70話:『氷河期』
――メガロドン目がけて色とりどりの攻撃を放つ。
俺は聖弓を構え『青き魔法の矢』を――。
「その光、牢固たる城壁を穿つ、奔れ雷光――『ライトニング・スティンガー』」
自信ありげな『破壊の杖』の男は雷の魔法を――。
「飛ぶ鼠ぃ、闇よりぃ顕れ洞穴を埋め尽くしぃ生者を襲うぅ――『ヴァンパイア・バット』――チューチュー吸って帰ってきてくださいぃ」
気持ち悪い声音の女が放った黒い魔力は、無数の蝙蝠となって飛び立っていき――。
「大海を渡れ颶風、遮ること雲の盾にも叶わぬ――『ワンダー・サイクロン』」
先に魔法を放った2人を明確に上回る魔力を迸らせながら、メガロドンとの戦いをクラス上げの好機と言った男が風の魔法を――。
――そして俺たちから若干遅れ、『偉大十字』の赤い修道女11人が純白の魔力を放ちながら、一糸乱れぬ合唱で――。
「冥府の主、生死の境界、奈落の掟、終えた命に安息を、新たな命に祝福を、我らは番人、原初の秩序を守る者、光の法が冥府を塞ぎ、死者を決して通しはしない、されど無法者、竪琴にて暴虐を掻き鳴らす――故に冥王、秩序を守れと咆哮し、我らに闇を貸し与えん――『クライシス・ハウリング』」
――光と闇の2属性を持っていそうな魔法を完成させ、トリウィアに匹敵しそうな魔力とともに漆黒の咆哮が放たれた――。
――最初に消えたのは、無数の蝙蝠たち――空中海に溶けるようにいなくなる。
次に雷が――その後ほぼ同時、俺の魔法矢と風の魔法も消え去って――。
「ッマジかよ」
息を呑み呟きを漏らす。覚悟はしていたが想像以上に厳しい。
凄まじい力を感じた漆黒の咆哮すら――メガロドンまでの道半ばで消え去った。
「火力が通じるか以前に、命中すらしねーのか……」
「あぁ、空中海に阻まれて消えたようだね。さすがはⅨの領域、といったところか」
攻撃に加わらなかった、トリウィアが感心するように言う。
作戦会議で『砕けぬ刃』の1人から聞いた話だと、アンドレアスの一撃はこの海を切り拓いたらしいが……?
――もしかしてあいつ無茶苦茶強いのか。
「――メガロドンは何も変わらず漂っていますね。……先ほどのが『ホーリーセイバー』最大の遠距離火力だったのですが」
さすがのアリアも顔色が悪くなりつつあるか。
隣のリノなど、苦虫を噛み潰したような表情で額を押さえている。
「敵として認識されなかったのはさいわいですが……ランマ先ほどの一撃は『うずくまる』の一端ですか?」
攻撃に参加しなかった、レイヤが尋ねてくる。
正直に教える義理などないが――個人的な感情で和を乱すほど愚かじゃない。
「いや違う、俺の天星スキルは防御特化だ。――俺に超火力を期待するな」
「そうですか、SSS級ならばあるいはと思っていたのですが……」
SSS級? こいつ勘違いしてるな。愚賢者いわく俺のはEX級。
いま俺単身で突撃しても、ダメージを受けることはないと確信している。
――もっとも、俺は無敵でもフィールドまで無敵になるわけじゃない。
あの巨体なら周辺ごと余裕で丸呑みにできるはず。
そして俺の火力だと、体内から切り札を使ったとしても倒せる気がしない。
アニマにかぎりがある以上、倒せるまで連発できるわけじゃないしな。
つまり飲み込まれたら実質封印状態――ジ・エンドだ。
「つーか、俺にだけ手の内を明かさせるな。レイヤ、お前なんで攻撃に参加しなかった? 『氷河期』はかなり高位だろ?」
「失礼しました、私の天星スキルはSS級です。攻撃に参加しなかったのは――私が加わると、皆さんの攻撃を妨害してしまう可能性が高いと判断したためです」
眼鏡に指を当てながら丁寧に言ってくる。
やはり高位、それもSS級――直樹の『極小貫通孔』と同格か。
直樹はⅥ、レイヤはⅣ、アニマの格差は大きいが。
それでも『氷河期』が攻撃系なら相当強いはず。
「ならお前ひとりで攻撃してみろよ」
「えぇ、そうですね。――ナウメさん反撃があれば防御のほど、よろしくお願いいたします」
(主さま、こいつ守るのはオッケーにゃん?)
俺の影に潜んでいるナウメの声が頭に響く。
……影に潜むことで、レイヤへのネガティブな感情を把握したのか。
(あぁ構わない、ほかの奴と同じように守ってくれ)
影を意識しながら念じる。
思うところはあるが……いきなり異世界にクラスごと転移って状況だしなぁ。
むしろ投げ出さず、委員長としてよくまとめていた方だと思う。
さすがに限界を迎えてクラスから離れたみたいだが、肉丸のように悪堕ちせず、日本人としての常識を保っているようだし。
――何より追放の件を謝罪してこないからなぁ……殺したいほど憎むのは難しい。
気づいてないほど馬鹿とは考えられず、触れないのは気にしている証だろう。
軽々しく謝って、すっきり。それで済むほど死地追放は、簡単な話じゃないしな。
「レイヤにゃん、猫は好きかにゃ?」
「えぇ、私は猫派ですよ」
「――合格にゃ! 守ってやるにゃ! 全力で攻撃するといいにゃ」
影の手をにゃおんと伸ばして、レイヤの影に触れたナウメが宣言する。
レイヤも猫好きなのかよ! ちくしょう、好感度がちょっと上がってしまった。
「――九天より降り注げ雪の姫、伏魔の宮を凍てつかせ、魔性の怨嗟は白と消える――」
ナウメに頷きレイヤが詠唱を始めた。天星スキルじゃなく魔法を使うのか?
「――我は氷王、遍く世界を閉ざす者――」
「ほぅ」
レイヤが言葉を繋いだ瞬間、トリウィアが興味深そうな反応を示した。
俺にはわからないが、何か特殊なのだろうか?
ある程度以上の魔法使いが詠唱するのは、儀礼が必要な場か、わずかでも性能を上昇させたいとき、実力以上の魔法を制御するためなのは知っているが。
「――畏よ英雄、此処は終幕、嘆け勇者よ、汝は間に合わず――」
氷色の魔力を迸らせながら、長い詠唱をするレイヤ。
全神経を集中させているのだろう、真剣な顔と声での詠唱――現代日本人的にちょっと笑いたくなる。
同時に俺も中二詠唱で魔法を使ってみたいと思ってしまう。いいなぁ、魔法使い。
「――救世主は顕れることなく、王は氷の玉座で時代の敗北者を嘲笑う――『ワンダー・ブリザード・氷河期』」
レイヤは両手をメガロドンの方角へ突き出しながら、魔法名を力強く宣言した。
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオ。
――空中海がまたたく間に凍結――氷の世界へと塗り変わっていく。
「『ワンダー・ブリザード』に自己の天星スキルを混ぜるとは、面白い発想だ!」
トリウィアが手を叩き称賛している。
つまりこれ、大魔法とSS級天星スキルの融合ってことか!
――凍る世界がメガロドンへ到達――瞬時に飲み込む――それでも勢いを衰えさせることなく、地平線の向こうまで氷結――――――。
――――――? いま何かがおかしかった気がする。
(トリウィア、いま何かおかしくなかったか?)
念話で尋ねる。
(ランマも感じたかい。一瞬、時が凍っていた。いやはや、凄いな)
(時が凍っ!? それ大丈夫なのかよ)
(おそらくだが、北西部の外では数日経過していると思う)
ヤベーな、下手すりゃ浦島太郎じゃねーか!
「……レイヤさまはⅣ……それでこれですか、彼方の来訪者はデタラメすぎます……」
小さく呟くリノのアニマはⅦで格上のはずだが、その声には絶望感がある。
「レイヤさまぁ! そのままぁ! メガロドン殺しちゃダメですぅ! 血ぃ取り放題ですよぉ」
「待つにゃ」
氷結したメガロドンのもとへ、駆け出そうとした小柄な女を影が掴んで止める。
「離してくださぃ、血ぃチャンスなんですぅ!」
「近寄ったら死ぬにゃ」
「メガロドン、カチンコチンですよぉ?」
影形態のナウメはドンドン巨大になって、俺たちを包み込むように広がる。
――『うずくまる』を直感で使った。
「ロドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン」
――瞬間爆発的な咆哮が響き――氷の世界が一瞬で終わりを迎える。
「トリにゃん、即逃げにゃ!」
――ナウメが庇ってくれなければ、いまの咆哮で壊滅していたな。
「『ワンダードリフターズ』――むっ、レイヤ君?」
トリウィアの移動魔法で俺とレイヤ以外が浮く。
「おい! レイヤ!」
『うずくまる』を解除、立ち上がって声をかけるが返事はない。
「あぁ、魔力切れで意識を失っているようだが――参ったね、私が干渉できないレベルで自分自身を凍らせてしまっている」
降りてきたトリウィアが診断する。
さっきの氷結魔法、制御できてねーのかよ! ……そういえば、魔法使いとしてはまだ格下っぽかったな。
「ナウメ! レイヤを島に!」
「にゃ!」
急いで指示を出し――レイヤが影に飲み込まれる。
スキルを解除した俺の体は、銀色の膜に包まれて宙に浮き。
――この場に来たとき以上の速度で体が吹き飛ばされる――。
チラリと見たメガロドンは、砕いた氷を食べるのに夢中のようだ。
――そのまま追ってくるな! 祈りながら俺たちは撤退する。




