82話:少し躊躇ったが、その手を握った
「おっ、カレーうまいし。望月やるじゃん」
親指をグッと立て、料理を絶賛する柳原。
「美味しいです。望月さん、お料理ありがとうございます。けどごめんなさい、私あんまり食欲ない方で食べきれないかもしれません」
「あー、ごめん古庭さん、つぎすぎちゃったね」
「さすが! もっちー料理上手!」
もぐもぐ。……くっ、こいつ人並みとか嘘じゃねーか、ダンダン級に美味い。
「うーん。以前ナウメが作ってくれたカレーの方が美味かったなぁ」
悔しいので本音は出さず、これまでで1番料理が美味いと思った相手を引き合いに出す。
「ごめんねぇ? 私の料理あんたへの愛情マイナスだから」
「あっ、いまの愛情マイナスでカレーの味が増したぞ、こりゃうめぇ」
もぐもぐ。カレーを食べながら望月と視線で火花を散らし合う。
「――おいしくなぁれハート、おいしくなぁれハート」
「グワァー!」
こいつなんてことを。両手でハートを作り、俺のカレーにとんでもない調味料を照射してくれた望月。
もぐもぐ。くっ、味覚が嘘をついてくれない。変わりなく美味と判断してしまう。
「アァァァ……」
うめき声をもらすことしかできない。
「猫島ざまぁ!」
中性的な顔でどやってくる望月。――フッ、売られた喧嘩は買うぜ。
もぐもぐばくばく。カレーの残りをかき込む。
「――ごちそうさま! 俺は荷台の方で休む。お前らはテントを使え、魔物は俺が見張っておくから安心して寝ろ」
言い残し荷台に飛び込み『うずくまる』を使う、乱れた精神が急速に落ち着きを取り戻す――。
――真夜中、女子4人が寝静まったのを強化した聴覚で確認。気配を殺し無音で荷台から降りる。
さて、俺を舐めるなよ望月。お前にⅧの力をみせてやろう。
アニマ補正を全開に五感と全身を強化。――料理のどやぁは料理で返す。
そう、料理とは身体能力だ! Ⅰのお前とは土台が違うんだよ!
朝食で味合わせてやる。真なるカレーを――。
――チュンチュン。朝の訪れをスズメに近い鳴き声のなにかが告げる。
「ふわぁ――意外とキャンプ悪くないかも。ちょっと気が晴れたかな」
「ごきげんよう、望月」
テントから背伸びをしながら出てきた女へ、晴れやかな声で挨拶。
「あー、気持ちいい朝が台無しね」
「喜べ。お前の朝はさらに落ちる」
「意味不明」
こいつ人を馬鹿にした目で見下してきやがる。
「お前の朝食はカレーだ」
「あんたの朝食もよ」
「――決着をつけようぜ、望月」
「……もしかして、魔物の見張りとかいうので寝てないの? テンション変よ」
おい。いきなり気遣わしげな顔をするな。
「おはようございます。猫島くん、望月さん」
「おはおは。もーにんから、なに言い合ってんの?」
「――ジャッジも揃ったな。あそこで顔を洗ってこい」
いぶかしげな視線を向けてくる3人に、夜設置しておいた『量産魔導具水若芽』を指し示す。
「なんか公園で水飲むやつじゃん。これ昨日から欲しかったし」
忘れていただけである。そもそも俺に快適なキャンプを提供する義務などない。
よってセーフ。
「たしか『量産魔導具』というんですよね。こういう道具は日本よりも便利ですね」
3人が顔を洗っている間に俺が作った真なるカレーと、望月が昨日作ったカレーの2皿を配膳。
「おっカレーが増えたし」
「まさか、あんた徹夜でカレー作ってたの?」
「猫島くん寝てないんですか? 大丈夫ですか?」
戻ってきた3人がそれぞれの反応を示す。
「何も問題ない。そして安心しろ望月、両方とも平等に温めておいたぜ! さぁ決戦のときだ! 俺と望月どちらのカレーの方が美味か。審判を頼む、柳原、古庭!」
「いいじゃん、キャンプみある! 私はフェアにいくし。いただきまーす」
「わかりました。味覚はそれほど優れていませんが、正直な感想を述べます。量少なめ、ありがとうございます。それでは、いただきます」
「……う~ん」
突然の勝負に乗り気じゃないのか、望月は微妙そうな顔。
「……? これ変だし」
両方を何口か食べた柳原が首をかしげる。
俺の方は味見している、問題なく美味しかった。まさか一晩で望月の方が傷んだのか?
「私はどちらも美味しいと思います。ですけど……」
古庭は何かをいいにくそうに目を伏せる。
どちらも美味しいということは、傷んでいるわけではない。
「……この微妙な反応はなんだ?」
「……あのさ、カレーってね。温め方にもコツあるの。私の温めるときに水を足してないでしょ?」
「――俺は相手の料理に小細工するような卑怯者じゃない!」
望月の口調で言いたいこと――つまり水を足さないとダメだったのだと、察しはついたが力業で押し通してみる。
「しかもあんた混ぜずに温めたでしょ。案の定ちょっと焦げてるし」
「それそれ、これ望月カレーが昨日より微妙になってるし。なのに味は互角ぽい、これ猫島の負けでしょ」
「……猫島くんごめんなさい。私も同じ感想です」
……俺が本気で作ったカレーが……相手の料理にデバフをかけて互角……。
もぐもぐ。たしかに……望月のカレー、ちょっとだけ苦味がある。
「……俺の負けだ。勝手に温め台無しにして悪かったな望月。……お前の料理本当は最初から美味しいと思ってたぜ」
意気消沈。圧倒的な身体能力差を利用してこのざまとは。
「ま、まぁね。……あんたのカレー思ってたより遥かに美味しいわよ。これなら最初から猫島に任せてもよかったわね」
優しい声音で慰められた。
……ちょっとムキになりすぎたかもな。人間を形作るのは記憶である――とどこかで聞いたような気がする。
すべてを忘却しているのならば、俺たちを追放したときとは別人といえる。
……望月からみれば、俺の態度が理不尽に悪くなっているよう感じるのだろう。
「…………ごめん、望月。お前が目覚めたときから俺、態度悪すぎたな」
「ちょっと、いきなりそんな殊勝になられても怖いから! …………けど、私もごめんなさい猫島。わけわかんない状況で八つ当たりしてたわ」
言い終わったあと、顔をうつむかせながら片手を差し出してくる望月。
…………少し躊躇ったが、その手を握った――。
「えっ、待って! なんで私ハブって仲よくしてるの! しかも、カレー食べてる! ヒドい! ハブって立派なイジメだからね!」
――湿っぽい空気は、目を覚ました湯崎の闖入によって拡散された。
こいつに向けている厳しい態度も、いつか謝る気になる日が来るのだろうか?
……たぶんないな。俺こういうタイプ根本的に嫌いだし――。




