76話:月島 零夜/ツキシマ レイヤ
◆◆◆
――ランマが伝える姫宮の話、救出した女子たちの件。
重たい内容に引きずられるかのように日は沈みゆき、病室は暗闇に閉ざされる。
「……明かりつけるね」
ミズキが『『量産魔導具街灯器』で光を灯す。
――話を最後まで黙って聞いていた、レイヤの顔は苦々しく歪んでいた。
彼は自分に責任がないと思えるほど、薄情でも無責任でもない。
異世界転移後、普通の高校生として当然のようにおかしくなっていた精神も、追放したマシュたちの生存を知ったとき本来の冷静さを取り戻している。
そして正気を取り戻してからレイヤは後悔し続けている。
転移後に立てた3つのプランより、プランC――クラス全員で生き残る道の模索を選択しなかったことを。
その思いは友方――排除以外に道はないレベルの自己中問題児と判断した男が、異世界で弱者を守る治安維持活動を始めたのを知ったとき、より一層強くなった。
レイヤは日々後悔している。
プランA――問題児の追放を選んだことを。
当時の彼はクラスをまとめるために必要事項だと考えていた。リーダーである木村の判断によって、4人巻き添えが出るのもやむを得ないと判断した。
彼にとって――あるいは残されたクラスにとって最大の不幸はそのなかに、毒島 眞朱が含まれていたことだろう。
それさえなければレイヤは、学級委員長としての責任感を投げ捨ててクラスを抜けるほど、精神が破綻することはなかったのだから――。
――月島 零夜は異世界転移時17歳の少年だった。
経済的に恵まれた家庭で生を受けた彼だったが、その人生は順風満帆だったわけではない。
父親は仕事を生きがいとし家庭に興味を持たないタイプの男であり、レイヤは母親の影響を色濃く受けて育つことになる。
母親は息子を夫の出身大学であり、自らが3度挑み合格できなかった大学へ入れることを強く望んだ。
彼女の両親がそうしたように、母親は息子に物心ついたときより英才教育を施す。
レイヤの人生に漫画、アニマ、ゲームなどといった娯楽は許されていなかった。
幸いにもレイヤは勉強と努力を苦にしない性分をしており、母親を恨むことなく慕って従う。
そんなある日、レイヤが10歳のとき母親は何かの気まぐれのように、息子をアニメの映画へ連れて行く。
それは母親が友達から、子供をまったく遊ばせないのは虐待じゃないの? と言われたためであり、彼女の本意ではなかった。
映画は魔法使いの物語。詠唱をしながら杖を振ると奇跡が起こる。
母親にとっては面白さがまるで理解できない子供だまし。
見終わった後、母親は息子に問いかけた、アニメは楽しかったかと。
レイヤは賢かった。
映画を楽しいと感じていた。魔法使いに憧れた。詠唱がカッコいいと思った。
しかしそれらをいっさい顔に出すことなく、母が望んでいる答えを口にする。
つまらなかったです、あんな幼稚な映画で楽しめるのは子供だけです。
彼は10歳で理解していた、母がどれほど自分に費やしているのかを。
漫画、アニメ、ゲームは与えられないが、望む参考書はどれほど高価でも与えてくれた。家庭教師のレベルも高く、科目ごとについていた。
ブランドで着飾らない母。遊びに出かけない母。体重、身長を毎日測り、それに合わせ、最適な栄養価となるように計算しながら料理を手ずから作る母。
ゆえにレイヤはその日、母親に初めての嘘を吐いたのだ。
嘘の答えに満足した母親の機嫌はよく、息子の頭を撫でながら、私が必ずお父さんと同じ大学に入れてあげますと強く誓う。
母親と息子、2人の関係はうまくいっていた。
レイヤが15歳となり、高校受験を迎える日までは――。
試験会場まで2人で歩いて向かう途中、必ず合格すると珍しく逸るレイヤの歩みは母より若干早く、横断歩道を渡る。
そこに赤信号を無視したトラックが突っ込んできた。
息子を突き飛ばした母親は、身代わりとなるかのように弾かれて――即死。
――超人じみた精神など持っていないレイヤはその日、試験を受けることができず第1志望校を落とした。
その後父親に連れられて受けた、第3志望校の試験をほぼ無意識で解いて合格。
ランマたちの高校へ入学することになった。
心にぽっかり大穴を空けたレイヤだが、父親はそれまでと変わることなく仕事に精を出す日々。
母の願いを何度も思い返しながら机に向かい勉学を続けるが、まるで身に入らず空虚な日々を過ごすレイヤ。
その状態でも高校初めての中間テストで学年1位を獲得。
レイヤは第3志望校なのだから当然だと考え、喜びなど感じない。
彼にとっての転機は初めての期末テスト、そこで学年2位となったことである。
レイヤはそれまで受けたテストにおいて1位以外をとったことがなく、高校入学以来初めてクラスメイトに興味を持った。
そのクラスメイトこそ毒島 眞朱、TPOをわきまえない髪型と口調によって、またたく間に陰口の的となりし男。
レイヤは直接交流を持とうとはしなかったが、人生で初めてのライバルを強く意識。
心に空いた穴が埋まっていき――2学期の期末テストでは1位を獲得。
そして進級後、クラス替えでも2人が別れることはなく。
レイヤはライバルへのイジメを抑制しようと、己の勉強時間が減るのを承知の上で学級委員長に志願。
それまで勉学以外に興味を持つことがなかったレイヤは、クラスの代表となることで自分とライバル以外にも興味が広がっていく。
同級生との話題を得るため、テレビでニュース以外も見るようになった。
小遣いをゲームや漫画に費やそうと、父は何も言わない。
レイヤは持ち前の賢さを勉学以外でも発揮し、クラスの中心人物となっていく。
勉学に費やす時間は目に見えて減ったが、以前より記憶力が増加し学力は上昇を続ける。
中間1位、期末1位、中間1位、期末2位。
男子の学級委員長としてクラスをまとめ、さりげなくイジメの発生を抑え込み、たわいもない雑談に興じ、ライバルと学力を競い合っていく。
その日々は彼にとって人生で1番楽しいものであり。同時に何より大切だった母を失うことで、それを得たことに胸を痛める奇妙な期間であった。
しかし日常はクラス40人が突如、異世界に転移することで終わりを迎える。
転移直後はまだ統率がとれていたクラスだが、魔物、家族、食事、衛生。
不安要素は積み重なり、大半の者は精神に変調をきたしていく。
それはレイヤも例外ではなかった。
冷静な彼ならば、ランマと同じように天星スキルの別解釈に気づけたはずである。
しかし現実は厳しく。
委員長としての責任感に突き動かされたレイヤは、これ以上クラスの和が乱れる前に一刻も早く友方を追放しなくてはいけない、という考えから抜け出すことができないまま、木村に提案してしまう。
そしてライバルを追放したことによって、塞がっていた心の穴がふたたび開き、委員長としての責任感が急速に抜け落ちていく。
その後クラスは森を抜けて王都に到達。
そこで異世界が魔法文明だと知ったとき、レイヤはかつて母に吐いた、ただ1度の嘘を思い出し。
――彼はクラスのすべてがどうでもよくなった。
レイヤはプランB――有用な人材のみで生きるを実行。
現在のクラスに有用な人材はいないと判断した彼は、ここからは1人で行くと言い残し、クラスを捨てた。
その後集めた情報を頼りにレイヤは、ルミガ大陸最大の魔法系クランの門戸を叩き、クランマスターアウロラの弟子となって一心不乱に魔法を学び続ける――。
――そして現在。正気を取り戻しているレイヤは、魔法で眠らされている7人の顔を順に見ていき、1度懺悔するように目をつぶり天井を仰いでから。
「……まだ12人。――私にも女子たちの救出に協力させてください」
ランマと視線を合わせ、請うように願い出た。
◆◆◆




