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87話:まるでわからぬでござる

◆◆◆


 王都中央街において最大規模の家屋とされる『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』の本拠地には、腕自慢の冒険者たちが幾人もその門を叩きに現れる。

 彼ら彼女らはそれまでに積み上げた自らの力を、彼方の来訪者(エトランジェ)へと披露していく。だがこれまでクランに加入できた者はおらず、みな等しく撃沈を繰り返す。


 それは決して志望者たちのレベルが低いためではなく。事実として(クァトゥオル)を越える者が、加入を希望することも珍しいことではない。

 とくに七線級クランへ昇格してからの加入希望者は質、量ともに跳ね上がっており。六線級クランの二つ名を持つ選ばれし祝福者(ゲニウス)が、移籍を希望したこともあった。


 だが『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』設立理由の大元は正義を成すことであり、主な活動は解放奴隷たちの居場所を作ること。そしてもと奴隷の大半はルミガ人へ憎しみを持つ。結果どんな強者であれ基本的に加入希望は通らない。


 例外は幹部たる彼方の来訪者(エトランジェ)の誰かが特例的に許可を出した場合のみ。現状該当するルミガ人は、無尽のトリウィアただ1人。


 いまもクランマスター室で1人、マスター・マシュから加入希望を断られる。


 (クィーンクェ)級の冒険者はお茶を出しに来た獣人を思い出してしまい、あんな雑魚より俺の方が絶対貢献できるのに、という内心の悪態を表に出してしまわぬよう必死に抑え込みながら立ち上がり、一礼してから帰路についた。


「ふぅ、胃が痛いでござる……」


 断った瞬間に放たれた戦意に貫かれた結果が、気を抜き深く息を吐いた拍子に冷や汗となって現れ。マシュの着ている灰色のローブを内側から急速に湿らせる。


「ふっ、(トリア)(クィーンクェ)の戦意に怯まない、さすがですマシュ」


 マシュの背後の壁際に立って様子を見ていた男レイヤが、眼鏡の真ん中に指を当て持ち上げながら称賛を送る。


「……レイヤ殿。この程度のことで毎度褒められても、拙者馬鹿にされている気分にしかならぬでござるよ」


 この程度と評価するのは、いささか謙遜が過ぎるといえるだろう。

 しかしたび重なるほめ殺しに嫌気がさしているマシュは、そう不当でもない称賛に眉を(ひそ)める。


 七線級クランの顔見せ交流会で再会後、独自に交流を持った2人。

 それはマシュにとっては情報交換を最優先とするため、追放の件を横に置いた交流であり、ビジネス的なものであった。


 しかしレイヤは遠慮なく距離を詰めていき、マシュにとってはいきなりの名前呼び。そこからは悪意を感じとることができず彼は対応に苦慮してしまう。

 果ては、あなたが介錯してくださるなら切腹も辞さない覚悟です、などと本気か嘘かマシュには判別できない言葉までもが飛び出して。


 結果的に追放の件を許しはしないが、名前で呼び合うことを認めたのである。

 それからというものレイヤは、些細なことでマシュを褒めていく。


「――私は2度と後悔したくないですから、本音を秘めて生きるのはやめにしました。そしてライバルを称賛することのなにが悪いというのですか! お互いに高め合っていきましょう!」


 マスター室に差し込む光で眼鏡を輝かせながら、レイヤとしては異常なハイテンションで返答する。


 死んだ、自分が殺してしまったと思っていた、そのライバルが生きていた。

 それを知った瞬間一も二もなく駆け出したかったレイヤだが、クランマスターにして魔法の師たるアウロラの意向によって接触することができず。

 だが交流会以降は、もう隠す意味ないし好きにしていいぞ、と許可が下りてレイヤの想いは解き放たれたのである。


「拙者の『吹き矢作成』はC級、正真正銘の外れスキルでござる。レイヤ殿の『氷河期』はSS級なのでござろう? ライバルというには格が違いすぎるでござるよ」


 天星スキルの情報価値は高く軽々しく教えるものではない。これまで正確なスキルランクを教えていなかったマシュだが、面倒なライバル関係を終わらせるため正直に告げた。

 しかしレイヤは事前に師アウロラの推測として、マシュの天星スキルランクを聞いており。その真実によって失望することなどありはしない。


「天星スキルなど関係ありません! そもそも女神に与えられただけの力にすぎません。そんなもので優劣を決めるなど愚者の所業だと、あなたも思っているはずです」


 わずかの躊躇(ちゅうちょ)もなく、おおよそ2年前にレイヤがしたことを考えれば厚顔無恥としか評せない言葉で即答する。


「……それを外れスキルとして追放した側が言うのは、どうかと思うでござるよ」


 当然のごとくマシュは厳しい目つきで突っ込みを入れる。


「……私の罪は消えません。――それでも私はあなたのライバルでありたい、それが嘘偽りない本音なのです」


「……レイヤ殿は拙者の何を見てこれほどの評価を下しているのか、まるでわからぬでござる……」


 一方的なライバル関係を終わらせるのを諦めたマシュは、口内で小さく呟いた。


 死地に追放された者とした者。そのわだかまりが一朝一夕でなくせるはずなどなく、しばしの静寂が場を支配する。


 ――それは女の甲高い笑い声で破られた。

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