18話:愚賢者の歓迎
俺と直樹は物集たちのもとへ戻り、夕食をとることになった。
腹が空いた友方は何食わぬ顔で戻ってきた。
そして日が完全に暮れたとき。
――突如まばゆい光によって夜の帳が上げられる。
「何だ!?」
夜空を照らす光球を周囲に浮かべながら、占い師のようなローブを纏った金髪の少女が浮遊している。
「やぁやぁ。さてさて。いったい誰かな? 順に見ていこうじゃないか!」
あまりに突然現れた少女を前に言葉を失う。ぱっと見年下に見えるが……?
「少女が浮いてるでござる」
「まずはキミかい? どれどれ。C級『吹き矢作成』Ⅰ。キミは違うね。不可能だ! 次は誰だい? 声を上げてごらんよ」
「ひぃひぃ幽霊? 僕を呪わないで!」
「キミかい。どれどれ。A級『告げ口』Ⅰ。ふむふむ。天星スキルは悪くない、恵まれているね。だが無理だ、アニマの格が違う!」
金髪の少女は俺たちを見定め、スキルを言い当ててくる。
何者だ? いや重要なのは、知識の塊が降って湧いたことだ!
この世界のことがわかるかもしれない。
「――危険はなさそうなので、次は私をお願いします」
物集が勇敢にも志願する。
「どれどれ。A級『物拾い』Ⅱ。キミも恵まれているね! だけど無理だね、勝ち目はない」
――麒麟を討伐した相手を探しているのか?
バレたらどうなる? うずくまれば無敵――だがスキルを言い当てるような相手だ。
この世界に天星スキルを無効化する手段がないとは断言できない。
……知識が足りない。
「なら次は俺を頼もうか」
少女が探している相手を察したのだろう。直樹が俺の前に出る。
「任せたまえ。どれどれ。SS級『極小貫通孔』Ⅱ。素晴らしい! 人類の未来は明るいよ! それとも暗いのかな? すべてはキミの善悪次第。もっともいまのキミじゃアニマが弱すぎる――かの神獣には届かない」
正体不明の少女が告げた言葉を信じるならば、俺たちのスキルで本当に外れなのは、毒島だけだったのか。
「さてさて。最後はキミだ。EX級『うずくまる』Ⅵ。いやいやすごいね。EX級を見たのは初めてさ。麒麟を討ったのはキミだろう? もっとも一目でわかっていたけどね」
……Ⅵ? 俺が超発光したのは麒麟討伐後の1度だけ。飛び級もするのか。
ふわりと俺に近寄った少女がひょいと手を伸ばし、植物服の内側に蔓で巻きつけていたクリスタルを持っていく。
敵意は感じなかったので、うずくまるは使わなかった。
……仮に使っていたら、盗難も防げたのだろうか?
「何せこれを持っていたからね! うーん凄いね、麒麟のアニマクリスタル! 売れば大きなお城が建つよ?」
「お前は誰だ?」
クリスタルに執着はない。必要があるなら渡すが、高級品なら対価は欲しい。
そのためにも会話で情報を集めなくては、幸い相手はお喋りである。
「私かい? 愚賢者ルフフと呼ばれているね」
「ルフフ。目的は何だ?」
「目的? ないよ? だからこその愚賢者さ。それでもあえて言うなら麒麟を討伐したキミを見に来ただけ。興味本位だね。ほら返すよ」
クリスタルを返却された。本当に目的がないのか?
これが駆け引きなら情報が少ないこちらが、圧倒的に不利でどうしようもない。
なら愚賢者は、本当に無目的と仮定して話を進めよう。
「聞きたいことがあるんだが答えてもらえるか?」
「いいよ。けど無条件じゃつまらない。彼方の来訪者たるキミたち5人に1回ずつ、私への質問権利を贈ろう。ただし質問内容の相談は禁止だ。各自で聞くべきことを考えてみたまえ」
「僕地球に帰りたい! どうすればいいの!」
――友方は悩むことなく質問する。質問内容はそこまで悪くないな。
もっともスキルをくれた女神の言葉を俺は信じている。帰れるとは思えない。
「チキュウへの帰り方は知らないね。だけどキミが帰りたい場所はきっともうないよ? 時の流れが違うからね! ここに来て何日だい? 1日でチキュウは100年経過する」
――ルフフの言葉を信じるなら、帰還を目標にする意味がなくなる。
転移してから1ヶ月以上が過ぎている、人類文明が滅んでいてもおかしくない。
「嘘だぁぁぁ」
「私は嘘吐かないよ?」
「あっ――――そっか……僕もう家に帰れないんだ…………」
友方が信じたくない言葉を信じただと!? 洗脳か?
「いやいや。洗脳じゃないよ。私は誓約で嘘を吐けないからね。だから答えたくない質問は無視するか、嘘を吐かずにごまかすのさ」
心を読まれたのか――何でもありだな。
「そっか、私たち本当にもう帰れないんだね……」
「ござる……」
物集と毒島も沈痛な面持ち。
「次は俺が質問させてもらう。この世界には弱者を守る法律は存在するのか?」
直樹からは地球への未練を感じていたが、同時に覚悟もしていたのだろう。
帰れないと告げられても沈むことなく、少女へ果敢に問いかける。
「弱者を守る法律はあるよ。もっともキミが望むような法はないね」
「すまないが、わかりやすく説明してくれないか」
「たいてい名目だけなのさ。キミが望む形では機能していない」
「……そうか。教えてくれてありがとう」
……別に不思議ではないな。
法律を作る選ばれし者が得をするのは、よくあることだろう。
日本だろうと、弱者を守る法律がどれほど正しく機能していたかは疑問だ。
「いやいや。キミが思い浮かべた国のレベルではないよ。この世界の不公平はね」
俺の方を向いて少女が答える。
つまりこの世界は日本とは比べものにならないほど、民度が低いということか。
……勝手に答えられたんだが、いまのは俺の質問になるのか?
「いまのはサービスさ。キミはキミの質問を考えたまえ」
「拙者もいいでござるか」
「どうぞどうぞ」
「拙者のスキルだけランクが低かったでござるが、なぜでござるか?」
「私にはわからない。――――残念アニマクラスが上がっても天星スキルが強化されるわけじゃないよ。器が広がり本来の効果を引き出せるようになった結果を、キミたちは強化と勘違いしただけさ。キミのはC級、すでに性能のすべてを引き出している」
毒島の心を読み答えるルフフ。
「ござるぅ……」
「そうだね。キミが思ったとおりさ。天星スキルとしては外れだね」
その理論だと、EX級らしい『うずくまる』の性能には、まだ俺が引き出せていない力があるのか?
――――今度は俺の心を読んで答えてくれなかった。
「さぁ、あとは2人だよ?」
ルフフが俺と物集に視線を向ける。
物集は何かを悩んでいるのか、口を開こうとして閉じるのを繰り返す。
「物集、どうせ心を読まれてるぜ。何かあるなら聞いておけ」
「うん……そうだね」
覚悟を決めたような顔つきになる。
「あのルフフさん質問いいですか」
「うんうん。いいとも。何でも聞きたまえ」
「私……家に帰れないなら…………本物の女の子になりたいんです。性転換の魔法はありますか?」
勇気を振り絞った質問だったのだろう、顔を真っ赤にしている。
……物集は女にしか見えない男だが、クラスでそれを茶化されると私は男といつも反論していたので。
男らしくなりたいのだと思っていたが……。本音は違ったのか……。
「性転換の魔法はあるよ。だけど解呪魔法もある。それに魔法で変化するのは肉体だけアニマの性別は変わらない。キミが望む本物には魔法では無理さ」
「そうですか……」
魔法がある異世界ならばあるいはと、覚悟を決めた質問だったのだろうが。
望ましくない答えを得て、いまにも泣き出しそうな物集――放置はできないな。
「待てよ。魔法では。だろ? 魔法以外なら本物になれるってことじゃないのか?」
「ああ! なれるとも! アニマすら変えたければ! 『アニマティエスの泉』に浸かりたまえ。望む性別に生まれ変わる!」
「それはどこにあるんですか!」
希望を得た物集が、ルフフに詰め寄りながら強く尋ねる。
「残念。質問は1人1回さ! そして全員分答えた! 私は去るよ。それぞれ好きに生きたまえ!」
――え? まさか、さっきのが俺の質問にカウントされたの?
「――黄昏の藍世界へようこそ、彼方の来訪者。現地人を代表し愚賢者ルフフが歓迎しよう!」
最後に笑い声を上げながら、ルフフは現れたときと同様その姿を一瞬でかき消した。
――夜の帳が舞い戻る。