78話:暗黒の君臨者たち
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王都ラプロン東郊外――王都中央のような賑やかしさも、外れのような剣呑とした雰囲気も存在しない静謐な土地には、豪奢な館が立ち並ぶ。
そのひとつ――ルミガ王国宰相マリスネシ大公が表向きの所有者となる黒き煉瓦の館は、闇クラン『暗黒の君臨者たち』の拠点である。
「ギイイイイイイイイイイイイ、痛ぇぇえええ、マッドォッ! 痛ェェェ! マッドォォォォ! 麻酔っ、麻酔ィィ」
館の一室にタイムの叫びがこだまする。
「キヒヒ、諦めろ。ワタシの『生体改造』に効く麻酔はないからなァ。ほらほら、もっと痛くなるぞォ」
マッドと呼ばれた男は『極小貫通孔』に吸い込まれ失われた片脚を、己のS級天星スキル『生体改造』で再生していく。
「グゥゥゥオオオオオオオオ、痛ェ! 痛ェ! 痛ぇよ……」
処刑人が見たならば惚れ惚れするであろう綺麗な切断面から、ゆっくりゆっくり骨が伸びていく。そのさいに発生する痛みはⅣの男でも、悲鳴と涙を止められないレベルである。
「キヒヒヒヒヒ、そら再生スピードアップだッ!」
「アギィ――――――」
白目をむいて泡を吹くタイム。恐るべきことに『生体改造』は対象の気絶を許さない。痙攣する男の意識と痛みに、わずかの途切れもありはしない。
「マッドッ! お前ふざけんな! これ以上タイムをいたぶるな、殺すぞ?」
治療を見守るタイガーが殺意を込めた瞳で、白衣の男を射貫く。
「キヒ、文句があるなら止めようか。ワタシはいっこうに構わないぞ?」
脅迫にまるで怯まず、馬鹿を見る目でタイガーに答える。
そもそも再生を望んだのはタイムたち、当然主導権はマッドにある。
「――待て、続けてくれ……。片脚じゃ不便だ」
荒い呼吸で継続を望むタイム。相方の覚悟を見てタイガーは殺意を抑え込む。
「悪ぃ、タイム。俺のせいで……」
「おい、何だその殊勝な態度、似合わね! てか勘違いすんな、ただで助けたわけじゃねぇ! ぜってぇ借り返して貰うからな。……馬鹿な頭で忘れるなよ」
顔を歪ませ虚勢を張る男に、タイガーは頷いた。
「キヒヒヒ、話は済んだか? それじゃァ治療再開ダァ」
肉丸一派において、男女問わず人間を『生体改造』でいじることに悦楽を見いだすようになった男は、怪しく笑いながら再生速度をさらに上昇させた――。
――暗黒卿の間に座する筋肉質の巨体を、跪き仰ぎ見る『暗黒の君臨者たち』の幹部10人。
「――さて、タイム、足はどうだ?」
マスターである男ダークロードが開口した。
「ハッ、再生は無事に完了しました。――明日には元どおり動けるようになると、マッドから聞いております」
幹部でありながら召集に応じていないマッドに代わり、術後についての説明を加えるタイム。
「そいつはよかった。――そして災難だったな、タイム、タイガー。直樹の情報収集、評価するぜ」
「……コガロ侯爵を守れず、猫獣人の奴隷も連れて帰れず、売った女子も救出されてしまいました。――申し訳ございません」
頭を地につけるタイム。事前にお前は喋るなと釘を刺されているタイガーも無言で続く。
「問題ねえ。コガロはマリスネシ派じゃねえしな。売った女子どもなんて、いまさらいらねーだろ? まっ、猫獣人は味わったことがないから、ちょい惜しかったけどな。――地球からのクラスメイトの方が大事だろ?」
最後の言葉と表情は真剣で男の本性を知らない者には、仲間思いに見えるだろう。
そしてこの場に、ナオキも知らない肉丸 弾吾の本性を知る者はいない。
「――つまり失敗の罰はないということですか、ダークロードさま」
右腕たる男イヤーは、若干の不満を声に込めながら問いかける。
「あぁ。直樹の実力について情報を持ち帰った功績で、失敗はチャラだ」
「――畏まりました。さすがはダークロードさま! 仲間思いで懐が深いですッ!」
「フッ」
本性などつゆほども知らないイヤーに持ち上げられ、男はニヒルな笑みで返す。
「――さて本題に入るぞ。『光の意思たち』が売った女子たちを救出していることと、出所はわからんが誰に売ったのか情報を得ていることも明らかになったわけだ……めんどいな、イヤー任せる」
「ハッ! ありがとうございます! つまり我々が繋がりを持った、この国の実質的な支配者である暗部は、大きく2つの派閥に分かれています。宰相マリスネシ大公派とワヒイ大公派です」
説明を託されたイヤーは、ほかの幹部に自慢げな顔でマウントを取りながら話を始める。
「まず我々が最初にコネクションを持ったのはワヒイ大公、女子を買ったのはすべてこちらの派閥です。……マリスネシ大公は慎重で彼方の来訪者の売買に手を出すつもりはないようでした」
自分たちの立ち位置を理解していない者の方が多いため、イヤーは状況を細かく説明していく。
「しかし我々とのコネクションは欲しかったらしく、この拠点と金、複数の『固有魔導具』を献上してきました」
『固有魔導具』を誰に割り振るか決めたのはダークロードであり。自分が欲しいと思っていた物を与えられた、タイムの耳にチラリと視線を送るイヤー。
「両者の争いで優勢なのは、娘を王妃にしたマリスネシ大公のようですが、宮廷内で争いは続いており、ワヒイ大公が勝たないともかぎらない。――つまり女子を売った貴族を守ろうともせず、放置するわけにもいきません」
大真面目に話を続けるイヤーだが、真剣味が足りない2人――ファイアーとザリガニは長い話にあくびをかみ殺している。
「なので! ワヒイ大公派に対し我々の体裁を保つため、お前たちには女子を売った貴族たちの護衛に向かってもらうということだ!」
器が小さい男は2人を睨みつけ口調を荒げる。
「現在救出されたのが7人のはずで、プッパス侯爵とコガロ侯爵は死亡。それと姫宮を売ったゴヌレ侯爵は失踪、姫宮も行方不明」
それほど記憶力に優れていないイヤーは、指折り数えながら話す。
「残り12人は――第1騎士団の団長に羽立を売って、チャッキー伯爵に火村と津倉を売って。速見、川道、六鹿、高鍬、吉岡をストルアン公爵……だったはず」
イヤーは苗字が合っているかすら自信がなく、メモを作っておけばよかったと内心後悔している。
「あとは黒瀬一派の3人をミツギ伯爵で、最後は……犬神か、あれ誰に売った……?」
まるで思い出せないイヤーは、両手で頭を挟みながら必死に考え込む。
「あぁ、伝えてなかったが、黒瀬一派と犬神は除外でいいぞ」
「……どういうことですか? ダークロードさま」
「犬神はそもそも売ってない、いつの間にか消えてた。あいつとヤった覚えがある奴はいるか?」
集まった幹部――クラス男子たちは顔を見合わせ首を横に振っていく。
「そういうこった。黒瀬一派も似たようなもんだ」
「待てよ、肉丸! 犬神は記憶にないけど……黒瀬は覚えてるぞ! あの男を小馬鹿にしたような奴の初めては俺が奪ったんだぜ!」
タイムからの言いつけを破り口を開くタイガー。呼び捨てに反応したイヤーが素早く睨みつける。
「クフっ、クククク」
ダークロードはタイガーの顔を見て堪えきれず、せせら笑う。
「――なるほど。黒瀬の天星スキル『催眠術』ですか?」
主の意図を誰より早く察しようと頭を全力回転させたイヤーは辿りつき、答え合わせを求めた。
「ビンゴだ、イヤー」
指差され正解だと認められたイヤーは、グッとガッツポーズ。
「はぁ? 催眠術? じゃあ俺がヤった黒瀬は何だったんだよ!」
「聞きたいのか? 知らぬが仏っていうぜ?」
「普通気になるだろ!」
「――樽だ。お前は樽を押し倒して必死に腰を振ってたぜ。イッた瞬間にバギィっと樽粉砕。――っぅ、クク、ウケる。ブッッッハハハハハ」
思い出し笑い転げるダークロードと対照的に、タイガーの顔は怒りで真っ赤に染まる。
「おまっ、ふざけんな? 何で教えなかった? そもそも、何で気づいて黒瀬を見逃した?」
「タイガー、ダークロードさまに言葉が過ぎるぞ」
殺気を放つイヤー。
「構わねぇ、俺が許す。――黙ってたのは教えたら黒瀬殺そうとするだろ? お前じゃ返り討ちにあってたぞ。別に樽を抱いたら死ぬわけじゃねぇしな」
「じゃあお前が樽とヤれよ! マジ、ふざけんな! つーか何でお前に催眠術効いてないんだ? まさか黒瀬とグルだったのか?」
「答えはノーだ。俺が女と組むはずねぇだろ。効かなかったのは『超筋肉』で外眼筋を強化してたおかげじゃねーか? 知らねーけど」
「じゃあ何で見逃した!」
タイガーは顔だけでなく、両手をも赤くしながら剣幕に言い立てる。
「……俺が許せねぇのは、俺の敵になる奴と直樹に味方する奴だ。――黒瀬は直樹を嫌っていた数少ない女だからな、正直嫌いじゃなかったのさ。いまごろはミツギ伯爵に催眠かけて貴族暮らしじゃねーか?」
俺の敵になる奴と直樹に味方する奴を許さないと言った瞬間、凄まじい殺気を迸らせたダークロード。格の違いを感じとりタイガーは、気勢をそがれて押し黙る。
「ちなみに犬神は猫島 嵐真にしか興味を持ってないような女だし。――何より関わるなと、俺の筋肉が全力で告げたから見逃した」
ダークロードすら警戒しているという言葉に息を呑む幹部たち。
「……犬神 雷禍か……。物集を女にしたような黒髪ロングの美人だったよな?」
ファイアーが転移前の記憶を思い出し口にした。
「高校に喪服着てくるヤバい女だったっすね。しかも犬神が喪服以外着てるの見た覚えないっすよ。あれって何だったんすかね」
軽口で疑問を声に出す、ザリガニ。
「友方とは別の意味でアンタッチャブル。たしか告白したら事故死する噂があった」
「それはただの噂だな。俺の知り合いは中学で普通に断られて、何ごともなく無事だったぞ。……あいついまごろキャンパスライフ謳歌してるのかな」
ハイドに答えたライダーは地球と時間の流れが違うことを知らず、懐かしそうに目を細める。
「――横道はそこまでだ。『暗黒の君臨者たち』マスター、ダークロードとして命じる。黒瀬一派3人とミツギ伯爵は放置。犬神には関わるな」
一瞬で静寂を取り戻した暗黒卿の間に重厚な声が反響する。
「チャッキー伯爵の護衛に向かえ、ファイアー、ザリガニ。ストルアン公爵はタイム、タイガーに任せる。トリネ騎士団長のもとへはライダー、フライ、ノイズ頼んだぞ」
「ハッ」
声を揃える7人の幹部たち。
「ひとつ言っておく、お前たちじゃ直樹には勝てない。Ⅸを単独撃破した噂がある『光の意思たち』の二枚看板、嵐真も同格とみなす。――守りに行ったという体裁を保てればそれでいい。直樹か嵐真が出てきたら、貴族を見捨てて退け」
全力で頷くタイムとタイガー。
「ダークロードさま! 僕にも忠誠を示す機会をお与えください!」
「ダメだ。イヤー、ハイド、ライアー、それとマッドも拠点待機だ。お前たちのスキルは代替が効きにくいレアだからな、失うと損失がでかすぎる。それとイヤー、お前の忠誠をいまさら示す必要はない。拠点防衛の要なんだ、信頼してるぜ」
「ダークロードさまァ! ありがたきお言葉! この命に替えようと! たとえ直樹が攻めてこようとも、暗黒卿の間に立ち入らせはいたしません!」
跪きながら両手を掲げ、歓喜の涙を流し答えるイヤー。ライアー以外のメンバーはそれをドン引きした目で見ている――。
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