66話:覚悟はしておけよ
コツコツコツ――クラン拠点2階の廊下に俺の足音が響く。
……向かっている先が積極的に行きたい場所ではないため、足が重い。
「うーん、ぶっちゃけ俺が行く必要ないんだよなぁ……」
思いを1人呟く。
行きたくないし、行く必要もない――それでも足を運んでしまうのはなぜだろう?
そして今日も――数日前2階奥に設けられた病室へ来てしまった。
コンコン。
「――どうぞ」
「水希今日も見舞いか、毎日続けるなぁ……」
「ふふっ、嵐真君も毎日来てるよね?」
まぁな。けど水希みたいに心配で来ているわけではないと思う。
自分でもよくわからないが。
「俺はちょっと何となく寄ってるだけだ。そもそもこいつらのこと許したわけじゃない……」
並べられたベッドの上で寝ている3人の女――救出したクラスメイトたちを見ながら言う。
プッパスの館から救出後――こいつらは俺たちが誰かを認識できず、怯えたり謝ったり奉仕しようとしたりで、まともな状態じゃなかった。
話を聞こうにも、直樹のことすらわからない以上はどうしようもなく、ケライノに頼み眠りの魔法で強制的に眠らせ続けている。
……ここに来てもできることはない。
「そっか……私はもう許したよ……こんなのあんまりだもん……」
魔法で眠らされている女――望月 甘那の手を握りながら、またたく間に涙目になって水希は言う。
「まぁ俺もこいつらに復讐とかは思わねーけど。……それでもなぁ、俺たちが生きてるのは結果にすぎない、追放時点じゃ全員死亡がほぼ確定してたんだ。結果的に俺らより悲惨な目に遭ってようが簡単には許せない」
――俺ってもしかして冷酷なのか?
「大丈夫、嵐真君はそれでいいんだよ。その冷静さのおかげで私たちは生き延びることができたんだから!」
表情を読まれたのか、涙を拭いながら強く言い切ってくる。
「そうだな、ありがと。――俺は俺の選択に自信を持つことにするぜ」
コンコン。
言い返した直後、扉が叩かれ直樹と眞朱が入ってくる。
「2人とも来てたのか――嵐真こいつらの見舞いに来てくれて、ありがとな」
真っ正面から透き通った瞳を見せながら、純粋な礼を言うな!
選択に自信を持った直後なのに、まだ許してない俺の心が地味に抉られるから!
「見舞いじゃない。……そう、俺はざまぁしに来ただけだ!」
「ふっ、悪ぶっても無駄だ、お前がそんな奴じゃないことはわかっている。――内心複雑なんだろうが、もとはクラスメイト、心配になるのはべつに恥ずかしいことじゃないぞ」
あー、俺より俺の心をわかってそうで困る。……まぁ悪い気分にはならない。
友方が家族に拘っていた気持ち、少しわかってきたかもしれない。
つーか直樹の奴、暴走からしばらくはいまにも死にそうなぐらい顔色悪かったくせに、ずいぶん元気を取り戻したな――よくない吹っ切れ方じゃないよな?
……まあ大丈夫なはずだ。
調査によって、プッパス侯爵は奴隷を館で働かせるなど汚らわしいと考えるタイプと判明、消し飛ばした館に奴隷はいないとわかったことで生気を取り戻したし。
……何も知らない非戦闘員はいたろうが、そこは自分で折り合いをつけられたのだろう。
「さて嵐真殿。ちょうど全員集合で話があるでござるが、大丈夫でござるか?」
眞朱がわざわざ伺いを立てるように言ってくる……なぜだ?
……まさか俺が考え込んでいると、重要な閃きを考えてると思われているのか?
ヤベーぞ、たいしたこと考えてない!
「あぁ、悪い。大層なこと考えてたわけじゃない、言ってくれ」
「それでは話をさせてもらうでござる。先日3名の女子たちを救出後に、水希殿が次なる女子の手がかりを求め拾った箱――『固有魔導具』をトリウィア殿の協力で開けたでござる」
以前予想したとおり、精神的な枷を外した『物拾い』は強力だった。
女子たちの凄惨な姿を見たことでキレた水希は帰還後、これまでまったく拾えなかった手がかりを拾うことに成功――十中八九盗み。
しかし水希が拾った平たい箱は開けなかった――のだが数日で開くとは、さすがトリウィア。
「中身は? 残りの女子たちはどこだ?」
釣り堀の飢えた魚のように即座に食いつく直樹。
「うむ……中身は見ない方がよいでござる。……貴族が購入した女子たちについて記した日誌でござる」
……言いよどみながら伝えてくる。
ただの日誌じゃないな……調教日誌といったところか?
……どいつもこいつも胸くそが悪くなる。まともな貴族はいないのか?
ああ、いや。眞朱が事前に話をつけていた貴族たちが、プッパスの館を吹き飛ばした件の後始末をしてくれたんだったな。
「……ひどい」
俺と同じことを察したのだろう、水希は手を口に当てながら声を震わせる。
「誰だ? どこだ?」
「直樹殿、落ち着くでござる。また館を消し飛ばす気でござるか?」
少し責めるような声音で諫める眞朱。
……おそらく味方の貴族たちから、やりすぎとでも言われたのだろう。
まぁ侯爵の館が主もろとも突然消滅した事件の後始末をすると考えれば、一言いいたくなる気持ちは理解できる。
「ッ悪い眞朱、迷惑かけて」
眞朱がマスターとして懸命に動いてくれていることを、俺たちは知っている。
直樹は心底申し訳なさそうにうなだれた。
「そこまで気落ちせずともよいでござる。仲間思いは直樹殿のよいところ。――少し冷静さを維持するよう心がけて欲しいだけでござるよ。裏方が拙者の役目なれば、後始末の手間を惜しむことはござらぬ」
「あぁすまない! ありがとう、眞朱!」
前を向いて返事をする直樹に頷き、日誌の所有者である貴族の名を告げる眞朱。
――俺たちは女子救出作戦を立てる。
急ぐ直樹に合わせ、今回も即興の作戦で翌日仕掛けることに決まり――。
――翌朝まったく予期せぬ人物。
『破壊の杖』のクランマスター、アウロラが拠点にやってきた。
「ハッハー、オイオイ普通の紅茶じゃねーか! 彼方の来訪者のクランなんだ、もっとスペシャルな物出せよな」
応接室の椅子に座る薄い紫髪の小柄な女は犬歯を見せ、出した紅茶に不満を漏らす。
「――月島に用意させろよ」
「レイヤの入れた茶は杓子定規でツマラン味になる」
「それとテーブルに足を乗せるなよ?」
以前の交流会を思い出し、事前に釘を刺しておく。
「お前もレイヤ系か? やれやれ、口うるさい奴らだぜ」
「――こんな朝から何のようだ、紫界のアウロラ」
俺は口が悪い奴と、行動が乱暴な奴が嫌いだ。
この女は両方当てはまる。放った言葉に棘が含まれているのを自覚する。
「いいことを教えてやる――レイヤはオレに小言を言うのを諦めたぜ! ハッハー!」
――ガシィ。
女が持ち上げた足をテーブルに下ろしそうになるのを、寸前で掴んで止めた。
「――喧嘩を売りに来たのか? 悪いが今日は大事な用がある付き合えないぞ」
「ハッハー、レディーの足に気軽に触れてくれるぜ」
「テーブルに足を乗せるレディーなんて知らないな」
「ハーッハハハ、ここにいる! オレは17歳のレディーだぜ?」
片脚を掴まれた体勢のまま、右手の親指で自分を示すアウロラ。
「お前その服カッコいいと思ってるのか?」
片脚だけズタボロのダメージジーンズとかねーわ。
「? 前衛的でカッコいいぜ? ――彼方の来訪者にはわからないセンスだったかな」
「いや、むしろわかる。それ俺らの世界だと一昔前に流行したファッションだし。そして服を好き好んで破壊するとか、ダセぇという結論になった」
お洒落に正解はない。だが個人的に嫌いなファッションだから断言する。
「ぇ……そうなの?」
何だ? いきなりトーンが下がったぞ。
「――つーか、どうでもいい。本当に今日は用事がある」
アウロラの足を地面に放り投げる。
このタイプ――敵なら倒して解決だが、味方なのでたちが悪い。
もう放置だ、放置!
こいつの対応を受け持っている間に、直樹たちは出発の準備を整えているはず。
「まぁ待て、オレもちょっと遊びすぎた。本題がある、それも人類の危機レベルだぜ」
「……人類の危機? それであんな下らないやりとりをしてたのか? 馬鹿馬鹿しい、信じられるかよ」
「こっちにはお前がいるからな、解決できるとオレは判断した」
……いきなり真顔になられても困るな。
「それで何だ? 茶化さず真面目に話してくれ」
「馬鹿な脳筋野郎が、とてつもない馬鹿をやらかした」
「誰のことだ?」
馬鹿がやらかしたと聞くと、友方を連想するが、そんなはずもないし。
「『砕けぬ刃』クランマスター、古竜剣を継ぎし者アンドレアスの馬鹿だ」
あぁアリアとトラブっていた大柄の男か、そして俺が余計な一言で心証を悪くしてしまった相手。
「あいつが何をして人類レベルの危機が起こる? まさかⅨを怒らせたのか?」
最後は半分笑いながらいう。さすがにそんな馬鹿はいないだろう。
「当たらずとも遠からずだ、Ⅸは怒っちゃいないだろうな。それならあいつらは死んでいた」
「……Ⅸ絡みなのか?」
「そうだ、アニマクラスⅨ――大怪獣メガロドンにアンドレアスが手を出した」
――えっ馬鹿なのか? あいつたしかⅦだよな。
それでⅨに手を出したのか? 馬鹿なのか?
「そのツラわかるぜ、オレも同意見。だが現実だ、あいつはメガロドンに手を出して逃げ延びた――おそらく敵とすら認識されなかったんだろうぜ」
「待て待て、この世界の人間はⅨのヤバさわかってるだろ? なんで手を出す」
「――七線級クランで『砕けぬ刃』だけ、看板が少なくて焦ったんだろ」
「いや、焦るにしてもⅨに挑むとか勝算なんてないだろ?」
「ハッハー、それはお前が胸に手を当てて考えるといいぜ」
……? ……少し考えてみたが、さっぱり意味がわからない。
「わからないか? ――『ホーリークロス』が麒麟を追い詰めたって話、お前の嘘だろ? だがあいつはそれを勝算にしたんだろうさ」
…………え?
「クックク、顔に出やすい男だぜ――まあ信じたのは脳筋だけじゃない、ほとんどの奴が信じたろうがな。疑ったのはⅨを本気で倒そうと考え続けていた者ぐらいだろうぜ」
自分はその1人だというかのように告げてくる。
「…………それでⅨはどうなった?」
「メガロドンはルミガ大陸北西部に1000年以上前から隔離され続けていた、古代魔導具の効果でな」
「1000年!?」
「そして馬鹿野郎の攻撃で魔導具が壊れたようだ、修理はオレでも……初代マスターでも絶望的だろうな」
「――まさか王都に襲来するのか?」
トリウィアのでまかせじゃなく、ガチでナイトメアの再来か。
「隔離は解けたはずだが、メガロドンはいまだ北西部に留まっている――もっともこれから先は不明だ、王都に来る可能性も十分あるな」
「一大事じゃねぇか!」
「あぁ彼方の来訪者がいなければ人類は詰んでいたかもな。だがルミガ大陸には麒麟と『始祖氷狼』を討った、お前がいる」
人差し指を向けられる。……まいった、俺頼りかよ。
基本的に俺の攻撃力じゃⅨに通じないんだけど。
どうすんだ、これ? メガロドン倒せるのか?
「――そしてこれはある意味チャンスだぜ! それぞれのクランから代表を出しメガロドンを討つことで、七線級クラン同盟の力を大陸に示せる! さらに北西部解放のおまけ付きだ」
ニヤリと犬歯を見せて笑うアウロラ。待って、それ皮算用。
……だがⅨが王都に襲来すれば、どうなるか……。
――結局進む以外に選択肢はない。
「――そうだな、これは後回しにできないレベルの問題だ。けどアウロラひとつ言っておくが、俺の強さはお前が思っているより遥かに地味で火力がない。Ⅸを圧倒することはできない――死ぬ覚悟はしておけよ」
「ぇ……?」
ギロリと睨むように告げた言葉は、アウロラの想定外だったらしく見るからに動揺を示した。
1本取ったな。
――その後眞朱たちに緊急事態を報告、今後どうするかを相談。
Ⅸ相手に生半可な戦闘力では役に立たないため、俺たちは二手に分かれることに。
メガロドンには俺、トリウィア、ナウメが『光の意思たち』代表として向かい、直樹たちは女子救出を優先することになった――。




