42話:英雄凱旋
トリウィアの氷を溶かした後、リタは聖弓に戻りふたたび沈黙した。
――またいつか話せる日は来るだろうか。
たとえリタの信仰に反するとしても、あの思念体が維持できるようになればと思ってしまう。
「いや~あっははは、やはり凄いなⅨ。私が有象無象のように薙ぎ払われるとは」
無事に蘇生を果たしたトリウィアは、銀の前髪を指で梳きながらどこか楽しそうに言っている。
「お前勝算皆無かよ」
やっぱ、ヤベー奴だった。
「あぁもっと火力を高めなければな!」
「……それでどうする? 『始祖氷狼』のクリスタルだ」
トリウィアに成果を見せる。これで英雄となるのだろうか?
「凄いじゃないか、よく1人で倒した!」
「リタと2人でだ。ナウメだっていてくれた」
「真実がどうあれ1人で倒したことにするべきだ。名声はその方が上がるだろう?」
「あまり嘘は好きじゃないんだがな……」
もっとも方向性は真逆とはいえ、麒麟の件ですでに嘘を吐いている。
「目的を間違ってはいけない、これは肩書きを手にするための過程にすぎない」
そうだ、無駄にはしないと誓って狩った。この件は俺1人の功績としよう。
「それにあながち嘘というわけでもあるまい。私は役立たずで、ナウメ君は使徒、リタ君は武器。どちらもキミの装備といえる、ならば1人で狩ったは真実だろう」
「あぁそういうことにしておく」
「では暫定支配領域まで戻ろうか、きっと出迎えがある。気づいてるかな? 気温が少し下がっていることに。ルミガ大陸のみか……あるいは世界の標準が下がっていても不思議じゃない」
……言われてみると、交戦前より若干冷えている気がする。
Ⅸの本気、物理法則の改変か。
「なぁトリウィア。もしこれで世界が大寒波になってたらどうしたんだ?」
「あははは――それは考えていなかった。なるほど、ありえた。この程度で済んでよかった、人類は命拾いしたな」
無邪気な妖精のように笑ったかと思えば、ガラリと雰囲気を変え真剣な顔で答える。
ダメだこいつ――感覚が常人からズレすぎている。
もとから? 長生きした結果? どちらにせよトリウィアに、パーティーのブレインを任せるのはダメだな。
――開拓領域を全速力で駆け戻り、人類圏との境界線に沿うように築かれた巨大な城壁が見えてきたころ、日は落ちつつあった。
暫定支配領域と呼称される境界線付近を警備する。
ルミガ王国軍、最大の兵力を持つ第3騎士団。
基本腐敗している王国軍のなかで、唯一例外ともいえる使命感を持った者たち。
城壁と一体化している砦からは彼らのざわめきが聞こえ、忙しなく城壁の上を動き回っているのも見える。
聖女結界は大物の侵攻を防ぐ方向に特化されており、ⅠからⅢまでの魔物を防げない欠点を持つ。
彼らはそれを日々命がけで討ちとり、人類圏を死守する兵士たち。
第3騎士団の働きがなければ、この国は魔物の大群に蹂躙されているだろう。
「ッランマさま!」
第5区画の門番を務める男騎士の1人が声をかけてくる。
行くときは軽装の兵士が門番を務めていたが、いまは全身を隙間なく覆った重装の騎士。彼の声に聞き覚えはないな。
「騒々しいな? 何かあったのか」
十中八九、本気を出した『始祖氷狼』の影響で気温が下がったのを警戒しているのだろうが。
「ハッ! しばし前にルミガ大陸全土で気温の低下が確認されました。Ⅸが大きく動いた可能性が高く、現在第3騎士団の全力を持って迎撃態勢を整えております!」
彼方の来訪者は上級国籍を持つため、敬礼しながら返答をしてくる重装の男騎士。
しかし迎撃態勢か……兵士の大半はⅡ、騎士も一部を除いてⅢ、Ⅸと交戦すれば、第3騎士団はなすすべもなく全滅だろう。
無論そんなことは承知のはずで、それでも彼らはここを放棄して逃げはしない。
すべての王国兵が第3騎士団のようであればと、思われずにはいられない。
「諸君ッ安心したまえ! 『襲来する始祖炎霊』の再来はないッ! なぜならば――そう、なぜならばッ! Ⅸにして『始祖たる魔物』ッ! この地に疾走する『始祖氷狼』は道中ですでに討たれているッ!」
一歩後ろに控えていたトリウィアが、前に出て高らかに告知する。
魔法で声を拡声しているのかよく響く、おそらく付近の城砦内部にいる者たちにも聞こえているはずだ。
「討ちとりしは『光の意思たち』の彼方の来訪者ッ! 紅き聖弓のランマであるッ!」
シーン。
――砦から聞こえていたざわめきが消え去る。
ナイトメア・イフリートが何のことかは知らないが、この地に疾走する『始祖氷狼』は大嘘である。ちょっかいを出したのは俺たちの方だ。
……だが真実を語ることが正解とはかぎらない。俺は沈黙を貫こう。
「やはり……『襲来する始祖炎霊』の寸前だったのか……」
重装の男騎士が呟くように声を漏らす。
「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
そして男のみで構成されている第3騎士団の者たちが、地平線を揺らすかのような野太い大歓声を上げる。
「Ⅸに勝った!?」
「さすがは彼方の来訪者さま! ランマさまたちが凶兆のはずがない! 『吉兆の彼方の来訪者』さまだッ!」
「紅き聖弓のランマさま、ばんざーいッ! 英雄ばんざーい!」
門にいた男たちが口々に俺を褒め称えてくる。
何度味わってもこういうのは小っ恥ずかしいが、真実を語らずとも全力を出し切ってⅨを狩ったのは事実。
――受け取ろう称賛を、これが革命の流血を減らす一助になるなら文句はない。




