー)級のランマでも気づけなかったそれに、格落ちするファイアーとザリガニが気づける道理はない。――天星スキルさえなければだが。


「ッ『火炎脚』バースト!」


 ファイアーの炎は感覚器官の役割を併せ持つ。目視不可能な薄い霧が足で燃ゆる紅蓮の炎に触れた瞬間、彼は叫び。足首より爆発的な勢いで炎が噴射され男の全身を包み込む。


「『ワンダーアナライズ』――(クィーンクェ)(クァトゥオル)か」


 炎の勢いが増した瞬間、高位の分析魔法を発動しアウロラは両者のアニマクラスを測る。


「ルァアアアア」


 足裏より炎を噴射し廊下を焦がしながら体を回転させて、紫女に突撃。回し蹴りを放つファイアー。

 

 (クィーンクェ)の相手に対し、アウロラは(セクス)。格上であるが、男と女、(ウーヌム)時点の身体能力差によって、動作速度は互角に近い。

 ゆえに爆炎噴射で加速した分、ファイアーの方が早いといえるが――アウロラもまた、魔法名すら放棄した完全無詠唱によって、身体能力強化の魔法を行使。


「ハッハー」


 回し蹴りに合わせるように、右足を持ち上げ上段蹴りを放つ女。平均的な日本の成人男性以上の体格を持つファイアーと、17歳としてはやや小柄といえるアウロラの細い足が交差する。


「燃え死ねッ!」


 本能で目の前にいる相手を難敵と感じたファイアーは、全力の殺意を込めて『火炎脚』を使用する。周囲の窓ガラスが溶けていく。しかしアウロラは軽症やけどを負うことすらない。


「ハッ、そんな見るからに燃えてやがるんだ。耐性は万全だぜ」


 当然のたしなみだろと犬歯をみせる。彼女は燃える男を認識した時点で、自分とレイヤに火耐性付与魔法を行使していた。


「ザリガニィ!」


 鬼気迫る声音で相方に支援射撃を要請するファイアー。


「オッケーっす」


 チャラく答えながらザリガリは魔銃を構えた。

 それはマリスネシ大公より献上され、ダークロードによって振り分けられた『固有魔導具アーティファクト』のひとつである。


 ライフル銃のような細長い銃身をもつ灰色の銃。

 ――『魔銃ガロウル』。それは(セプテム)級にまで成長したウルフ系の魔物、個体名ガロウルのクリスタルで作られた国宝級の品である。


 本来(クァトゥオル)のザリガニが起動できる格の武器ではない。しかし両者の良好なアニマ相性によって、魔銃は力を貸し与える。


「んじゃ、い――うわっ、ちょ『後方移動(バック)』『後方移動(バック)』」


北川(きたかわ)、私がいることを忘れていませんか?」


 レイヤが『氷河期』で氷の槍を敵の足下に出現させるが、ザリガリはC級天星スキル『後方移動』による、動作が存在しない後方移動で回避。

 スキルの性能を考えれば、いまの一撃で決着がつくはずであった。しかしレイヤが心から殺る気になれていないため、出力が大きく低下している。


 彼は覚悟を決めていないわけではない。しかし正気を取り戻したレイヤは人間として、いささかまともすぎる。

 男子たちが女子にしたことを把握し、許していい領域でないことも理解。ルミガ王国に、彼らを正しく裁ける正義がないことも知っている。

 ――だがそれでも、知性よりも深いところが殺人を忌避しているのだ。


「なぜ、あなたたちは……。私が知るあなたは女子に乱暴を働くような男ではなかった。文化祭の準備中に津倉(つくら)が食器を1枚落として割ったとき、あなたは積み重ねられていた15枚の皿を落として、チャラく謝った。7枚割れていました! あれはわざとやったのでしょう!」


 レイヤは蹴りの応酬に移行した師とファイアーの横を通り過ぎ、ザリガリへ距離を詰めながら悲嘆を漏らす。――彼がいま語る北川は、異世界転移前のものであり。転移後、自らがクラスを離れたときの姿ではない。

 それが答えなのだと、高い知力を持つ男には最初からわかっている。


「――いちいち枚数覚えてるとか、ドン引きっす」


 ザリガリ(きたかわ)の趣味兼特技はゲーム。専門ジャンルはFPSとRTSであり、国内有数の実力者。おちゃらけた態度に反して彼は、幅広い視野から物事を冷静沈着に見ることと、即断即決を得意としている。

 レイヤの指摘は正しく、皿にぶつかり落としたのはわざと。動機は津倉の性格だと、失敗を軽く流せず泣き出してしまい、クラスの雰囲気が悪くなると判断したため。


「……あれの事後処理は私がしたんですよ」


 ザリガリまでおおよそ1秒の間合いで止まり、2度と戻らぬ在りし日を噛みしめながら呟くレイヤ。


「――そもそも、月島(つきしま)に何かいう資格あるっすか? 直樹(なおき)を追放して、自分も抜けて。本来のクラスカースト、ワン、ツーが抜けてまともに統率とれるはずないっすよ」


 その言葉はレイヤに対する特効。結果的に救われているマシュとは違う。言われてしまえば黙るほかはない。精神に呼応し『氷河期』の性能は低下していく。


「あらゆるすべては直樹たちを追放したとき、手遅れになったっす。まっ、俺も同罪っすけどね。――野蛮な異世界にふさわしいやり方で決めるっす、勝者が正義」


 レイヤからスキルでふたたび遠ざかり、銃口を向け『魔銃ガロウル』の引き金を引く男。核たるクリスタルが瞬時に魔弾を生成。細長い銃身が唸りを上げ、灰色の魔弾が放たれる。

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