5話:『うずくまる』で痛くない!
友方が作り出す喧噪に紛れてガサガサと、何か聞こえた気がした。
音が聞こえた気がする方角、物集の背後へと視線を向ける――。
――魔物と目が合った。見た目は豚顔のデブ人間が肌を緑に染めたような感じ。
いわゆるオークって奴だな。
「グモォォォォン」
「きゃああああ」
雄叫びを上げるオークと、悲鳴を上げる物集。
「ッ危ない!」
オークが巨大な棍棒を振り上げたのを見た瞬間、物集を突き飛ばす。
ドッスン。巨大な棍棒がさっきまで物集が立っていた地面に振り下ろされた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁパパぁぁぁぁ」
「魔物でござるぅ」
「みんな拠点の方角へ逃げろ!」
小鎗が指示を出す。木村たちに魔物をなすりつける作戦か、悪くない。
――いや、なすりつけようって発想は小鎗にはないか。
倒してもらおうと考えているだけだろう。
どちらであれ、結局木村たちは自衛のために魔物を倒さないといけない。
だが俺たちを追放した後、すぐに拠点を捨て移動していても不思議じゃない。
そもそも俺たちの足で、全員無事に拠点まで逃げられるとは思えない。
何よりいま逃げたら、とっさに助けるためとはいえ。
俺が突き飛ばした物集が間違いなく助からない。
「っく、この距離なら当たるか」
毒島から渡された吹き矢を使う。
フッ、カン、ポト。
ダメだこりゃ。命中はしたが矢は弾かれ、地面に転がり落ちた。
「グモオオオオ」
だが倒れた物集から俺に、注意をそらすことはできたようだ。
――死ぬ覚悟を決める。――平凡な俺だが不思議と不安はない。
「みんな! 俺を見捨てて逃げろ! 時間を稼ぐ」
後退しながら、吹き矢を装填して次々に放っていく。
フッ、カン、ポト。フッ、カン、ポト。フッ、カン、ポト。フッ、カン、ポト。
「グモオオオオオオオン」
かすり傷ひとつ与えられない。怒らせるだけだが、それで囮は果たせる。
「何してる! 逃げろって!」
立ち上がった物集を含めて、誰1人逃げはしない。
「待ってぇ、僕腰が抜けて立てない! 直樹、早く僕を助けてぇ。猫島がやられてるうちに逃げないとぉ!」
1人逃げたくても、逃げられない奴もいるが。
「しかし猫島殿を見捨てるわけには……」
「あぁくそ、どうすればいい。全員助かるためには!?」
「猫島君を助けないと。魔物を倒せる武器を拾ってお願い『物拾い』」
逃げろと言ってるのに留まり続ける小鎗と毒島。
スキルで武器を拾おうとしてくれる物集。
「どうして拾えないの!」
やはり拾える物は近くに大量にある、拾うと思えば誰でも拾える物だけのようだ。
物集の手には何もない。
ッ後退はここまでか……。背中に木の感触。限界地点だ。
つーか小鎗! 拠点に逃げろって言った本人が逃げずにどうする。
俺を無駄死にさせる気かよ。まずお前が逃げて手本を示せ。
「グモオオオオオオオオオオオオ」
勝ち誇った顔で巨大な棍棒を振り上げるオーク。
万事休す。
体を丸めて、せめて少しでも最後の痛みを軽減しようと『うずくまる』を使った。
「グモオオオン」
ドン。うずくまった俺の背中に振り下ろされる凶器。
ドンドンドンドンドン。何度も何度も振り下ろされる音が聞こえる。
「グモ……? グモモ?」
ドンドンドンドンドン。ドンドンドン。滅多打ちにされる俺。
死ぬ間際は脳内物質が分泌されて、痛みがなくなると昔聞いたがマジだな。
初撃からまったく痛みを感じないぜ……。
「逃げろー! 俺が耐えてるうちにー!」
瀕死とは思えない大声を上げることができた。
「グモォ……」
背中を殴る音が聞こえなくなる、仕留めきったと判断したのだろうか。
うずくまりながら亀みたいに顔だけ出すと、オークが俺から離れて行くのが見える。
いまだに腰が抜けてる友方へと歩き出した。
「ひぃいいいいい、助け助けて許して。うわぁぁぁぁ来るなぁ。そいつそいつそいつが、猫島だから! 猫島を狙え! 猫島が言ってた、よくも殴ったな豚野郎、お前の一族を皆殺しにしてやるって! 女子供も1匹残らず駆逐してやるって言った、たしかに聞いた! そいつだから僕じゃないから猫島だからぁ!」
右手で俺を指差し、左手をブンブン振り回しながら、ズボンの股を濡らした友方が発狂する。
ヤベーわ、あいつのために囮になったわけじゃないけど。
それでもすげームカつく。俺は小鎗ほど人間できてないからな。
イケイケ、オーク。友方をぶち殺せ! 内心でオークを応援する。
お前も道連れだ!
「グモオオオオオオン」
願いむなしく。オークは反転。
1度は立ち去った俺の元へ走りながら戻ってくる。
さらにジャンプも加えて、巨大な棍棒が俺の顔面直撃コースで振り下ろされる。
ゲーセンでプレイした、もぐらとかワニ叩く奴を思い出した。
ドゴゴン。
顔鈍器で叩かれる気持ちがわかった。つれぇわ。
「痛いッ! …………いや、あれ?」
反射的に声を上げたが――。
「なんか魔物の攻撃全然痛くないんだけど?」
瀕死の脳内物質とかじゃない。そもそも瀕死になってない気がする。
うずくまりながら、鈍器を叩きつけられた顔と背中に手を当てる。
――まったく流血していない。
どういうことだ……?
「猫島殿。大丈夫なのでござるか!?」
毒島がオークの後方、少し離れた位置から驚愕の声を上げる。
ゴスンゴスンゴスン。ドンドンドン。
「ああ! 何か知らんけど全然痛くない。ノーダメかも」
オークの猛攻を受けながら、平気の受け答え。
「無事なのか!? よかった! ともかくどうする? どう助ける?」
顔も心もイケメンで成績も悪くない男だが。
月島のような機転が備わっているタイプじゃない小鎗は、混乱することしかできていない。
「これ猫島君の『うずくまる』の効果なの!?」
物集の問いかけでハッとする。
――そうだな、そうとしか考えられない。