89話:俺の私怨だ
アリアに気圧される体に活を入れるため、グッとへそに力を込めながらマシュは答える。
「……拙者らは遭遇時、殺生の方向で動いているでござる。もし彼らを味方にするならば『光の意思たち』との同盟関係は、破棄することになるでござる。拙者に直樹殿の説得ができるとは思えぬゆえ両者は選べぬ、どちらの彼方の来訪者につくかは各々方次第でござる」
回答に頷き、曲げた人差し指を下唇に当てながら思案顔をみせるアリア。
「ふん、表に顔も出さない男どもと『砕けぬ刃』が組むなどありえない。――遭遇したときは遠慮なく討たせてもらうぞ」
メガロドンへ挑んだときに死んでいたはずの身であり、いま生きているのは奇跡にすぎないと考えるアンドレアス。彼はいずれ必ず実行しようと考えていた復讐計画を、いまこそ好機と判断して突き進む。
たとえ彼方の来訪者が立ちはだかろうと、すべて薙ぎ払うと覚悟を決めて。
「クックク、安心しろよ。オレはランマを敵に回す気はない。――ただ大事なことがひとつあるな。その彼方の来訪者の男たちを殺ったら、クリスタルの所有権はどうなる? まさかこれもナオキの顔色をうかがわなければ決められないか、マスター・マシュ?」
無意味に煽る師を睨みつけるレイヤ。肩をすくめて応える女。
「……クリスタルは研究に使うなり、教義に則るなり倒した者が決めるでござるよ」
「ハアッハハー、いい答えだ。彼方の来訪者の男がいたら当たりだな。いくぞ、レイヤ」
レイヤを呼びながら破壊した扉に向かう。
「心当たりがあるのですか?」
「ワヒイ大公派のチャッキー伯爵を狙う。数ヶ月前うちに希少な『固有魔導具』をいくつも売りに来たからな。金に困っていないはずの肥えた伯爵がだ」
ここまで言えばわかるだろ? とレイヤに視線で告げたあと薄紫髪の女は、片脚側のみズタボロな黒いジーンズのポケットから、金貨を1枚取り出し弾く。
それは弧を描きながらマシュの机に落下した。
「――扉の修理代、足りるだろ?」
言い残し部屋の外に出る瞬間、指を鳴らし紫色の魔力を放つと、いまにも外れて落ちそうな蝶番によって支えられていた扉が砂のように崩れ去る。
アウロラとレイヤを見送ったあと、アリアも心当たりを伝え。
「それでは『偉大十字』はストルアン公爵のもとへ向かいましょう。金銭で信仰を買えると思う不信心な男ならば、国際法を破り彼方の来訪者さまの人身売買に手を染めていても不思議はありません」
一礼後、静かに退出していく。
彼女たちは正解を知っていたわけではない。だがワヒイ大公に属する残りの有力貴族と、自身が有する情報を照らし合わせることによって、正しい答えを導き出すことに成功した。
「…………俺はトリネを詰める」
瞳に暗い炎を宿しながら、小さく、だが重々しくアンドレアスが仇を告げる。
「トリネ? ――まさか第1騎士団団長でござるか。そう悪い話は聞かぬでござるが」
「……悪い話を聞かないか。……お前たちの情報収集力はお世辞にも高いとはいえないな。……『砕けぬ刃』も似たようなものだが」
「……うむぅ」
そこが弱点だとわかっているマシュは、苦しげに同意を示す。
彼が認識している『光の意思たち』の強みは、ランマとナオキという強者を主軸にした戦闘力のみ。
情報収集力を高めたくともメンバーの大半は亜人であり、身体的、社会的、どちらにおいても目立ち警戒される。聴覚など感覚器官に優れる獣人を貴族の館が密集する王都北部に送ってしまえば、それだけでトラブルのもとになってしまう。
隠密系の特殊な力を持っていなければ、諜報員としては使えない。
それは『光の意思たち』に不足している人材であり。女子救出にさいして一皮むけたミズキの『物拾い』によって、弱点を補えないだろうかとマシュは考える。
また口に出さない内心の思いとして、この点に関してだけはナウメの力を借りたいと頭をよぎっているときもあるが、Ⅸは別格。
極論、敵にⅨがいなければ、ナウメ任せでほぼすべてが解決する。
それは傲慢、怠惰――破滅を呼ぶ劇薬であり、ランマは承認しないだろう。
――トモカタが作りし暗部、光の影を知らないマシュの苦悩は続く。
「……悪いな。そこまで気にしていることだと思わなかった」
重々しい雰囲気を纏いながら思索に耽るマシュに、アンドレアスは軽く謝罪し。
「……黙ったままなのは卑怯だな。言っておく、俺はトリネが彼方の来訪者の人身売買に関わっているかなど知らん。正直どうでもいいとすら思っている」
せめてもの誠意を語っていく。
「奴を狙うのは俺の私怨だ。――お前たち彼方の来訪者がバックについているいまならば。まるで無関係だとしても『砕けぬ刃』にまで累が及ばないという打算がある」
胸の内を隠さず伝えた男と、目をつむり言葉の意味を熟考する男。
しばしの沈黙後、マシュはまぶたを上げ2人の視線が交差した。
「――マスター・アンドレアス殿。貴君の私怨は『正義』と呼べるでござるか?」
「トリネは悪だ。……俺の話をした方がいいか?」
即答したアンドレアスだが正義とは答えない。彼はクランマスターとしての立場を自覚している。私怨で第1騎士団団長と敵対するのは無責任であり、正義は名乗れないと。
「……誰にでも話したくないことはある、と言いたいところでござるが。拙者クランマスターとしての責任があり。現状アンドレアス殿を全面的に信じられるほどの信頼はござらん。……まことにすまぬが事情を話して欲しいでござる」
アンドレアスの想いを汲みながらもマシュは、クランマスターとしての責任を優先し。無粋と思いつつも確認を取った。
「それでいい、俺は信頼に足る男じゃない。――守るべき者を守れなかった男の話だ、つまらないだろうが悪く思うなよ」
――話を黙って聞き終えたマシュはトリネ騎士団長を邪悪な男と認識し、私怨で動くアンドレアスを止めることなく、その背中を見送った。
話の裏付けを取らずにその場で信じたこと。それは毒島 眞朱という人間が、根本的に善性寄りな証といえるだろう。
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