表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボク、サキュバスに転生しちゃいました…!  作者: 三ヵ路ユーリ
天弓の巫女と二つの正義 編
83/107

第80話 発火

「……つまりボクは半分寝てるみたいにふらふらと戻ってきて、小瓶の中には既に霊水エーテルがたっぷり入ってたって。そういうこと?」


「そうだよ」


「全然、覚えてないよ……」


「まあいいじゃん。無事だったし、目的は果たせたんだしさ」


「……ううん」


 あの亜空間で見た景色は、夢だったんだろうか。……そうは思えない。

 ゲートの向こうで会話した”あの人”が言うことはボクの頭からは生まれてきそうにない言葉ばかりで、不思議な体験だった。


 ……考えるのはやめよう。夢でも本当でも、大切な何かが胸の内にともったことは確かだ。



「マコちゃん、気がついたのね。よくやってくれたわ~。起きてすぐのところ申し訳ないのだけど、陛下のところへ戻りましょうか」


 ロゼッタさんが、床のがらくたをがしゃがしゃと踏みながらやってきた。

 片腕には本がたくさん詰まった重そうな紙袋をげている。


「あっ、もう行きますか? 転移魔術師さんの家、もうちょっとゆっくり見せて頂きたかったのですが……」


「外はすっかり暗くなっているわよ。マコちゃんたら、長いこと寝ていたからね~」


「……あっ。す、すみません!」


 ここが地下室だから感覚がわからないけど、ミナミやソニアさんのくつろぎぶりからして、ボクが寝ていた時間は数十分どころじゃなさそうだった。


 この霊水エーテルを持ち帰れば、バル様の助けになる。

 そう思うと、すぐに頭を切り替えることができた。


 ボクは立ち上がって、青白く光る小瓶をロゼッタさんに預けた。



 * * * * * * *



「慌ただしくてごめんなさいね、ウルスラ」


「いいのヨ~。久々にアナタに会えて楽しかったわ、ロゼッタ」


 玄関を出ると、もう日は沈んでいた。

 王国の街並みの中に、ぽつぽつと明かりが見える。


「お邪魔しました、ウルスラさん。次来る時は、ゆっくり異界いかいの話がしたいです」


「大歓迎ヨ! また遊びに来てネ~、マコチャン!」


 

 ボクはソニアさんと一緒に再び荷台に乗り込み、身を隠すように身体を丸めた。

 布で覆ってしまうと、夜の暗さもあって視界は真っ暗だ。


 ロゼッタさんが荷車を引いて、ガタゴト、ゴトンと車輪が滑り始める。


「ソニアさん、今日は助かったわ~。お家まで送っていくわね」


「けけけ、また頼んでよー。こんなオイシイアルバイト、めったにないからねー。あたいの家は後回しでもいいよ。急いでるんでしょー?」


「……そうね、できれば早く陛下に霊水エーテルを届けたいとは思っているわ」


「じゃ、あたいも連れてってよー。アイゼンの実家、興味あるしー」


「そお? なら、お言葉に甘えちゃおうかしら……」



 帰り道のロゼッタさんは、来た時よりも早足だった。

 荷台は何度もガタガタ揺れて、曲がり道が次いつボクたち襲ってくるのか、身を強張こわばらせるのに必死になった。

 シートベルトなんかもちろん無いし、狭さと暗さでジェットコースターよりも恐怖感がある。


  

 ──ガタガタッ、ゴトン!


 闇の中で黙って意識を集中させていると、まぶたの内側で自分のひとみがほんのり熱くなっていくような気がした。

 

 ……夢魔サキュバスの特有の魔力は、夜間ほど強くなる。

 静かに、五感が研ぎ澄まされていく。

 自分の身体が変わったことを自覚してからは、よりいっそう感覚が鋭くなった。


 昨日ミナミの血を少しもらってからというもの……。

 日中、ボクは何度も何度もその味を思い出していた。


 ソニアさんがボクのしっぽのとりこになった気持ちも、今ならわかる。


 人間だった時には絶対に体験できなかったような……味覚で感じる愉悦ゆえつの境地。

 ボクは新しい"快楽の鉱脈こうみゃく"を発見してしまったんだ。


 もはや、興味を抑えることは不可能だった。


 血の味は濃厚な蜂蜜のようで、それでいてほどよい酸味も含まれていて、いくらでも求めてしまいたくなった。

 唾液は舌の上で転がすほど旨味が染みてくる飴みたいで、それがきたないものという認識はいとも簡単にくつがえされた。


 まだ味わっていないものだってある。もっと他の……考えるのも恥ずかしいようなもの。

 もしもバル様に噛み付いたら、どんな味がするんだろう。そして、ああ……口の中によだれが溜まってきた──。


 ──ぎゅっ。

 急に、ソニアさんが後ろからボクのしっぽを掴んで──ボクは完全に油断していた。


「ほわあぁっっ!!? 何するんですかっ!」


「マコさん、さっきからしっぽがぱたん、ぱたんってせわしなく動いてるんだもん。気になるじゃんかー」


「あっ。えっ……それは……失礼、しました」



 ──ガタ、ゴトン。


 ボクが脳内でよこしまな思考を巡らせているうち、ロゼッタさんの引く荷台は宵星よいぼしの前まで無事に到着したようだ。


「あら~? 誰か入り口の前にいるわね」


「あっ、あいつは……マコの髪留め壊したキザヤロー!」

 

 布で覆われた荷台の外から、ロゼッタさんとミナミの声がした。


「げっ。ギロチン……」


 気まずそうに返事をしたのは、アイゼンの声だ。

 ボクはソニアさんと一緒に、布の隙間からそっと外の様子を伺った。

 

「こんな所で立ちっぱなしてどうしたの、アイゼンくん」


「ぐぅ……オレは。おふくろとおじょうが繋がってたなら、ここに来れば煉獄れんごく魔王まおうの手がかりが得られるかもと思ってだな……」


「……あら。それは困るわね。いくらあなたがフウメイさんの息子でも、タイミングが悪いわ」


 ──ドスン!

 荷車の取っ手がロゼッタさんの手から離れて、ボクは荷物の中で斜めにつんのめった。

 一瞬だけ刃物のように鋭い威圧感が周囲を包み込み、肌がぴりりとしびれた気がした。

 

「まっ、待て! この情報は誰にも言ってない! ノージェにもだ!」


「……」


「それに……おふくろには合わせる顔が無え。啖呵たんかを切った手前、何の結果も出せず……。だが、情けねぇがオレは諦められずにいるんだ、魔人になることを」


「……本当に悪いけど。今は出直してくれないかしら。陛下はお忙しい(・・・・)のよ」


 ロゼッタさんは冷たく言い放つと彼の横をスッとすり抜け、宵星よいぼしの建屋の中へ行ってしまった。


 この場に残されたのは荷車の外にいるミナミとアイゼン、そして荷台に隠れたまま出るタイミングを失ったボクとソニアさんだけだ。

 

 ミナミが、荷車の取っ手を持ち上げながらアイゼンに声をかけた。

「……あんたさ、何でそんなに”魔人”にこだわるわけ? この北の王国じゃ、ろくな目に合わないんじゃないの、魔人は」


「……関係ねーだろ」


「理解者が欲しいとも思わないの? 独りよがりだね」


「人間のおまえにはわかんねーよ」

 アイゼンは、先ほどとは違って苛立いらだちを隠そうともしない口調だ。


「あんたもそういうクチ? いい加減うんざりするなぁ。余計なお世話かもしんないけどさ、話さないとわからないことだってあるでしょ」


「おまえに分かるわけねぇだろ。獣人でも人間でもない"半端者はんぱもの"で育った俺の気持ちなんてな」


「……はあぁ? ふざけんなっ!」


 ──ドスン!

「ウッ」

 ささえを失った荷台はまたも傾き、ボクは小さくうめいてしまった。


「生きづら境遇きょうぐうなんて、人の数だけあるでしょ! 悲劇のヒーローヅラして酔ってるだけじゃないの、あんたは」

 ミナミは彼に詰め寄りながら声を荒げた。


「んだとォ……?」


「誰にも理解されたくないなら口を閉じとけばいいのにさ。そうやって中途半端に話すのは、誰かに認めて欲しいからでしょ」


「が……ぐ!!」

 アイゼンは舌を噛んだような声を出して、地面を踏みしめた。


「へへ、図星じゃんか」


「……本当に認めて欲しい相手に認められなきゃ……くやしいだろうが」


「なんでさ。勝手になったらいいじゃん、魔人に」


「なれるかもわかんねぇし……。できれば応援して欲しい」


「欲張りなやつだねー……」

 ミナミが荷車の取っ手を拾い上げ、荷台が再び水平に戻った。

 ボクは息をひそめながら、もう傾けるのはやめて欲しいと思った。


「ああ、オレは……ガキなんだろうな。自分のわがままさ加減に腹が立ってくる」


「そりゃさ、他人に自分の価値観をわかってくれたらうれしいって思うよ。けど、わかってくれなくてもいい。って考えてないと、わがままなんて通せないんじゃないの?」


「そういうんじゃ、ねーんだよ……」


「……はあ、めんどくさい奴。話す気ないなら、わたしは行くよ」


 ──ゴロ、ゴロロ……。

 ミナミに引かれて、ボクとソニアさんが隠れた荷台は宵星よいぼしの門をくぐって進み始めた。


「──オレは! オレの好きな女は、"魔人"なんだよ……!」

 それを引き止めるように、アイゼンが声をあげた。


「……へえ?」


 ぴたりと車輪が止まる──また荷台が傾くんじゃないかと身構えたけど、ミナミは取っ手をとり落とさなかったようだ。

 

「だが……。魔人は王国で立場がない。今のオレじゃ、あいつに本当の意味で寄りうことはできねえ……」


「ふぅん……。彼女さんと同じ目線に立ちたいってわけ。そんな必要ある? そうして欲しいって言われたの?」


「いや、そうじゃないが……それだけじゃない。魔人は、獣人や人間よりも寿命が長い。たとえ一緒になれても……このままじゃオレは、あいつと同じ時を過ごすことはできねえんだ……」


「あ──」


 ──ドスン!

「んきゃッ!?」

 ミナミは、今度こそ持ち手を取り落とした。

 不意打ちを受けて変な声がでちゃった……!


「──誰だッ! そこに誰かいるのか!?」


 しまった──。

 ずっと聞き耳を立てていたのがバレてしまう!

 

 ボクが頭を抱えた瞬間、背後の空間がふわりと広くなるのを感じた。


「けけけ、アイゼン。それって、あたいのことー?」


 ソニアさんが、ボクが出るよりも早く荷台の外に飛び出したんだ。


「──でぇッ!? おまえ、何でここにいる!?」


「いやー、なんかおもしろいから聞いちゃってたー。ごめんごめんー」



 ──ボクは、いつになったらこの狭い場所から出れるだろうかと思った。

 いや、そもそもどうしてまだ隠れてるのか。


 それは……そうだ。

 ミナミが彼のことをさとす言葉が、ボク自身にも刺さってくるようで──身動きがとれないんだ。




次回「第81話 壁を壊すもの」は8/24更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ