77話:記憶凍結
――レイヤから女子たちの救出に協力すると申し出られ――考える。
……そもそも、俺は救出に積極的なわけじゃない。
直樹が決めて、水希が悲しんでいるから協力しているだけだ。
ケライノの魔法によって眠る女子たちに視線を向ければ――穏やかな顔してやがる。……だが正気を失い、直樹すら認識できていなかった顔も見ている。
……多少の同情はするが、それで追放の件を許せるかは別問題。
というか正直、元凶だが追放に至るまでの思考を理解できるレイヤより。
まともに頭を働かせることなく、狂ったノリで追放に同調した、こいつらに対する遺恨の方が上回っている。
大部分は環境のせいだったというのもわかるが……正直こいつらの精神をどうにか回復させた後に、我が物顔で『光の意思たち』に居座られたりしたとき、受け入れられるか自信はない。
レイヤに押しつけ――もとい『破壊の杖』が引き取ってくれるなら俺としては悪くないが……。
厄介なことに、こいつらも彼方の来訪者だ、いらなかろうと手放すには価値が高すぎる……。
……ここら辺の判断は眞朱に任せよう。あいつがクランに置いておくと決めたなら従う。
「――水希、どうする?」
レイヤから視線をずらし、判断を任せるように黙っていた水希へ話を振る。
「……私は協力して欲しいかな。……月島君は優秀だし、1秒でも早くみんなを助けてあげたいから」
「だそうだ。俺もそれでいい、悔いがあるなら力を貸せよ、レイヤ。――ただしそれで俺が許したと思うなよ」
言葉に怒りを込めながら告げる。
これで許された気になって、楽になられたらムカつくしな。
「……わかっています。あなたたちの追放は……死を前提にしていましたから、許されるべきではないでしょう」
顔を苦渋に歪ませるレイヤ。
――見たかった表情ではあるのだが……ざまぁみろとは思えなかった。
この件に関しては、友方を切り捨てようと考えていた俺も同類だからな……。
「そして協力を許していただき、ありがとうございます。ランマ、物集」
「――私のことはミズキでいいよ、レイヤ君。……転移後、別に私たちの保護者でもなかったのに、委員長だからっていろんな責任押しつけて……ごめんね」
……俺の考えを水希に押しつける気はない。お前はレイヤも許す。それでいいさ。
「っぅ。……諸悪の根源はっ友方を切り捨てるため、追放を木村に提案した私です。本当に申し訳ありませんでした……ミズキ」
眼鏡の上から指を差し込み、まぶたを押さえながら声を震わせるレイヤ。
必死に抑えようとしているのだろうが、抑えきれず軽く嗚咽を漏らしている。
――環境で狂い堕ちれなかった常人。
許しを与える気はないが……レイヤへの恨みは氷解していく――。
「――泣くなよ、うっとうしい。それと俺は水希のように優しくないからな、許してないぞ! 忘れるな!」
しばらく黙って待っていても嗚咽が止まらないため、野暮だがツッコミを入れる。
「っはい。…………ありがとうございます、ランマ」
「いつから難聴になった? どこに感謝するポイントが?」
「ふふ、嵐真君は優しいからね」
レイヤへ放った皮肉に、まさかのフレンドリーファイア。
「勘弁してくれ」
片手を額に当てながら、ニコニコ顔の水希に答える――。
――レイヤが精神を整えるように、大きく深呼吸してから提案してきた。
「ランマ、ミズキ。――7人を救う方法について案があります」
眠っている女子たちを視線で示しながら言ってくる。
「何! レイヤ君」
望月の手を強く握りしめながら応じた、水希の声音から希望を感じる。
「……あまり望ましいやり方ではありませんが、現状のままよりかは遥かにマシなはずです」
「話が回りくどいぞ、それ『破壊の杖』の特徴か?」
「――私のスキル『氷河期』で、彼女たちがこの異世界に転移してきてからの記憶を凍結します」
記憶の凍結だと!?
「できるのか?」
「いま思いついたことですので、これまで試したことはありません」
スキル名からは想像できなかった効果だが、『氷河期』は時すら凍らせるSS級。
……やれるのか?
「ですが、可能だと感じています。――心の治療とは呼べない方法ですが、それでも私はッ」
右手を握りしめながら言葉を切るレイヤ。
天星スキルは精神の影響を強く受ける。本人ができると感じたならできても不思議じゃない。
「試そう、レイヤ君! この状態から救えるなら治療じゃなくてもいいよ!」
賛同する水希。……しかし転移してきてからの記憶を凍結か。
つまり俺らを追放した記憶も失うわけだ。……これはさすがに思考が暗いな。闇属性すぎる。
水希とレイヤは女子たちを救いたいという、光の意思で動いている。
直樹も間違いなく賛同し、眞朱も思うところがあるとしても否定はしないはず。
――治療はいいが、追放の記憶がなくなるのはムカつく――というのは俺のわがままだ。
「……いいぜ、試してみろ、レイヤ」
「……すみません、ランマ。凍結する記憶の微調整はできる気がしません」
……思考を推察されたか。やれやれだ。
しっしっと手を振り、いいから早くしろと促す。
「……望月。クラス委員長の責任を投げ出してしまい……申し訳ありませんでした」
ベッドに眠る望月の隣に立ち、額に右手を掲げるレイヤ。
「――傷つきしアニマよ、汝に安息の資格あり、ゆりかごに眠れ、罪と罰を凍土に忘れ未来を生きよ、我は氷王、哀れなるアニマに救いを与えん――『氷河期・記憶凍結』」
これ魔法じゃないよな、その詠唱いる? ――いや、天星スキルは精神が重要。
つまりレイヤってそういうの好きだったのか。……俺も嫌いじゃないんだよなぁ。
――望月を終えた後、残りの女子たちにも順番に記憶凍結をかけていく。
すぐに女子たちが目覚めることはなかったが、記憶凍結には成功しているとレイヤが断言したため、自然に目を覚ますのを待つことにした。
――――翌朝、トリウィアを連れて病室に向かうと水希に出迎えられる。
「おはよう、嵐真君、トリウィアさん」
「あぁ、おはよう。まさか泊まり込みの徹夜か? 無理はするなよ」
「大丈夫、私だってⅣなんだから」
「……ちょっと目の下にくまができてるぞ。女なら気にした方がよくねーか?」
目の下を軽くつつきながら言う。
「ひゃ、もう、いきなりつつかないで! ――ちょっと顔洗ってくるね」
「ははは、ランマ。女の子と言うならば気安く触れるのは感心しないぞ」
飛び出す水希を見送りながら、ツッコミを入れてくるトリウィア。
「友達だし、この程度なら普通じゃないか?」
「私にとって彼方の来訪者の普通は未知の事柄だが。女友達の顔に触れるのは常識なのかい?」
……ボディタッチが気安い直樹に毒されたかもしれない。
だが思い返せば直樹の奴、カミングアウトしてから水希には、ほとんどボディタッチしてない気がする。
「うーん……俺が悪かったかも」
後で謝ろう。
「さて、この子たちの記憶を天星スキルで凍結したと聞いたが――『ワンダーアナライズ』」
女子たちを覗き込みながら魔法を発動するトリウィア。
「どうだ?」
「うむ、さっぱりわからないね。世界はまだまだ未知数のようだ」
小さな両手をお手上げしてみせるが、顔と声は楽しげだ。
「ケライノの睡眠魔法はどうだ、解けてるか?」
「あぁ、そっちの効果は切れているね」
昨日は更新しなかった。ケライノから以前説明を受けたとおり、毎日更新しなければ効果は失われるようだ。
「なら目覚めないことこそ、凍結成功の証明になるか」
「――ただいま。トリウィアさん、みんなはどうかな?」
帰ってきた水希は気になっていたのだろう、開口一番で俺と同じ質問を繰り返す。
それに同じ答えを返すトリウィア――。
――水希の顔に気安く触れたことを謝った後、病室から出ようとしたが。
まだ調べたいと言いトリウィアが残ったことで、俺は単身冒険者ギルドを目指す。
現状の最優先事項はメガロドンだ、目覚めるまで付き合ってはいられない。
愚賢者の言葉を信じる前提で残り13日、それまでに何かしら攻略のヒントを手に入れる必要がある。
とりあえず思い至ったのが、『始祖氷狼』のクリスタルから『固有魔導具』を作ることであり。
ギルドに向かっているのも、発行したクエストの状況を確認するためだ。
――冒険者ギルドに入ると、ピンク髪の小柄な姿がちょこちょこ歩いてくる。
「ランマさま、おはようございます!」
受付嬢のカリナ、今日も元気で何よりだ。
「おはよう、カリナ」
「クエストをお探しですか? それとも――」
両手の指を合わせて、モジモジしながら言葉を切らす。
……? ――あっ、北の森にピクニックの約束と誤解させたか。
「悪い、今日はピクニックの誘いじゃない。――忘れてるわけじゃないからな!」
否定すると表情をわずかに陰らせたので、慌てて補足。
「あっ、大丈夫です! ランマさまが忙しいのは、ちゃんとわかっています!」
相変わらずいい子だ。彼女のためにもメガロドンをどうにかしなくてはいけない。
だがこの気楽な対応。冒険者ギルドはメガロドンの件をまだ把握していないのか?
いや、七線級クラン――とくに『砕けぬ刃』は総力で動いた、ロイドが把握できていないのは考えにくい。
……つまり現場の職員には伝えていないのだろう。まあⅨ相手じゃ、手の打ちようがないしな。
どうしようもない情報を教えて、不安にさせない方がいい。知らぬが仏である。
「――今日の要件は以前発行したクエストについてだ。『魔導具職人』の募集はどうなってる?」
「確認してきます! テーブルで待っていてください!」
カリナは小走りで受付の奥に向かい、書類を漁り始めた。
――少し時間がかかりそうだな、言われたとおりテーブルで待つか。
じろーり、じろーり。
冒険者の男たちが悪意――というには微妙な何かを飛ばしてくるのが気になる。
「……お前ら、その微妙な視線は何なんだ?」
男たちと同じテーブルに着き尋ねる。
「嫉妬だッ! カリナちゃんと仲良くお喋りしやがって!」
「……そこで即答できるなら俺を睨むより、本人に告白でもしろよ」
「それは協定違反だ! 何よりお断りされたらどうする、責任とれんのか!?」
1人の答えに周囲の男たちが、うんうんと頷く。
「馬鹿かよ」
アホらしくなって、一言で切り捨てた。
「よりどりみどりの彼方の来訪者にはわかんねーだろうけどな! 俺たち並の冒険者にとって受付嬢は憧れであり、そんな彼女たちのためだからこそ命を張ってクエストに挑めるんだよ!」
熱く語られても困る。
「そうか、まぁ頑張れ。……あとクエストは無理するな、命を張る必要がないレベルに落とせ」
「馬鹿っ! それじゃ男としてカッコ悪いだろ! どぶさらいしてカッコいいと思われるか? ちょっとしたお使いで素敵か? 安全な森から薬草取ってきて、すごーいってなるか?」
真面目に助言したというのに、この言い草。
「……お前らの命だ、勝手にしろ」
「男ならっ! 未踏のダンジョン探索! 大陸の命運を握る伝令! 竜退治! 『古代・固有魔導具』の入手だろ!」
話続くのか。Ⅸ討伐と大陸越えを加えていないのが、微妙に現実的な大言壮語だな。
「ゴンボンさん、無茶はダメですよ! クエストは着実にステップアップしていきましょう!」
書類の束を胸に抱え戻ってきたカリナは、声が大きな男に忠告する。
「はーい! カリナちゃん、席どうぞ! 俺らもうクエストに行きますんで!」
俺がした助言のときとは打って変わって、顔をほころばせて席を立つ。
「ありがとうございます! 皆さんお気をつけください! ご無事をお祈りしております!」
元気にショートカットの頭を下げながら見送るカリナ。
「――お待たせしました、ランマさま。こちらが応募されてきた『魔導具職人』の方々です」
ドッサリと紙の束がテーブルに置かれた。……ヤベー、多すぎてげんなり。
「ありがとう。なんつうか思ったより……」
「はい、少ないですよね。かなりの好条件ですが。やっぱり失敗時の責任を問わないといっても怖かったみたいです」
えっ、これで少ないの? 数百枚重なってるように見えるんだけど。
……いまさらだが、ここで決めたとしても、13日以内に完成は無理な気がする。
「ふむ」
何人分か書類を手に取り目を通していく。
……職人の実力をこの書類からどう判断すればいいんだ?
「ほう」
わかっているかのように頷き読み進める俺を、黙って見守るカリナ。
ヤベー、さっぱりわからん。これじゃ俺馬鹿みたいじゃん。
カリナに聞くか? ……ダメだな。
この子が勧めた相手を選んで作成に失敗すれば、絶対気にしてしまうはず。
――よし、トリウィアに決めてもらおう!
「カリナ、この書類は持ち帰っても大丈夫か? 慎重に判断したい」
「わかりました! 『量産書類複製魔導具』で複製してきます。ちょっとお時間がかかりますけど……大丈夫ですか?」
「問題ない、頼んだ」
「はい!」
カリナは元気よく答えてから書類を抱きかかえ、ギルドの奥へ消える。
――複製が終わるまでの間、適当に冒険者たちと雑談しながら過ごした――。




