34話:正義問答
「革命か――意味はわかっているのかな?」
見た目は少女にしか見えないが、雰囲気からはまるで幼さを感じないトリウィア。
彼女は指を鳴らして部屋に明かりを戻しながら、神妙な顔で聞いてくる。
「もちろんだ」
数百年前に人類同士で繰り広げられた世界の覇権を巡る大戦。
それを後に神獣王と呼ばれる彼方の来訪者が、五大陸を封鎖する神獣『大陸を分け隔つモノ』を産みだし強引に終わらせた。
さらに神獣王は大陸内部での争いを終わらせるため、それぞれの大陸でひとつの国にのみ加勢。
王に神獣を与えて、現在の一大陸に一国家の世界を作り上げた――と眞朱から聞いた。
俺たち『光の意思たち』はその内のひとつ、ルミガ大陸人類圏のすべてを支配するルミガ王国を潰し、新たな国を作ろうとしている。
「ルミガ王家を終わらせる。新たな国をこの地に作る、ここに新たな秩序を持ってくる」
そうだ。奴隷を買って解放する、ルミガ国籍を買って与える。
それで搾取層の何が変わる?
トリウィアの言うとおり、商品お買い上げありがとうございますだ。
「俺たちのいた世界の国――日本の法秩序だって完璧にはほど遠い、民衆の不満だって渦を巻いていた。だがそれでも断言できるッ! この国よりは遥かにマシだとッ!」
ルミガ王国はどうしようもなく腐敗してしまっている。
個人レベルでは善人。善ではないが悪でもない普通の人間だって当然いるだろう。
しかし全体を見れば、悪党どもが最大勢力。
「何なんだよこの国はッ! 何でチンピラが兵士をまるで恐れない?」
外れの酒場を襲った男たちも真に恐れていたのは、死告のトモカタだけ。
国や法など恐れていない。
なぜなら法が守るのは権力、金、武力のどれかがある者のみ。
何も持たない者にならば、何をしてもどうとでもなると思っているのだ。
「いくらなんでもおかしいだろ? 法はあるのに兵士は民を守らない。じゃあ誰が守るんだよッ」
女店員と酒場の件を任せた衛兵だって、俺の名前を出さずに呼んでも来たか?
仮に来たとして、まともに職務をこなしたか?
――もちろん王都にだって、少なからずまともな衛兵もいるだろう。
だが朱に交われば赤くなる。この国で善性を維持し続けることは難しい。
「堂々と王都を歩けるのは強い奴。強い奴を動かせる権力者。強い奴を雇える金持ちだけ」
誰もが冒険者になる条件、クラスⅡを満たせるわけじゃない。
人類の大多数のアニマはクラスⅠ。
当然だ。俺や直樹だってスキルなしで、最初に遭遇したオークと戦って倒せるか?
「友方の暴走『過剰な光』で多少はマシな治安になってたが。それもあいつが死んだ次の日からバレなきゃ丸儲けだぜ? 狂ってるよこの国は」
一大陸に一国のみ、さらに王はクラスⅨの神獣に守護される。
外敵もいなければ天敵もいない大陸に数百年君臨し続けて、権力者たちがまともなままでいられるはずがない。
そして眞朱から聞いた最悪の事情。
――ルミガ王を守護する神獣は王の命しか守らない。
王の命令だろうと聞きはせず、国も民も守らない。
つまるところ王に攻撃さえしなければ神獣は何も言わず、国をどうしようと口を挟まない。よって悪臣たちに攻略された。
「もう革命するしかないだろ! 新たに国を作るしかない!」
ルミガ王は100年前の代から、完全なる傀儡となってしまっているらしい。
王国統治のすべては欲深き奸臣たちが行う。
その最悪の代表例が奴隷制度と亜人狩りらしい。
「そうだね。弱者のためという正義を成すには、もうそれしかないだろう。だけど私が聞きたいのは覚悟の方だよ。殺す覚悟があるのかい? 殺される覚悟は? 仲間を殺される覚悟は? 先ほど私が放った魔砲弾、あれを王宮に撃って非戦闘員をまとめて殺してもいいかい? その結果私が殺されても平気かい?」
「…………」
「既存の国を潰して、新しい国を作るってそういうことだろ。敵は皆殺しにする。仲間を殺される。受け入れられないならやめるべきだ。何せキミたちは五線級クランで勝者の側。これまでどおり奴隷の一部を解放して、解放した奴隷といっしょに煌びやかな王都の中心で楽しくクラン活動していた方が幸せじゃないかい?」
……直樹は止まらないだろう。
――だが俺なら武力で止めることもできるか。
結局直樹だけじゃない、俺もこの国を許せないと思っているのだ。
「……それは無理だ。解放した亜人奴隷の一部は……当然だけどさ。ルミガ人を憎みきっている。いつか必ず爆発する」
それも……このままだと遠くない将来の話だろう。
「私はキミの覚悟を聞いているんだ。それも無言も答えじゃないよ」
銀髪の前髪、その下より炯々と輝く赤瞳が上目に俺を射貫いてくる。
「……敵を殺す覚悟はあるッ! 降伏勧告に従わないなら非戦闘員だろうともだ」
「じゃあ邪悪な相手が降伏して、無抵抗になったらどうする? 邪悪な相手のことを私を助けてくれた本当は優しい人だと庇う、別の正義があったら?」
前者は俺の代わりにナウメの手を汚させることはできないと、思ったときに覚悟を決めている。
後者は発想すらなかった……。
「……無抵抗でも殺す。善人が邪悪を庇ったとしても、邪悪が許される道理はない。殺すさ、覚悟は決めている」
「庇う相手がまず私を殺せと言ったら?」
ネチネチと攻めてくる……いや違うか。
この程度の問答で答えることもできないなら、革命なんてするべきじゃないというトリウィアの思いやりか。
「……そいつは殺したくないよ」
「――それなら革命なんてしない方がいい。その方が幸せだよ」
「にゃははははは。ならにゃんが殺すにゃん」
黙って影に潜んでいたナウメが、ニュルリと影から飛び出し白黒の実体となって宣言する。
「ナウメ! 俺がやると言ったよな」
「にゃんには意思があるにゃ。主さまがやらなきゃいけなくても、どうしてもやりたくないことはにゃんがやる。それが一緒に往くってことにゃろ」
「ッ何だこの魔力は『大陸を分け隔つモノ』に近いぞ!?」
初めてトリウィアが、幼さを押さえ込んでいた怜悧な顔つきを崩して驚愕の声を上げる。
「にゃはは。にゃんは主ランマさまの使徒『神獣王二十一大傑作序列十位』化け猫のナウメにゃよ」
ナウメは新たなる名乗りを上げる。




