第三話 旅立ち
―日曜日の朝―
お父さんと二人で出かけるための身支度をする。朝早く起床して、まだ頭の中が寝ぼけている。朝というのは、惰眠をむさぼりたい気分になる。
朝ご飯はお母さんが作ってくれて、みんなでご飯を食べる。
「とうとう事務所に行く日が来たのね、りゅうくんは準備の方はバッチリ?」
「昨日はぐっすり眠れたから大丈夫だよ」
「途中でりゅうが新幹線の中で寝過ごさなければいいけどな」
「その時までは、ちゃんと起きているよ」
家族と楽しく話しながら食事を進める。
「向こうに着く頃には、昼頃になるから、一回そこで昼食を取ることになるよ」
「帰りは、かなり遅くなりそうなのね」
「うん」
会話を続けていくうちに食事を済ませ、荷物を持って、玄関に向かう。そして、靴を履いて、玄関の扉の前に立つ。
「何かあったら、すぐ連絡してね」
二人で遠いところに出かけると思うと、すごく心配する。
「必ず無事に帰ってくるよ」
「ええ、りゅうくんをお願いね」
「じゃあ、行ってきます」
玄関の扉を開けて、マンションの一階まで降りて、駐車場まで向かい、お父さんの車に乗って、駅に向かう。
「りゅう、荷物はちゃんと持ったね」
「うん」
「乗り物に普段よりも多く乗るから、気持ち悪くなったらお父さんに伝えるんだよ」
「分かった」
車で走らすこと駅まで約30分かかってから、車を降りた後は、電車に乗って、少し先の駅に着いたら、新幹線に乗り換える。
僕達の服装はいつもよりもしっかりとしたスーツ姿になる。
山形県から東京まではかなり時間がかかるが、東京駅で降りた直後に山手線に乗り換えて、芸能事務所のところの駅まで向かう。
しばらく電車に乗り続け、改札口を出て、向かった先でようやく昼食を取れる。
「今日は、話が長くなりそうだから、しっかりご飯は食べておくんだよ」
「うん」
昼食を取った後は、マネージャー言われた通りのルートをたどる。
「調子は大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「この先を歩けば、事務所が見えてくるから、もうすぐで着くよ」
そして、事務所の前まで足を運ぶと、目の前には修学旅行のときのマネージャーが待ち構えている。
この時まで、ずっと胸を膨らませて、待っていたそうだ。
「初めまして、わたくし東宝エンターテイメントで俳優とモデルを担当しているマネージャーの清水理恵と申します。遠い中、わざわざここまでお越しいただき誠にありがとうございます」
「こちらこそ、息子の父をしている柳木 勝茂と言います。息子が修学旅行でお世話になりました」
マネージャーとお父さんは礼儀正しく挨拶する。
「では中を案内しますので、こちらまで着いて来てください」
彼女のもと、僕達は5階まで案内された。
「こちらが客室になります」
部屋の中に入ると、広々としていて、目の前には長テーブルを対面させた形で置かれている。
そのテーブルの上にはお茶とお菓子がある。
僕とお父さんは同じテーブルを共有し、並んで座る。その反対に、マネージャーが座ることになる。
「まず初めに、事務所と個人の契約についてご説明します」
事務所との契約には、年数が存在する。そして、あくまで個人事業主のため、法律の制限がかからない。
契約内容を説明した後は、俳優やモデルでの活動内容を説明して、注意事項を確認する。
最後に僕がここに所属しようと思った理由をマネージャーに聞かれる。
「最後になるが、君がここに入る理由を聞かせてもらおうか?」
一拍置いて、自分の言いたいことを確かめてから前を向く。
「今までは、何かを積極的にやろうとは思わなかったです。しかし、自分の中で考えていくうちに目標が決まり、それを自分の意志でやっていこうと思いました」
「……なるほどな。自分の意志でここに入ろうとするなら、全然構わない。だが、君の成功を確実に保証することはできない。それを君で掴み取らなければならない。君が今後、上を目指していくなら険しい道をたどるかもしれんが、そこまで行くようにぜひ君を全力でサポートさせてもらうよ」
「はい、今後ともよろしくお願いします」
僕に続き、お父さんも合わせて一礼をした。
―そうして迎えた七月最後の日曜日の朝―
この日は一段と家が騒がしいようだ。どうやらマンションで借りている部屋の中は、綺麗に片付かれて、空っぽの状態である。
ベランダの外を眺めると、トラック一台が用意されている。
今日は、ここの家を引っ越しするようだ。行き先は関東地方にある埼玉県、地図で見れば東京のすぐ上のあたりになる。
家から公園までの道を歩くと、一軒家の二階建ての建物が並び、その敷地に植えられている木の緑の葉を眺める。
そして、道なりにどんどん進んでいくにつれ、僕の視界から僕と年が同じくらいの小さな女の子が現れる。
「おはよう、りゅうくん」
彼女は小さい頃から一緒にいた久野 姫菜だ。実は、高校生になってから、彼女と久々に再会する。この時は、彼女も一緒にこの町に住んでいて、家は近くにある。
「おはよう、ひいな」
僕も彼女に軽く挨拶する。
二人は公園まで一緒に歩いて、その公園の奥にあるブランコまで目指す。
「ここに来て、二人でブランコをこぐのは久しぶりだね」
「しばらくは、使っていなかったね」
懐かしのブランコに乗り、思い出に浸る。
「私のお母さんに聞いたんだけど、今日から引っ越して、ここを離れるんだよね」
「そうだね、ひいなの言う通りここを離れるよ」
それを聞いた彼女は、悲しい気持ちになり、頭を下げて、ブランコの下を眺めながら寂しさに溺れる。
彼女の頭の中では、彼と離ればなれになるのは信じられない気持ちになる。
なんせ彼とは保育園の時から知っている。
しばらく沈黙を続けている中、ふと彼女が何かを思い出して、彼を見る。
「そういえば、まだりゅうくんに伝えていないことがあるの」
「え……?」
彼女は彼の耳もとでささやく。
「…………」
「ん……?」
一瞬のことで、聞き取れなかった。
そして、彼の方に向き直って
「今まで、私と一緒にいてくれてありがとね」
伝えてたいことを伝える頃には、公園の時計の針を見ると時間が迫って来た。
「……もうそろそろ、向こうに行かないとね」
彼女は彼を見送るために、家まで行く。
そこで、何人かの同じクラスメイトの子や他の子達も訪れる。
「りゅう、向こうに行っても元気でな」
「圭くんも元気で……」
彼らとそれぞれ話して、感謝の言葉を伝え
「ひいな、ここで僕とお別れだね」
「いつかは……また…私に会いに来てくれるよね……」
「うん…」
涙がたくさん溢れて、頬を伝わらせ、地面にぽたぽたと流れ落ちる。
「今まで、ありがとう」
車に乗り、窓越しから手を振り、遠くへ旅立った。