58話:それぞれの思惑
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七線級クラン交流会にて『光の意思たち』の王国革命に対価なく協力するとして、同盟を結んだ『偉大十字』。
そのクランマスターである聖光のアリアと、現在のクラン最強戦力である光剣振るいし者リノ。
彼女たちは交流会解散後、王都中央の喧噪から少しだけ離れた場所に建てられているクラン拠点――『ラプロンL・O・D教会』への帰路につく。
王都端の裏路地とは違い、ならず者たちがたむろしていない清潔な裏通りに2人の足音だけが響くなか、リノは一歩前を歩くアリアの背中へ問いかける。
「アリアさま、なぜ対価を要求しなかったのですか? これは我々を国教とする好機ではなかったでしょうか」
己がクランマスターのことを信じてはいるが、敬虔な『L・O・D教』信徒であるリノにとって、アリアの行動は納得がしづらくその声音は硬い。
「そうですね、私も可能ならばその要求をしたいところでした」
エメラルドグリーンの髪をしたアリアは歩を緩めリノと並んで、微笑みを浮かべながら対照的な声音で答える。
「できない理由があったのですか?」
「ふふ、リノはとても敬虔ですからね」
皆目見当がつかないと真面目な表情で問いかけるリノを、茶化すようにアリアは言う。
「その言動では、アリアさまが敬虔ではないと誤解されかねません」
「うーん、真面目でかわいらしいですね」
アリアはリノに抱きつき真っ赤な髪をよしよしと撫でる。
「やめてください、アリアさま!」
「顔も真っ赤でかわいいです――――ふふ、からかいすぎましたね、ごめんなさい」
楽しそうに謝罪した後アリアはリノの頭から手を離し、なぜ『L・O・D教』を国教とすることを要求しなかったのかを教える。
「簡単な話です。ルミガ人類の多くは死者のクリスタルを破壊することを望んでいないのです。敬虔な信徒には理解できない感覚ですが」
「アリアさま、それぐらい私にだってわかります! だからこそ今回が好機だったのではないですか」
「国教として教義を押しつけても、心から理解されなければ新たなる争いを生むだけですよ。そして彼方の来訪者さまたちがそれに気づかないとは考えにくいです。要求したとしても断られたでしょうし、私たちは危険視されるだけです」
「――――」
思い至らなかった自らの不徳を恥じ入るように、リノは息を呑む。
「ルミガ王国はじきに陥落し、この大陸の実質的な支配者は『光の意思たち』の彼方の来訪者さまたちとなるでしょう。宗教とはまず信頼ありき、ならば彼らとよき関係を築くことこそが、布教への近道となります」
「――さすがはアリアさまです」
ルミガ大陸における信徒数を爆発的に増やしたアリア、その手腕に改めて感嘆するリノであった。
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『破壊の杖』はルミガ大陸最強の魔法系クランである。
構成メンバーは全員が魔法使いで、総数は20に満たず七線級クラン中最少人数。
危険な魔法実験に人類を巻き込んで殺さないように、王都から離れた郊外に建てられたクラン拠点。
「ハーッハハハ」
そこに明るい笑い声が響くのならば、それはほぼ1人の女――クランマスター紫界のアウロラである。
「見たよな、レイヤ! あいつらの悔しそうな顔を、お前のお披露目として最高のタイミングだったぜ、ハッハー」
クランマスター室の椅子に座りながらアウロラは、机の前に立つ弟子である男――アリアたちが羨む彼方の来訪者のメンバー、ツキシマ レイヤへと語りかける。
「はぁ、煽る必要などなかったでしょうに」
異世界に魔法が存在すると知ったレイヤは、その愚かさに辟易としていたクラスから単身抜けて、王国最高峰の魔法使いを探し求め。
その結果出会った、アウロラの弟子となってから2年近くが経過している。
年下の師匠が無意味に好戦的な性格をしており、諌言しても無駄なことを経験から学んでいるレイヤは、ため息をつくだけで根本的にどうにかしようとはしない。
「自慢は楽しいからなぁ」
ニヤニヤと犬歯を見せながら笑って答えるアウロラ。
「まったく呆れますよ。――それでマシュとランマはどうでしたか?」
「あー、そうだな、オレじゃランマには絶対勝てないな。Ⅷが格上なのは当然だが……アイツはそういう次元じゃない、天星スキルが異常だぞ」
薄い紫髪をかき上げながら問いかけに答えるアウロラ。
彼女は自身のS級天星スキル『紫の霧』を交流会の場で使っていた。
極限まで薄く、Ⅷでも認識することができない濃度で放出していた霧によって、感覚的にランマの異常性を把握したのである。
「お前のSS級と比較しても格が違うぜ。オレは見たことないが――アイツはSSS級、神獣王とか聖魔王の領域だろうな」
彼女は霧を相手の体内に通すことで得られる感覚から推測しているにすぎず、誤認は仕方ないことだが『うずくまる』はSSS級を上回るEX級である。
「まさかランマの『うずくまる』がそれほどのスキルだったとは……』
紅き聖弓のランマがⅨを単独で討伐したと聞いたときからレイヤは、『うずくまる』がじつはかなり強力な天星スキルだったのだと推測していた。
しかしSSS級という予想以上の答えを聞き、普段の冷静沈着な顔が歪んでいる。
「まあ問題ないぜ。死刑囚を人体実験に使うことを嫌悪してたろアイツ?」
「そうですね。――正直に言わせてもらうと私も嫌悪しています。文明の発展に犠牲が必要なのはわかっていますが、それでも受け入れがたいものです」
「オレから見ればお前はマシだよ、最後は黙認するだろ? オレの要求に口を挟まなかったしな。ランマはマシュが受け入れなければ、『破壊の杖』を敵に回すことになったとしても最後まで反対しただろうな。精神的にガキだ、わがままな方じゃない、理想追求型のガキだな」
「……私はランマのことを思考パターンが近い相手と思っていましたので、要求に言いたいことがあっても黙認すると考えていましたから、あの反応は正直意外でした」
「規格外の天星スキルを手に入れて、理想に酔ったんだろ。どうあれランマは正義がなければ戦えないタイプなのは間違いない、よって敵にしない立ち回りはそう難しくない。オレは悪人であっても邪悪じゃないしな! ハッハァー」
アウロラが恐れるのは、一方的に絶対的な暴力でねじ伏せてくる――神獣アヌビスのような怪物だけである。
人の心がある相手ならば、それがどれほどの強さを持とうが立ち回り次第で対処可能とアウロラは自負している。
彼女は魔法の天才だが、最強など目指していないし、勝利も求めない。
敵に回して勝ち目がないなら味方になればいいと考える、強者の取り巻きに甘んじようと屈辱など感じない。
ただ人類最大の魔法作成数を誇る初代マスターを、上回る数の魔法を作りたいという夢を、物心ついたころから持つだけである。
好戦的で偽悪的な振る舞いや言動も、近寄るのが危険な相手と思わせて、魔法研究に邪魔が入らないようにするための演技にすぎない。
「――それでマスター、毒島――マシュの方はどうでしたか?」
客観的な重要度を考えるとありえないことだが、レイヤにとってはランマのことよりマシュの方が重要である。
異世界への転移前、学年1位を競い合い続けてきたライバルであり、その関係が理不尽な追放という形で幕引きになったことは、無事を知るまでずっとレイヤの心残りとなっていた。
「お前あっちに拘るよなぁ、ありゃC級の雑魚スキルでお前の方が遥かに格上、私でも余裕で勝てる相手だ――これを言うのは何度目だ?」
アウロラの言葉に呆れ顔で露骨なため息をつくレイヤ。
「師匠に対してなんだその態度は――はぁお前も面倒な奴だなぁ。お前の望むマスター・マシュの評価はこれまで何度か伝えたぜ、毎回聞くなようっとうしい」
「……評価は変わるものですから……。それに今回はこれまでとはだいぶ状況が違うでしょう」
苦虫を噛み潰したような表情で呟くレイヤ。
「やれやれ――上に立つ者としてはランマより遥かに評価できる男だ。理想だけじゃなく現実を見据えている。ランマがいたとはいえⅢで怯まない度胸、お前たちにとっては受け入れにくいオレの要求に応じる器――傑物だぜ」
レイヤはアウロラのマシュ評に満足げに頷く。
「はぁ……ハッハァー。さて、強いが上に立つ者としては評価できない脳筋野郎はどう動くかな? クッククク、ハーッハハハハ」
あまりにしつこいレイヤの問いかけに疲れて、一瞬だけ素が出てため息をついてしまったアウロラ。
それを覆い隠すようにテンションを上げて、七線級クランのマウント合戦で一人負けした男を笑いのタネにする。
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笑いのタネにされた男――七線級クラン『砕けぬ刃』のマスター、古竜剣を継ぎし者アンドレアスは功を焦っている。
『光の意思たち』には複数の彼方の来訪者が在籍、さらにⅨ級を討伐し『襲来する始祖炎霊』の再来を未然に防ぐという、ずば抜けた功績が存在すると認識。
『偉大十字』にもⅨ級――神獣麒麟討伐の功績があると認識。
唯一それらがないと思っていた『破壊の杖』に、彼方の来訪者が在籍していたことによって、『砕けぬ刃』だけが肩書きで劣るという現実にアンドレアスは屈辱を感じている。
そして麒麟討伐の立役者、壊滅した『偉大十字』最強パーティー『ホーリークロス』を、『砕けぬ刃』は総戦闘力でなら上回るとアンドレアスは判断している――その分析は間違っていない。
だがそこには根本的な誤り――ランマの偽証が存在する。
――『ホーリークロス』が命がけで瀕死にまで追い詰めたので止めを刺せた――。
その話を信じ切っており、実際はまるで相手にならず壊滅したことなど知らない。
もっともこの話を信じているのは、アンドレアスにかぎったことではない。
大陸最強格の人類が集まるのが七線級クランであり、そのなかでも屈指の実力を持つパーティーが、壊滅しながらもⅨを瀕死にまで追い詰める。
その筋書きはルミガ人にとって絶妙なラインを突いていたのである。
さらにアウロラのように、ランマの内なる力を測る術をアンドレアスは持たず、戦士の視点でしか推し測れない。
そのためⅨを狩ったランマのことを、たいして肉体を鍛えていない若者と評価してしまう。
もちろん彼方の来訪者の真価が天星スキルの方にあることを知らないはずはない、だが功に焦る男はそこから眼を逸らし自らに都合よく思考する。
自分たちも総力を挙げて挑みさえすれば、Ⅸを狩れるのではないかと。
男はⅨ級への脅威認識を大幅に下げてしまい、現実的に討伐可能な敵と誤認してしまっている。
結果アンドレアスは名声欲で暴走し、『砕けぬ刃』は大怪獣へと戦いを挑むことになる。
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