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71話:暗黒卿・肉丸弾吾

◆◆◆


 王都ラプロン東郊外に建てられた豪奢な館の一室に、弱者を(なぶ)愉悦(ゆえつ)の声がこだまする。


「オラオラオラオラ」


 室内では2人の男が奴隷たる亜人の少女を苛んでいる、激しく声を上げる男の名は、虎山(とらやま) 左木流(さきる)――『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』より、タイガーというダークネームを与えられた彼方の来訪者(エトランジェ)


「おい、休んでじゃねぇ! しっかり奉仕しろ、マッド送りになりたいのか?」


 奉仕する奴隷少女の髪を掴みながら脅す男の名は、井手(いて) 岸也(きしなり)――ダークネームはタイム。


「うおおお、いくぜぇ! オラオラオラオラオラゥー!」


 タイガーは満足げな表情で息を整えながら、高価な酒をラッパ飲みする。


「っふぅ、うめぇ!」


「……おい、タイガー、グラス」


「あぁん? いいじゃねーか、酒なんていくらでもある。ははは、肉丸(にくまる)サマサマダゼェ、なぁ?」


 顔を赤らめながら上機嫌な男に対し、タイムの顔色は見る見る間に青くなっていく。


「おいっ、このバッか。ダークロードさまだ! イヤーが来るぞ!」


「ッアアアアアアアアアアアアアア!」


 タイムの懸念は現実となる、絶叫が館を駆け回り彼らの部屋へと徐々に近づいていく。


「タイガーァァァァ! ダークロードさまの本名を気安く呼ぶなぁぁぁ! 弁えろぉぉぉ!」


 扉を破壊しかねない勢いで開け放ち、室内に飛び込んだ『地獄耳』のイヤーは、唾を飛ばしながら叫び散らす。


「あぁっ、俺が悪かったから、落ち着けイヤー。ほら、ダークロードさまバンザーイ!」


「忠誠を感じないッ。この件はダークロードさまに報告する!」


「待て待て! ほら、俺らの奴隷使わせてやるから、落ち着け! いい具合だぞ!」


「お前の中古を突き出すな! そもそも、ダークロードさまが絡む問題で僕にあらゆる賄賂は通じない!」


 イヤーは毅然とした態度で、タイガーを睨みつける。


 彼の本名は影野(かげの) ひそか――『地獄耳』の天星スキルに実用性があったため追放組みには入らなかったが、クラスの主導権を木村(きむら)月島(つきしま)が握っているときの扱いは、転移前と変わらず底辺だった男。


 しかし主導権を握った肉丸が「お前もいっしょにやろうぜ、男だろ?」と声をかけ、立場は一変していく。

 自分をハブらなかった肉丸への感謝はクラス男子最大の忠誠へと変化、それは肉丸にも認められ右腕にまで登り詰める。


「いや、そんなマジにならないでください! 俺はこれっぽちもダークロードさまに刃向かうつもりはない、これ、マジです!」


 タイガーの酔いは完全に醒めたらしく、真剣に言葉をまくし立てていく。


「タイガー、喋るな――」


 主の呼びかけが聞こえたことで沈黙し、真剣な表情で耳に手を添え意識を集中するイヤー。


「――タイガー、タイム。ダークロードさまがお呼びだ」


 イヤーは2人を連れて、館でもっとも豪華な部屋――暗黒卿の間へ向かう。




「――ダークロードさま! 2人を連れてきましたが――その前にご報告があります。タイガーがダークロードさまの本名を呼んでおりました!」


 暗黒卿の間、絢爛豪華(けんらんごうか)な椅子に6メートルを越える筋肉隆々の男が鎮座している。

 彼こそ、肉丸 弾吾(だんご)――天星スキル『超筋肉』によって転移前と比較し3倍以上の巨体となった男。


「ほう、タイガー、俺に挑むか?」


「いやいやいや、酒の弾みです! 俺いま大満足です!」


 全力で首を横に振りながら否定するタイガー。


「だろうな。イヤー、酒の軽口だ見逃してやれ」


 最初から刃向かう気概があるとは思っていなかった、『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』は軽く許す。


「ハッ! ダークロードさま!」


 イヤーにとっては神の言葉も同然、是非もなく従う。


「――さて、タイガー、タイム。お前たちを呼んだ理由だ。コガロ侯爵が奴隷を献上したいそうだ、受け取ってこい」


「俺らが出向くんですか?」


 これまでなら貴族側が媚びを売るように連れてきたはずと、疑問を率直に示すタイガー。


「あぁ、お前らは知らないだろうが――プッパス侯爵が死んだ、それも館ごと消滅させるなんつーいかれたやり方でだ」


「ひゅー、侯爵に喧嘩売るとか誰っすか?」


 丁寧に話そうとするが、すぐにボロが出るライガー。


「さぁな。――ただ本命は『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』だ」


 それを気にして咎めたりせず、話を進める『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』。

 ――彼らの主従関係やダークネームは、ごっこ遊びの延長にすぎない。

 心から忠誠を誓っているイヤーが、むしろ空気を読めていない側である。


「ラッキー成り上がりマンたちっすか?」


「外れスキルパーティーが、七線級クランのおこぼれで麒麟(おおもの)倒して、強力な『固有魔導具アーティファクト』ゲットから成り上がりって漫画みたいな展開だよな」


 タイガーとタイムの2人は、『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』をまるで脅威と感じていないらしく、態度は軽く舐めきっている。


「もう少し真剣に捉えろ。ラッキーだろうが何だろうが直樹(なおき)は『麒麟槍』、嵐真(らんま)は聖弓、強力な『固有魔導具アーティファクト』を持ってるんだぞ?」


 イヤーが口を挟む。彼は追放の復讐に来てもおかしくない直樹たちを警戒している。


「何だぁ雑魚の復讐が怖いのか、イヤー? スキルが外れなんだ、俺らが負けるとかないっしょ」


 内心イヤーのことを調子に乗った陰キャと思っているタイガーは、お前臆病すぎとこれ見よがしに笑う。


「嵐真は(ノウェム)始祖氷狼(ハティ)』を倒したとされている。それで『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』は七線級になったんだぞ?」


(ノウェム)って、当たりスキルの彼方の来訪者(エトランジェ)なら楽勝な気がするんだよなぁ。ダークロードさま俺らもなんか狩ってみませんか?」


 タイムが話を振るが――。


「――いまは狩らない、死んでも生き返れるなら挑んだけどな、死ねば終わりな世界だぞ。自分から得体の知れない脅威に挑むとか頭木村かよ」


 『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』は冷静に否定してからニヤリと笑い。

 ぶっとい指を側頭部でくるくる回しながら、カーストトップだった男を揶揄する。


「ぶっはー! 大陸越えの馬鹿木村!」


「リーダーがダークロードさまに変わってくれて、ホントよかった! 木村のままなら俺らおいしい思いもできずに死んでたぞ」


「わかってるじゃないか、タイム! そう、ダークロードさまこそ、至高の頂天!」


 木村に人望はなく、月島が抜けた時点でクラスの破綻は約束されていた。


「ふっ、そのまま俺についてこい、女、金、権力! 全部手に入るぜ!」


「やっぱ肉丸は話がわかって、最高だぜー!」


「肉丸わっしょーい!」


「はっはははー!」

 

 タイガーとタイムを睨み口を開こうとしたイヤーは、『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』が楽しそうに笑っていたため、この場は無礼講と解釈し沈黙した。


「――ダークロードさま、お話の続きをお願いいたします」


 楽しそうに笑う3人に疎外感を抱いたイヤーは、話を戻そうとする。


「うん? ああ、俺どこまで言ったっけ?」


「コガロ侯爵から奴隷を受け取るようにと」


「うむ、そうだったな。タイガー、タイム、コガロ侯爵の館に行って受け取ってこい。歓待されてしばらく滞在することになるはずだ。これ遠回しな護衛依頼だろうからな」


「オッケー! けど歓待って俺らでいいのか?」


 おいしい思いができるなら『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』が行くべきではと、窺うようにタイガーが尋ねる。


「……お前ら、直樹たちを外れスキルと決めつけてるが、友方のこと頭から抜け落ちてねーか?」


「あっ」


 タイガーは怖気が走ったように息を呑む。

 死告のトモカタの悪名は彼らにも届いている、もしも『告げ口』を転移直後から使いこなせていたら、どうなっていたか想像するだけで恐ろしいのだろう。


「わかったか? そもそも、プッパスの館はガチで跡形もなく消し飛んでいる。『破壊光線』ですら無理だぞ、あんなの」


「プッパスの街では――夜、月に黒い太陽が登っていき館を飲み込んだと噂されています」


 イヤーは危機感を植えつけようと、丁寧な口調で補足していく。


「そして犯人の本命が『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』な理由は、僕たちがプッパス侯爵に売った女子たちを捕らえていたはずの牢屋は残っていたためです」


「ブスどもを助けに行ったってわけか、さっすが直樹ご立派だねぇ」


「おいおい、ブスは言いすぎだろ? 俺らを億万長者にしてくれたブスなのによ」


 イヤーの目論見は果たされず、タイガーとタイムはギャッハハハと笑ってふざけ合う。


「まっ、俺が行かないのは念のためだ。『光の意思たち(ライト・スピリッツ)』の戦闘力が、はっきりしねーうちは慎重にいく」


 筋肉の怪物と呼ぶべき見た目が与える印象からは、真逆の冷静さ。


「つーわけで、お前らに任せることにした」


 タイガーの『よらば斬る』と、タイムの『待った』、どちらも容易に攻略できない強力な天星スキルと『暗黒卿・肉丸弾吾(ダークロード)』は認識している。


「それと嵐真は知らんけど、直樹が甘い奴なのはよく知ってる。『麒麟槍』が無理ゲーでも反省した演技で逃げ出せるはずだ。――最悪コガロ侯爵が献上する奴隷は連れてこず捨てていいぞ、女奴隷なんていくらでも買えるしな」


 欲望を発散する道具程度にしか女のことを見ていない邪悪な男にとって、本当に重要な存在は幼馴染みの男だけである。

 地球にいたころ誰もが認めていた立派な直樹(にんげん)を思い浮かべ――憎悪を燃やし。

 いずれ必ず来ると予感している、激突の瞬間(ころしあい)を想像し男は愉悦を深めていく――。


◆◆◆

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