52話:ワンダーティエス
――ふと思いつく。
「トリウィア、さっきの恒久変化魔法は肉体にも使えるのか?」
「む? ――残念ながら体の方は無理だな、『不眠不休』の力が魔法を上回る。だが幻術でよければ成長して見せよう」
空の牛乳瓶を回収箱に置きながら答えてくれる。
「悪い、質問が悪かった。他人に使えるのか聞きたかったんだ」
「可能だが、肉体しかも他人となると魔力消費も跳ね上がる。さすがにお遊びでは使えないぞ」
「遊びじゃなく真剣な話だ、男の肉体を女に変えられるか?」
「……できるが……ランマ、まさかキミにそんな願望が……」
「主さま、女の子になりたいにゃ!?」
トリウィアは困惑のまなざし、ナウメは驚愕する。
「違う! 俺じゃない! 水希の肉体を女に変えてあげられないかと思ったんだよ!」
愚賢者から教えられた『アニマティエスの泉』の場所はまるでわからない。
水希は普通に女の子のように振る舞っているが、内心は気にしているはず。
たとえアニマは男のままでも、まずは肉体だけでも女にできるならと思ったんだ。
「……嵐真君っ」
水希が息を呑む。
「むむむむ? え? 温泉ランドのミズキ君は男なのか……?」
目を白黒させるトリウィア。これは無理もない。
水希の服は男女どちらが着ても不思議じゃないマジシャンローブだし。
クランメンバーの多くも水希を女と認識しているだろう。
「……ちょっと失礼するよ『アニマアナライズ』」
水希に片手を向けて、指をパッチン。分析魔法を使うトリウィア。
淡い銀の光が水希を包み――弾かれる。
「むっ彼方の来訪者に普通のアナライズは無理なのか? ならば――『ワンダーアナライズ』」
先ほどとは比べものにならない魔力が放出される。
今度は弾かれず、水希の全身を銀色の魔力が包み込む。
「アニマⅤ。男性。彼方の来訪者。肉体に変身、整形なし――」
高位の分析魔法だと、そこまでわかるのか。
「――正真正銘の男か。……しかし凄いな、私も長く生きているが素でキミほどの美貌を持つ男など見たことがないよ」
「えっと、ありがとう?」
反応に迷ったらしい水希は、困ったように答えた。
「それでランマの話だと、キミは女になりたいのかね?」
「……はい……」
やはり面と向かって問われると恥ずかしいのだろう、顔を赤くして目線を下げながら水希は答える。
「――私の魔法ならばキミの肉体を恒久的に女にできる。だがアニマの性別は変わらない。分析魔法で変化はバレる。解呪魔法でもとに戻る。そして私の魔力消費も膨大で気軽に使える魔法ではない」
小さな指を1本ずつ上げながら、トリウィアが述べていく。
――水希の性格だと内心頼みたくても難しいだろう、遠慮するのは間違いない。
「それでも頼めないかトリウィア。借りは俺が返す」
――俺が首を突っ込むなど、余計なお世話なのかも知れない。
だがそれでもだ。
愚賢者と出会い、カミングアウトしたときの水希の顔をいまだに覚えているから。
「頼む」
俺はトリウィアに頭を下げてお願いする。
「嵐真君!? いいから! 私は大丈夫『アニマティエスの泉』を探せばいいんだから!」
水希が俺の肩を持ち上げようとする。
「――『ワンダーティエス』」
トリウィアが指を鳴らし、銀の魔力が脱衣所に満ち満ちて。
――水希に吸い込まれるように消えていく。
「えっ」
水希が驚いたような声を漏らす。ぱっと見変化はわからないが……。
「っ消えてるッ! ――それに少しあるッ!」
もそもそと自分の下と上を確認した水希は、現状を大声で報告してくれる。
「ランマ、貸しひとつ忘れるなよ」
ニヤリと笑うトリウィア。
「ああ! ありがとうトリウィア!」
「待って、借りを作ったのは私――」
水希を手で制する。
「言うなよ、そんな台詞。ここはお礼でいい場面だ。忘れてるかもしれないけど、つーか俺も忘れてたけどな……今日はお前の誕生日だ! 20歳おめでとう!」
この世界に毎年誕生日を祝う風習はなく、転移以降友方ですら1度も言い出さなかったことだが。
転移した日から今日までの日数を考えれば、だいたい水希の誕生日。
無論ぴったりではないだろうが、細かいことはいいだろう。
「ふむ、キミたちは20歳を祝うのかね? おめでとうミズキ君」
「ミズにゃん、おめでとにゃん」
「――――あ、ありがとう嵐真君。トリウィアさん、ナウメちゃん」
涙ぐみながらも、満面の笑顔でお礼を言ってくれる水希。
最高峰の美貌なのだろうが、女性体になる前との違いが俺にはわからない。
――水希は水希だから。
何度もお礼を言う水希と別れ、部屋に戻り敷いていた布団に潜り込む。
巨大猫形態になったナウメがごそごそ入ってくる。
「主さまと一緒にゃあ」
「あぁお休みナウメ」
ぎゅっとモフモフの体を抱きしめる。
「ふむ、私の布団も敷いたのか。だが私は天星スキル名が示す通り眠れない」
「そうか……まぁ横になるだけでもいいんじゃないか? もちろん無理にとは言わない」
「……そうだな、せっかく1人じゃないんだ。私も眠るふりぐらいはしてみよう」
ううん? 何で俺の布団に潜り込んでくるんだ?
腹に抱きつく俺と、背中に抱きつくトリウィア。ナウメを挟んで川の字だ。
「ぽかぽかにゃあ」
とろりとした声を出すナウメ。……まあいいか。
「おやすみ、トリウィア」
「ふふっ、モフモフだな。おやすみランマ、ナウメ君」
トリウィアの声からは、子供が眠るのを見守る親のような優しさを感じた。
……安定しない奴だなぁ。
――それでも、ありがとうトリウィア。泉には届かずとも親友に贈り物ができた。




