第61話 心の行方
ミナミに、会いたい。
彼女は今どうしているだろう。
ミナミから告白を受けて──そのあと、彼女とろくに話をできないまま、こんなことになってしまった。
魔素合戦大会の途中だったのに、有無を言わせずノージェさんの屋敷に連れてこられたんだ。
ミナミは、ボクがバル様と一緒に姿を消してしまったことを一体どう思うだろう。
なるべく早く、彼女ともう一度顔を合わせたい。
コニーは、ロゼッタさんは、フウメイさんはどうしているだろう。
大会はどうなったんだろう……。
“着替えを用意させる”と案内を受けたボクは、独りで客間に通された。
バル様とは一時的に分かれてしまったけど……いまはノージェさんを信じるしかない。
絆の魔法のおかげで、そう遠くない場所に彼の存在を感じる。それだけで、勇気が湧いてくる。
屋敷内の使用人さん達は、頭からツノが生えて悪魔のしっぽがついたボクのことを見ても、反応をいっさい顔に出さない。
さすが王室仕え、なんだろうか。
この屋敷のスタッフひとりひとりに至るまで一挙手一投足が洗練されており、どのような客人であっても失礼のないようにもてなそうという気概を感じる。
先ほどヘイムダールさんから”魔人”というだけで不当な扱いを受けたばかりのボクにとっては、ありがたいことだった。
「──こちらのお部屋で、少々お待ちください」
使用人さんに案内された部屋は、ふかふかの寝台と調度品が備え付けられた豪華な客間だ。
魔王城で初めて目覚めた日、ロゼッタさんに連れてこられた寝室を思い出す。
……また、鏡がある。
目の前に歩み寄って、全身を映した。
鏡は、自分の姿を確認するための道具。
しかし、ボクは……鏡をのぞく度に、自分がわからなくなる時がある。
大会ではまじまじと見ることができなかったけど……改めて鏡を見ると、ボクのツノは今朝と比べて、明らかに伸びている。
額の左右から突起状にちょこっと飛び出ていたツノは、手のひらで掴めるくらいまで伸びて上方向にグンとねじれた形になった。
頭の重心が変わったためか、首が前方に少し引っ張られるような感覚もある。
さっき背中に生えていた翼は、今は引っ込んでいる。
翼。ボクの身体にそんな機能があったなんて、知らなかった。もう一度出す方法はわからないけど……。
どうしてこうなったのかは……きっと、封魔の髪留めが不意に壊れてしまったせいだ。
ボクの中で破裂しそうなほど膨らんでいた夢魔の魔力は、堰き止めていた堤防が決壊したかのように、一気に表面に溢れ出てしまった。
あの時、ボクの心は何かに引きずられるように興奮状態になっていた。
自分が自分じゃないみたいだった……。
これも、夢魔の魔力の影響なのかな。
だとしたら……いつから?
いつからボクの心は、影響を受けていたのだろう。
『あなたがどんどん遠くに行っちゃうみたいで、怖い……!』
ふと、ミナミの言葉を思い出す。
そんな、まさか。
『ちがうよ。ボクが選んだんだ』
本当に、そう言い切れる?
知らないうちに、何かに操られていたんじゃないか?
「──オトナシ様、お召し物のご用意ができました」
「ッはあい!?」
いつのまにか、二人の使用人さんがボクを取り囲んでいた。
二人とも女性で、双子ではないかというほどよく似た顔立ちだ。
手には何やら黒い布を持っている。
「いま着ているものは、お預かり致しますね」
「えっ──えっあっ!?」
ボクが着ていた服は、左右から伸びてきた四本の腕にいとも簡単にするすると剥ぎ取られてしまった。
そして脱がされたそばから、新しい服をぐいぐいと着せられていく。
靴下、インナー、ガーターベルト……いや、待って──!?
……恥ずかしがる暇もなく、まるで工場のベルトコンベアに乗せられた商品のように身なりが整えられていく。
はあ、もう。ここまで来ちゃったら、何を着せられても知らない。破れた服よりはきっとマシだろう。
終わるまで考え事でもしてよう──。
それにしても、あの髪留めは借りものだったのに……。リリニアさんにはどう説明すればいいだろう。
引き換えに渡すはずだった霊水が手に入ったならまだしも、ここに連れてこられてしまってはそれもままならない。
魔人であることを隠して大会に出場したから?
それとも、天弓の巫女だと言うことが発覚したから?
どちらにしても理不尽な話だ。ボクの都合なんか関係ない。
腕に魔力を縛る枷をつけられてしまったから、強行突破して無理やり脱出するのも難しいだろう。
これじゃまるで、囚われの──
「お姫様みたいだね、マコくん」
声をかけられて我に返った。
「……ノージェさん」
顔を上げると、鏡の中に黒いゴシックドレスに身を包んだボクが見えた。着付けがちょうど終わったみたいだ。
銀色の髪を包むヘッドドレスまで黒色で、ツノが生えていることを除けば良い家柄のご令嬢みたいに見える。
これが、ボク……?
また、何か違うものに変身してしまったような感覚だ。
ノージェさんが言った通り、本当にお姫様みたいで──。
一瞬だけ、ちょっといいかも知れない……と思ってしまった自分は、なんなのだろう。
二人の使用人さんは主人に頭を垂れ、音もなくスススと室外へ退がっていった。
「よく似合っているね。まるでキミに着られる為に生まれたドレスみたいだ。絵画の中から飛び出してきたみたいに可憐で美しいよ」
王国の第一皇子であるらしい、ノージェさん。
ボクのことを天弓の巫女だと言い、急にこんなところへ連れてきた張本人だ。
「こんな服着たの、初めてです……」
「なんて勿体ないことだろう、マコくん。こんなにも美しいキミが、着飾らないでいたなんて……。もし気に入ってくれたなら、そのドレスは差し上げるよ」
「へっ、いいんですか!? ──じゃなくてっ! ……大会は、どうなったんです?」
危うくノージェさんのペースにのみこまれるところだった。
ボクは、この理不尽な状況を問いたださなければならない。
「……人混みを狙って突如現れた”魔人たち”は、宮廷魔術師によって捕えられ、王国の安全は守られた。筋書きとしては、そんなところさ。国民たちが怖がっていたから、安心させてあげないとね」
「えっ……! それじゃ、大会は……?」
「本日のプログラムは一旦中止されたけど、大会自体は日程を明日に順延して継続開催されるよ。ただし申し訳ないが、キミのエントリーは途中棄権という扱いになってしまうね」
「──そんな!? 横暴です! ボクが”魔人”だからですか!?」
「そうさ。王国ではそういう決まりになっている」
「ひどいです……。人種差別です。ノージェさんもそういうお考えなんですか」
今更になって、バル様が言っていたことの意味がわかった。
王国には、”魔人”の居場所はないんだ。
もっと、忠告を聞いて慎重に動いたらよかったのかな……。
「……マコくん」
──プチ、プチ、プチ。
ノージェさんが、こちらを見ながらおもむろに服のボタンを外しはじめた。
するりと上着をはだけると、次は内側のシャツにも手をかけて──。
「ちょっ……ちょっと! 何して──どうして脱いでますか!?」
「キミに、聞いてほしいことがあるんだ」
ああ、見ていられない。でも、見ずにはいられない。
"性別不明"の体現者であるノージェさんの服の下にあったのは……。
次回「第62話 ノージェ」は6/25更新予定です。




