65話:砕けぬ刃、大怪獣へ挑む
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ルミガ大陸北西部の空一面には、比喩ではなく実体を持った海が広がっている。
それはクラスⅨ――大怪獣メガロドンの領域。
人類が発見した攻略法によって隔離状態となった巨大ザメの大怪獣は1000年以上、人類を直接的に害することなく空に展開した海を泳ぎ続けている。
その領域への境目に、七線級クラン『砕けぬ刃』のメンバーすべてが集結している。
挑むように青空と大海原を睨みつける男はクランマスター、古竜剣を継ぎし者アンドレアス。
マスターより少し下がった位置に、無痛のトロロを含んだ10人の幹部が並ぶ。
幹部は全員が戦士系。クランの格に相応しい鎧を纏い、それぞれの武器を持つ。
さらに後方に隊列を組む、245人の軽装鎧を身につけたメンバーたち。
全員の鎧には大剣をモチーフとした、クランエンブレムが描かれている。
総数256人。
それは七線級クランが、冒険者ギルドと国から優遇措置を受けられる最大人数。
『砕けぬ刃』は特殊な構成をしたクランである。
強力な戦士を幹部としてパーティーリーダーを任せ、一般メンバーが強化魔法で支援するスタイル。
そのため幹部には戦士としての技量とⅤ以上、一般メンバーにもⅣと強化魔法を使えることが要求される。
最低でもⅣ――選ばれし者の領域であるメンバーたちへ振り返り、アンドレアスは言葉を紡いでいく。
「ついにこの日がやってきた――『偉大十字』が麒麟を討ってから2年」
並の戦士では両手で振るのも精一杯となる大剣を、片手で持ち上げ横に振りながら言葉を放つ偉丈夫。
「さらに彼方の来訪者が現れクランを設立。我らの名は日ごと落ち続けた――極めつきはランマの単身Ⅸ討伐」
悔しそうにはしているが、憎悪は込められていない口調で『光の意思たち』に言及。
「……そして『破壊の杖』が彼方の来訪者のメンバーを隠し持っていた」
忌々しげに歯ぎしりした後、腹の底から声を絞り出す。
『破壊の杖』にも差をつけられたという認識、それこそがアンドレアスの理性を焼き切った最終要因。
「……Ⅸ討伐の戦歴なく、彼方の来訪者もいない。――我々だけが格落ちしている」
誰1人言葉を漏らさず、視線をそらすこともなく、真剣に聞き続ける。
『砕けぬ刃』は戦士としての強さを至上とするクラン。
マスターに不満があるならばタイマンで示せ。勝てば、即時交代の掟。
現状のメンバーは全員がアンドレアスを、クラン最強戦士と認めている。
「『砕けぬ刃』は強いッ! いまの位置に甘んじることなど許されはしない。剣の師である先代より、この剣とマスターを継いだときに俺は誓ったのだ! 『砕けぬ刃』の名を守るとッ!」
男は片手で大剣を頭上に掲げながら宣言する。
「――そのために必要なのは、ほかの七線級クランに引けを取らない名声だ。彼方の来訪者の加入は非現実的、ならばどうする?」
眼前で列をなすメンバーに問いかけるアンドレアス。
彼は彼方の来訪者が40人転移してきており――現在でも37人いることなど知らない。
「Ⅸ! Ⅸ! Ⅸ!」
大半のメンバーはこの場に総力が結集した時点で察しており、声を揃えマスターが望む返答をする。
「そうだ! Ⅸを討つこと、それこそ我々が現実的に可能な方法である。我々は『偉大十字』より強い! ならば討てるッ!」
ランマにとっては聖弓となったリタのため、せめてその仲間に名声を譲りたいという思いで吐いた善意の嘘。
それが想像だにしない形でアンドレアスの背中を押していく。
「――大怪獣メガロドンは攻略され隔離されている、手を出す意味がないと思う者もいるだろう。だが奴を北西部に隔離するため、ルミガは大陸の2割を失っている。すなわち討てば取り戻せる」
何も考えず大怪獣に挑むわけではなく、アンドレアスの脳内には討ちとった場合に発生するリターンが明確に計算されている。
それは間違っていない、ルミガ大陸の5割――南部は魔物の支配域である開拓領域。
2割は大怪獣メガロドンの隔離に使われ、人類圏は3割ほどなのだ。
討てば歴史に名が残るレベルの偉業である、しかし……。
賢者は歴史に学ぶという――ならばアンドレアスは愚者といえるだろう。
メガロドンがいつから隔離されているか、調べて考えればわかることなのだ。
隔離は1000年以上昔から――そして世界大戦を終わらせた『吉兆の彼方の来訪者』神獣王が現れたのはおおよそ400年前。
歴史から学び考えればわかること――神獣王は大怪獣メガロドンを放置した――。
そこに考えが及ばぬまま突き進むアンドレアス。
その姿を神獣アヌビスに絶対勝てないと認める『破壊の杖』のマスターが見たならば、ひとしきり笑った後メガロドンに手を出すなと本気で止めるだろう。
だが『砕けぬ刃』にそんな人材はいない、よって。
「いくぞ――我らは今日英雄となるッ! 勝鬨を上げよ! 勝利は約束されている!」
「うをおおおおおおおお! 大怪獣討伐! 『砕けぬ刃』はメガロドンを狩った!」
戦う前に勝鬨を上げる者たち。
「支援員! 俺に『全力強化魔法』ッ!」
アンドレアスが空に広がる海へ向き直り、大剣を両手で構えながら命令する。
「『ワンダーフィジカル』」
「『ワンダーダメージ』」
「『ワンダーストレングス』」
「『ワンダースイム』」
「『フィジカルアップ・オール』」
「『フィジカル・ヒートブースト』」
「『フィジカル・クールブースト』」
「『ウォーターフィット』」
「『ウィンドウォーク』」
「『ライトレッグ』――」
次々と強化魔法をアンドレアスにかけていく、これこそ彼らのバトルスタイル。
強化魔法の重複は完全解明されておらず、条件がいくつか判明しているのみ。
魔法同士の相性。術者同士の相性。かける側と受ける側の実力と相性。
魔法使用時の状態、状況、環境。
これらが複合的に絡み合い、重複して効果が発動するか決まるとされる。
重複しない強化魔法をかけたさい、基本的には効果が発動せず魔力は無駄となり。
最悪の場合、強化を打ち消したり弱体化に転じることもある。
『砕けぬ刃』は平時の鍛錬によって、重複可能な強化魔法を極めて高い精度で把握しており。
245人の一般メンバーが総力を挙げ、強化魔法をかけたさいの最大重複は108種。
「――先陣を切り拓くッ! 覚醒せよ『古竜剣インフィニティ・ドレイク』」
108種の強化魔法を受けたアンドレアスは、手に持つ大剣へ呼びかける。
大剣型の生命相性系『固有魔導具』は使い手の意思に呼応。
黒い光を放ちながら刀身が震え、唸り声が呪詛をまき散らすように響き渡る。
「クッ、ぬぉ、相変わらず気難しい、だがッ――うおおおおおおおおおお!」
使い手に黒い光を潜り込ませ、逆に支配しようとする魔剣。
アンドレアスは胸元に輝く亡き恋人のクリスタルを一瞥し、憎悪を糧に気力を奮い立たせる。
「仇を討つ日まで、体を明け渡す気はないッ! 従えドレイク、力を貸せッ!」
『古竜剣インフィニティ・ドレイク』の核たるクリスタルは、あと一歩でⅨに至れたⅧの竜である。
Ⅶのアンドレアスには荷が重い武器だが、うちに秘めた憎悪を気に入った魔剣は自身の使用を許している。
そしてクリスタルと化したアニマに自我はなく、肉体の乗っ取りを試みているのは使い手の憎悪が見たいという、根源的な欲求でしているにすぎない。
「はぁはぁ、ふぅ――やっと静まったか、クソ面倒くさい剣だ」
アンドレアスの憎悪を味わった魔剣は満足したかのように、己が力を使い手に預ける。
「まぁいい、力が得られるのなら、この程度のお遊び何度でも付き合ってやる。だが対価を忘れるなドレイク――力を示せ」
格上たる『固有魔導具』にも怯まぬアンドレアス。
彼がⅨを過小評価してしまったのは、これも要因のひとつだろう。
「絶剣技――『黒色・死屍累々・斬刃』」
そして108種の強化魔法で強化されたアンドレアスが、世界有数の力を持つ魔剣を使った全力の一撃を放つという――この戦い最大の失敗が行われた。
ヌヌヌヌ、ズズズズズ。
あふれ出る実体化した禍々しい黒色の呪詛が、斬撃の射線に浮かぶ海を侵食しながら切り拓いていく。
「うおおおおお! マスター! マスター! 彼方の来訪者にも引けを取らない威力だ!」
自分たちの最強戦士が放った一撃に感嘆の声を上げるメンバーたち。
彼方の来訪者の本気を見たことがない彼らの見立ては適当だが、比較対象をランマとするなら間違ってはいない。
少なくともこの一撃は切り札である『アニマ・コンバーション』を使わない、ランマ最大の一撃を上回っている。
もっとも比較対象をナオキとするなら、格落ちするレベルであり。
大怪獣メガロドン撃破には遠く及ばない。
だがしかし――大怪獣メガロドンを誘導し大陸北西部で1000年以上回遊させ続けていた、古代の魔導具を破壊するには十分な威力を持っていた――。
「――道は拓いたッ! 少数精鋭! 俺と幹部のみで乗り込む! 支援メンバーはこの場ですべての魔力を強化魔法とせよ!」
奥深くまで切り裂いた空の海を確認後、次の指示を出すアンドレアス。
「はっ!」
245人の息が合った返答とともに、幹部10人にバフがかけられていく。
英雄となれる戦いについて行きたいとごねる者、魔力を惜しむ者、念のために残しておこうとする者などひとりもいない。
すべてを選ばれし戦士に託し送り出す、それこそが『砕けぬ刃』。
「マスター、あとは頼みます」
「死ぬなよ、トロロ」
「全員生きて帰ってこい」
魔力を使い果たしながらも、体力を燃やして意識を保ち激励するメンバーたち。
その声を背中に受けながらアンドレアスと10人の幹部は、Ⅸの領域へと踏み込んでいく。
――――――そして。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ」
宙を泳ぐ漆黒の体表を持つ超巨大ザメ――大怪獣メガロドンと遭遇したアンドレアスたちは、出会い頭の咆哮で吹き飛ばされ壊滅した。
不幸中の幸いかメガロドンはアンドレアスたちを、自らの領域である空中海に攻撃を仕掛けてきた敵と認識しておらず。
空中海に生息している小魚に新種が現れた程度の認識だったため、死者は出ていない。
もっとも何とか立ち上がれるのはアンドレアスとトロロのみであり、このままではじきに全員死ぬだろう。
「……ははははは……何だこれは? これがⅨなのか? 馬鹿な。『偉大十字』はどうやって麒麟を討った? 同アニマでも差はでるが、こいつは特別強いのか?」
混乱と絶望を言葉にして吐き出すしかないアンドレアス。
メガロドンと麒麟の強さはほぼ同格であるが、麒麟は火力、メガロドンは体力とそれぞれ異なる長所を持つ。
そしてⅨのお遊びじみた一撃で壊滅したのは、『偉大十字』最強パーティーもいっしょである。
「……あぁそうか、わかった……ランマの奴が嘘を吐いたんだな。『ホーリークロス』がこんな化け物どもを追い詰められるはずがねぇ。彼方の来訪者の誰かだ……それ以外考えられない。クソがぁ、なんでそんな嘘吐くんだ……」
ここに至り真相を理解したアンドレアス、名声欲がある男にはⅨ討伐の栄光を譲っているという発想は不可能であった。
せめて『光の意思たち』が『偉大十字』から、何かしらの便宜を受けていれば察することもできたかもしれない。
だが両者の間に麒麟討伐からクラン同盟を結ぶまで、特別な繋がりはない。
実際『ホーリークロス』が麒麟を追い詰めた話に懐疑的だったのは、七線級クランのマスターではアウロラぐらいである。
「……すまねぇ」
胸元のクリスタルを見ながら小声で謝罪するアンドレアス。
「――立て、トロロ! お前ならまだ動けるはず。俺以外全員を抱えろ」
「……マスター……以外……?」
瀕死のはずだが己の天星スキルによって、痛みを感じない大男はいつもどおりの緩やかな口調で疑問を放つ。
「そうだ! 俺がお前を領域の外まで吹き飛ばす、何人か死ぬかもしれねぇが、ここに残っても全滅する」
「……マスター……は?」
「この戦いは馬鹿な俺が決めちまったことだ、殿程度の責任は果たす。メガロドンが動かねぇうちにとっとと動け」
長い隔離で人間を忘却したメガロドン。
新種の小魚が現れるのはたまにあることなので、大怪獣はアンドレアスたちに特別な興味を持っていない。
流血していたならば、血の匂いで攻撃のスイッチが入り即座に食い殺されていただろう。
だが強化魔法の効果によって、戦闘不能の瀕死でも流血は防がれている。
「……撤退……わかった……」
瀕死で意識を失っている幹部たちを抱えていくトロロ。
「――おいっ、俺以外って言ったろうが」
アンドレアスのことも抱えるトロロ。
「……大丈夫……痛くない……走れる……」
「馬鹿が、無痛はノーダメージじゃねぇ! 無理だ、何より走って逃げてメガロドンが見逃すとは思えない」
マスターの言葉を無視して10人を抱えたまま、瀕死の体で走り出すトロロ。
緩やかな言葉と巨木のような巨体からは、想像しにくい俊敏な移動。
もっともメガロドンがその気なら瞬時に追いかけ捕食可能である。
「……追ってこねぇだと? ……ははは、俺たちにはその程度の価値もないってことか……馬鹿馬鹿しいがツイてるのか? ……トロロ下ろせ、自分で走る。それと2人渡せ、俺も抱えて走る」
「…………」
頷きだけを返して指示を実行するトロロ。
――彼らは大怪獣メガロドンの領域より生還を果たす――。
なぜそれが可能だったのかは単純な話。美味しそうに見えなかったのだ。
まず流血しないのが大減点。
そしてアンドレアスが空中海に放った一撃を自身への攻撃と認識しておらず。
初めて見た黒色の呪詛を食べてみて、不味かったと事前に学習。
そして咆哮で壊滅したさい魔剣は、仲間を守りたいというアンドレアスの潜在意識を読み取り、黒色の呪詛で全員を覆っていた。
――結果、新種の小魚は最悪の味と判断されていたのである――。
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