73話:『待った』
麒麟槍がタイガーの心臓を穿つ、その刹那。
「『待った』」
隠れ潜み戦いの様子を見ていた男――タイムの天星スキルが発動された。
槍の速度に劣る制止の言葉は、本来間に合うはずがない。
だがA級天星スキル『待った』には強力な発生補正が存在し、ありえない現象を成立させる。
「なにっ!?」
ナオキの体がピタリと制止。
「『よらば斬る』」
タイガーの隙をついたはずが立場は一瞬で逆転し、ナオキは致命的な隙を作り。
「『よらば斬る』『よらば斬る』『よらば斬る』『よらば斬る』ゥウウウウウウウウ!」
硬直するナオキの首に狙いを集中し、タイガーは己がスキルを全身全霊で連打する。
「ぅおっ、ラァ――」
「『待った』」
「っ」
力のかぎり槍を振り回し脱出しようとするナオキに、ふたたび制止がかかる。
「ハハハッ! 仲間を自慢げにしてたな? どうした、お前の仲間は来ないのか? 『よらば斬る』ッ!」
ナオキは単独で乗り込むことを決め行動に移した。
天を穿った雷光によって、マシュはナオキが単独で攻め込んだことを察し――ナオキの思いと、クランメンバーと傭兵が交戦したさいの被害を考え、コガロ領に乗り込もうとするメンバーを待機させ続けている。
――よってこの場に援軍として現れることはない。
「頼れる仲間がいたのは俺の方だったなぁ!」
「『待った』は、岸也かっ」
クラスメイトのスキルを思い出し、その名を叫ぶナオキ。
「――よぉ、ナオキ。おっと、動くな『待った』だ。タイマンならお前が勝ってたな、Ⅸの武器、俺も欲しいぜ」
柱の陰から、猫獣人の少女を2人抱えたタイムが姿を現した。
「っお前たち、どうしてそこまで非道ができるんだッ」
グッタリしている猫獣人の少女たちを見たナオキは、声を荒げ悲痛に問いかける。
「おいおい、『待った』、殺してねぇよ。コガロ侯爵からの貢ぎ物、激レアの猫獣人だぜ。起こしてたら、さすがに気配読まれるだろ? これ、そんないい物じゃないし」
タイムは頭を揺らし、気配遮断の効果を持つイヤリング型『固有魔導具』をチャラリと鳴らす。
「チっ、堅ぇ。何で雷に物理防御力があるんだよ!」
会話の間も不可視の斬撃を放ち続けるタイガーだが、神雷の鎧を突破できず憎々しげに舌打ちする。
「焦るなタイガー、絶対防御なんて存在しない。『待った』、俺たちのスキルは無敵と考えろ、それが性能を引き上げる」
「んなこたぁ、言われるまでもねぇ! ――『よらば斬る』ッ!」
麒麟槍は規格外の性能を秘めた武器だが、エネルギーが無尽蔵なわけではない。
タイガーとタイムのコンビネーションによって、ナオキは着実と追い詰められていく。
「って、この馬鹿! 雷の放出を『待った』しろ!」
「『待った』、とっくに試したに決まってるだろ、馬鹿タイガー! あの槍、俺のスキルを上回ってんだよ!」
「はぁ? 無敵なんじゃねーのかよ」
言葉では罵り合っているが2人の声は明るく、馴れ合いといえる。
もはや勝利は揺るがないと判断したのだろう。
「…………」
動こうとするたびに止められ、不可視の斬撃に急所を打たれ続けるナオキ。
神雷で致命傷を防ごうと痛みはあり、それは隠しようもなく歯を食いしばる表情に表れていた。
――しかし、いまナオキの表情は怒りによって急速に冷めていく――。
「……お前ら……何がそんなに楽しい?」
楽しげにじゃれ合う――クラスメイトの男子2人。
地面に力なく横たわり反応がない――クラスメイトの女子4人。
グッタリとして抱えられてる――猫獣人の少女2人。
「そのツラが楽しいぜ! 辞世の句、考えとけよ!」
「『待った』――最高だろ、一方的に勝てるんだぜ?」
「……もういい……消えろ、左木流」
タイムは少女を2人抱えているため狙えない――ナオキはすべての精神を殺意に変えてタイガーに注ぐ。
「はぁ? 俺はタイガーって何度言わせんだ?」
「『待った』、雰囲気が変わった、油断するな! まだナオキはスキルを使ってないぞ!」
「外れだろ?」
ナオキが左手を持ち上げ――手の平をタイガーへ向けた。
「知るか! 直感だ、何かヤベー! 『待った』『待った』『待った』」
タイムは直感頼りで、ナオキの何かを止めようと天星スキルを行使する。
しかしSS級とA級、ⅥとⅣ――絶対的な格差によって制止は効かず。
手の平の前に孔が開く――それは目視できない小さな孔。
エネルギーを吸い込む性質を持った孔は光を吸い込み――小さな黒点がひとつ現れた。
「避けろ、タイガーッ!」
相方の直感を信じて最低限の警戒をしていたタイガーだが、それでは不足と判断したタイムは叫びながら蹴り飛ばす――。
――瞬間『極小貫通孔』が射出された。
タイガーが立っていた地点を射線上に捉え、小さな黒点は一直線に飛来。
タイムの片脚を吸い込んだ後に軌道を変え、城の天井を消滅させて空に消える。
「グァアアアアアアアアアアア」
片脚を失い悲鳴を上げるタイム。
「岸也ィィィィィ!」
即座に受け身をとったタイガーは、相方のダークネームではなく本名を反射的に絶叫しながら駆け寄り支える。
「大丈夫か!? 何だよいまのはッ、聞いてねーぞ!」
ナオキは追撃しようと手を向けるが、大雑把にしか攻撃範囲と軌道を制御できないため、タイムが抱える猫獣人たちを巻き込みかねず二の足を踏む。
「っぅぁ……マッドがいる、プッパスを殺ったのはナオキだった。逃げるぞ、捨てていく、そこそこの致命傷!」
その隙をついて逃走を宣言するタイム。
「逃がすかッ! これ以上お前たちの犠牲者をッ!」
槍を構え近接戦闘で制圧しようとするが、それでは――。
「『待った』、ナオキィこの猫娘どもはくれてやる! やれっタイガーッ!」
――スキルで止められてしまう。
そして猫獣人の少女2人が、ナオキへと放り投げられ。
「『よらば斬る』」
タイガーが放った不可視の斬撃はナオキではなく、放り投げられた2人の猫獣人を切り裂いた。
「ッァ左木流ゥー!」
「殺してねーよ! そこそこの致命傷だ! いますぐ治療すれば助かるかもなァ! それとも見捨てて追いかけてくるか?」
ダークネームで呼ぶよう言い返さず、タイガーはタイムを抱え全力で逃げ出した。
「ッ」
ナオキには、少女たちを見捨て追いかける選択肢は取れない。
だがこのまま逃がしはしないと殺意を固め、ナオキはタイガーの背中目がけて攻撃範囲を抑えた『極小貫通孔』を2発放つ――。
「右ぃ! ――左ィ!」
――だがどちらも、タイムが直感で出した指示によって回避されてしまう。
さらに放とうとするが――距離が離れすぎている、制御できないかもしれないとナオキは考え。
「ッッッ」
ナオキは血が流れるほど歯を強く食いしばり――追撃を諦めた。
そして背中も見えなくなったタイガーの笑い声が遠く、ナオキの耳に響く。
「……蔵人さん……救いようのない邪悪を取り逃がしてしまいました……ごめんなさい……次は必ず殺します……」
――ここではない遠くに視線を向け、実在しない正義の味方を見ながら、相手の喪失によって果たされることなく終わる誓いを立てるナオキ。
異世界転移によって日本の秩序と倫理から解き放たれたのは、タイガーたちだけではない。
ナオキの精神にランマやトモカタのような『英雄的強さ』はなく、プッパスの館を消し飛ばし、殺す必要がない相手を殺してしまった日から加速的に――。
「……ゲホッ」
「っしっかりしろ! 必ず助けてやる! 頑張れ! どうする、傷が深いぞ、どうする、どうする。頑張れ、頑張れ! 死ぬな!」
吐血する猫獣人の少女、絶対に助けると心から宣言するナオキだが、治癒手段を持っておらず、運ぶことすら危険な状態と感じて励ますことしかできていない。
「頑張れ! 頑張れ! 死ぬな、頼む、助かってくれ! お願いだ!」
流血を止めようと手を当てるが、傷口は広く押さえきることはできない。
どれほど真摯に祈ろうと、致命傷の相手を励ますだけで治る奇跡は起こらず。
――これがランマならば全速力でその場を離れ、治療できる者をこの場に連れてくる選択を取れるだろうが、ナオキにその発想はない。
瀕死の少女から離れることはできず、奇跡を祈って嘆くのみである。
「…………ケ……ホ……」
「アアアアアアアアアア、やめてくれ、助けさせてくれ! 何で、こんなひどい事をするんだ、できるんだぁ。ヒール、ヒール、ヒール、ヒーーーーールッ」
呼吸が弱くなっていく少女たちへ、使えもしない回復魔法を祈るように唱え続ける。
「…………」
「うわああああああああ息が止まったぁぁぁぁ」
涙を流し慟哭する。
「あぁぁあ、俺が1人で来たからか? 罰なのか? 違う、違う、蔵人さんはそんな人じゃない、蔵人さんなら救えてた。…………俺には誰も救えない」
髪をかきむしりながら、支離滅裂に言葉を吐くナオキ。
最後の言葉は消え入りそうな声だったが――奇妙なほど深く空間へ響いた。
「――小鎗君……?」
心ここにあらずだった女子が1人、ナオキを呼ぶ。
「っ秋口、俺がわかるのか?」
「……やっと夢、見れた……ごめん、ごめん、ごめんね、小鎗君。ごめんなさい、ごめんなさい、罰があったんだよね、小鎗君たちを……追放なんてしたから……ごめん、ごめんなさい」
ボンヤリとした口調で、秋口 紅葉は謝り続ける。
「違うぞっ夢じゃない、ここに俺はいる。だから頼む……力を貸してくれ秋口」
声を聞いた瞬間、ナオキは彼女の能力を思い出していた。
転移直後のアニマⅠの時点で効果を発揮していたスキル。
天星スキル『その場しのぎ』――稼げる時間が長くないことはわかっている、それでも一縷の望みをかけて助けを求めるナオキ。
「……ダメな夢……本当に都合がいいなぁ私……ごめんね、小鎗君……」
「頼む『その場しのぎ』を使ってくれ、この子たちを助けてくれ!」
「……泣かないで小鎗君……」
アキグチは地面を這って、息が止まった少女たちのもとへ進み。
「……かわいい猫耳だね……『その場しのぎ』……」
2人の猫獣人に触れながら天星スキルを使った。
「……これで罪滅ぼし、許してもらえる……あはは……小鎗君、都合いい夢見て、ごめんね……」
現実から逃避する自己防衛として、彼女はふたたび意識を手放した。
「違う、夢じゃないんだ。……謝って済む話じゃないけど、ごめんな秋口。助けるのが遅くなった。力を貸してくれて、ありがとう」
希望が見えて冷静に考えられるようになったナオキは、アキグチのアニマはⅠのままで長く持たないはずと推測する。
だが『その場しのぎ』が効いている間ならば、全速力で運べるはずと覚悟を決め。
「最悪の乗り心地だろうが、しばらく我慢してくれ」
小柄な2人を背負い、4人は覚醒状態を終わらせ横に倒した麒麟槍の柄に、くの字で引っかける。
「よし、行くぞ」
ナオキは仲間たちと合流するため、全速力で駆け出した――――。
――――帰路に傭兵たちの姿はなく、ナオキはゴヌレ侯爵領で待機していたメンバーたちと、速やかに合流することができた――。
――マシュは単独で攻め込んだことを開口一番で問い詰めたかったが、運ばれてきた瀕死の少女を見て説教を後回しにする。
『光の意思たち』に致命傷を完治させるほどのヒーラーはいないが、ある程度ならケライノが治癒できる。
ケライノによる応急処置は『その場しのぎ』が解ける前に間に合い、瀕死の猫獣人2人を延命させることに成功。
早く、より高位――トリウィアや、同盟相手のアリアなどに治癒を求めなくてはいけないが、彼女たちはメガロドン討伐の方に向かっており。
致命傷を治せるヒーラーの当てがないまま、クラン拠点に帰還したマシュたちは薄紫髪の女アウロラに出迎えられた――。
「ハッハー! いいぜ、オレが治してやるよ。……しっかし彼方の来訪者と猫獣人に手を出すとは、命知らずな奴だぜ」
事情を把握したアウロラはニヤニヤ笑いながら、治療を受け付ける。
「感謝するでござる。……できれば治療費はお安くしていただけると、ありがたいでござる」
いくら請求されるか内心ハラハラしながらも顔には出さず、マシュは価格を交渉。
「ハアッハハー、命を値切るのか? まぁ救出した彼方の来訪者でいいぜ? 魔法の才能がある奴な」
「――まったく悪い冗談でござるな、アウロラ殿。それでは人身売買と変わらぬでござるよ?」
七線級クランのマスター2人は笑い合っており、さも冗談を言い合っているようだが、その内心はいかほどか。
――彼方の来訪者の価値、それは裏社会にかぎった話ではない。
いるだけでクランに箔がつく、よほど特殊なクランでなければメンバーとして欲しいのは当然だ。
「――そもそも現実的に無理でござるよ。本人が望むのであれば拙者は止めぬでござるが、そうでなければナオキ殿が認めるはずがないでござる」
マシュは七線級クラン間のバランスを気にしており、彼方の来訪者が偏りすぎるのは望ましくないと考えている。
加えてランマと、一般メンバーたちの心証もよくない。
『光の意思たち』の設立者たちを追放し、トモカタを殺した彼方の来訪者の仲間――複雑な立場である女子たちの扱いはマシュの頭を悩ませる。
「クックク、オレの冗談を真剣に受け取るなよ。――治療費はランマに請求する、それでいいだろ?」
「…………ふむ。構わぬでござるよ、嵐真殿が理不尽な請求と判断すれば、誰にも取り立てできぬでござるからな」
しばし黙考し、問題ないと判断したマシュは了承。
「交渉成立だな。あの猫獣人たちは任せておけ――完璧に仕上げてやるぜ、ハッハー」
「……余計なことはせぬように」
マシュは肝を冷やしながら、怪しく笑う女に釘を刺す。
――アウロラの言動には演技が多分に含まれており、最初から余計なことをするつもりなどない。
魔法による治療は滞りなく行われ、猫獣人の少女2人は無事に完治する――。
◆◆◆
――コガロ領の僻地に秘密裏に作られた地下室。
丸々太った白髪の男――コガロ侯爵が1人怯えている。
襲撃を警戒した彼は、とっておきの彼方の来訪者奴隷すら置き去りにして居城を離れていた。
「なぜ儂がこんな目に。ダークロードさま、早く犯人を倒してください」
快適な暮らしとはほど遠い地下室に隠れながら、交流を持つ彼方の来訪者に祈りを捧げる――。
ギュオーン、ギュオーン、ギュオーン。
「うひぃ。結界に反応? まさか、ありえない、ここは誰も知らない。作らせた奴隷どもは完成後すべて始末したのだ! ありえない」
男は結界への侵入を告げる警告音に怯え、現実を否定する。
ギュオーン、ギュオーン、ギュオーン。
「はぁはぁ、この不快な音を止めろ!」
息を荒げ命ずるが、秘密の地下室に使用人はいない。
ギュオーン、ギュオーン、ギュオーン。
「来るなら来い、儂はⅣだ」
コガロ侯爵は剣を構えながら、扉が存在しない入り口を睨みつける。
「――フォ!」
入り口に何かを見た気がした瞬間、息を吐き剣を投擲。
カツーン。
勢いよく投げ飛ばされた剣が、通路の壁にぶつかり打ち上がる。
くるくると、剣が回転しながら地面へ――。
「ガハッ……き、貴様、何者だ……?」
――コツーン。
剣が地面に落ちたとき、すでにコガロ侯爵は背後から胸を手刀で貫かれていた。
「――『光の意思たちの影』、死告のタクト」
手刀を引き抜きながら、『光の意思たち』の支給装備である灰色のローブを黒く染めた物と仮面を纏った存在は、冥土の土産を渡すように名乗りを上げた――。
◆◆◆




