第51話 内に秘めるもの
旅館・”宵星”に滞在して、二週間ほどになった。
最近は毎日のように、妙な夢を見ている気がする。
夢の中にはバル様が出てきて……ああ、なんだったかな──思い出したくない。
どうにも、寝不足だ。
今日は、ボクとコニーが出場する魔素合戦大会、個人の部の予選が開催される日。
だと言うのに……。
視線の先には、ほのかに熱気が立ち上る逆立った髪。
その下には、しかめっ面で腕を組んだ顔。
……明らかにピリピリした様子で、バル様が椅子に腰掛けている。
話しかけていいものか……迷うボクの眼前を、コニーが通り過ぎた。
「バルさまー! 今日からね! あたしとマコ、魔素合戦大会に行くんだよぉ!」
ひいっ……!
ボクの目には、コニーが今にもはち切れそうなほどパンパンに膨らんだ風船を、無邪気につついているかのように映った。
「──そうか……。そうだよなァ……」
「ねえねえ! 応援に来てよー! あたしたち、フウメイさんのおかげですっごく強くなったんだよー!」
「そうだなァ……」
「ねー! 待ってるからねー! あっ、そろそろ準備しないとっ! それじゃバルさま、あとでねー!」
バル様は、話しかけられたことで少し顔から力が抜けた様子だ。
ひとまず彼の口調が穏やかだったことに安堵しつつ、ボクも声をかけることにした。
「あの……バル様。何か気がかりなことがあるんでしょうか? ボクにできること、ないですか……?」
「いや──」
彼は一瞬だけ否定しようとしたが、こちらを見ると咳払いして組んでいた腕を解いた。
「──うむ……俺は、焦っているんだ」
「焦っている……といいますと」
「この王国のどこかに、”天弓の巫女”が出現した──らしい。だが、一向にその足取りが掴めないのだ」
バル様は、歯噛みしながらやり場のない焦燥感をこぼすように言った。
「天弓の巫女って言うのは……三角大陸の中心にある祭壇を起動して、世界に膨大な魔素をもたらすって言われている人間さんでしたよね?」
「そうだ。……だが、過剰に供給された魔素が幾多の争いと悲劇を生んできたことを、俺は忘れない。人間たちがあの祭壇を再び起動するというなら……。俺はそれを阻止するつもりだ」
再び、彼の周囲の温度が上がるような圧力を感じた。
「阻止するって……どうするんですか? たしか祭壇の周りには結界が張ってあって、”巫女”しか近づけないんですよね」
「……あァ、そうだ。なれば、巫女を見つけたら……俺はこの手で──」
バル様は、空気を握りつぶした。
その手の中で、バチバチと火花が爆ぜている。
「……そうするしか、ないんですか? 平和な解決方法はないんでしょうか」
「"鍵"さえなければ、"扉"は開かれないだろう」
「その前に、人間のみなさんと話し合ったり、とか……」
「何を言っている、マコ。ヤツらの瞳がどれだけ濁っているか──」
「……バル様」
ボクは、訴えかけるように彼の瞳をまっすぐに見つめた。
彼もこちらを見つめ返して──正面から、目を合わせた。
その瞳の中にあったのは──。
長い時間をかけて積み重なった”人間”たちへの期待と、失望。
大切な何かを失った、悲しみの雨。
それらを照らして浮遊する、色とりどりの宝石たち。
中心には、朽ちた人形。そして、そこから生えた新芽。
一筋のか細い光が差し込んだ、小さな新緑の若葉。
かよわい緑色の葉の周りを、周囲と隔てるように炎の柱が守っている。
「……っ!?」
ボクは頭がチカチカして、瞼を押さえた。
一瞬のうちに、色々なイメージが洪水のように流れ込んできたみたいだ。
ぎしり、と前髪をまとめているヘアピンから軋む音がした。
「──マコ?」
「……いえ、すみません。大丈夫です」
彼の中に燃えているのは、"義憤"だ。
彼が自身の目で見てきた歴史解釈が果たして正しいものか、ボクには判断できないけど……。
その決意は、そう簡単に曲げられるものではないのだろう。
でも、あの小さな新芽は……。
ボクは──本当に、ずるい。
人の心の中を勝手に覗くなんて……やっぱり、やるべきことじゃない。
「マコ……すまない。オマエの顔を見て、思い出した。そうだったなァ。”変わるときかもしれん”と言ったのは、俺自身だったな」
彼は椅子から立ち上がると、ボクの頭に手を乗せた。
「そっ、それじゃあ……どうするんです?」
「巫女が見つからないことには、何も判断できないからなァ……焦っても仕方のない事だ。……大会は、俺も同行しよう。なるべく目立たないように観戦させてもらう」
「……はい!」
「マコ、オマエも目立ちすぎないようにしろよ。フウメイは何か策があると言ってたが……、どちらにせよ用心することだ」
バル様は背を向けると、つかつかと部屋へ戻っていった。
……彼の手が頭から離れても、そこにはずっと熱が残っている。
やっぱり、確信した。
ボクは……バル様に頭を撫でられることが好きだ。
そこから暖かさが広がって、多幸感に包まれる……。
また、触れてもらいたい──。
大会が終わったら、彼に言ってみようか。
お付き合いから始めてもいいですかって。
「……フフッ、へんなの」
自分の心の変わりように、つい独り言が漏れた。
「なんか、楽しそうだね? マコ」
「──うわあっ!?」
いつのまにか、ミナミがこちらをじっと見つめていた……!
「い、いつからいたの?」
「さあね、知ーらない」
……ミナミは、なんて言うだろうか。
ボクが、バル様と付き合いたいって言ったら。
* * * * * * *
いよいよだ。
魔素合戦大会の会場は、王国中心部。
王宮からほど近くにある、”闘技場”と呼ばれる施設だ。
施設の真ん中には円形のステージが備え付けられており、それをぐるりと取り囲むように階段状の客席が並んでいる。
一部の客席は、高い位置からステージをよく見渡せる場所にある。
おそらく等級の高い席なのだろう。文字通り、特等席だ。
──ガヤ、ガヤ、ガヤ……。
闘技場内は人でごった返しており、多くの人間が期待に満ちた顔で列をなしている。
大半の来場者は観戦者のようだけど、中にはただならぬ気配を放つ歴戦の勇士も紛れている……ボクの思い違いでなければ、そんな気がする。
『観戦のお客様は、入り口右手のゲートよりチケットをお買い求めください』
施設全体に響くような声が天井から落ちてきた。
ロゼッタさん曰く、これは王国でよく使われる”拡声魔法”によるものらしく、試合の実況でも使われるそうだ。
「さて。マコさん、コニーさん。お二人とも、心の準備はよろしいですね?」
「はい……!」
「はーい! ばっちり、ばりばり、ばっちこい! でーす!」
普段は旅館の切り盛りでこの時間帯は忙しくしているフウメイさんだけど、今日は他のスタッフに旅館を任せてボクたちに付き添ってくれた。
出場するボクとコニーの二人以外にも、バル様にミナミにロゼッタさん、みんな一緒だ。
「大丈夫か……? オマエら、本当にこれに出場するのか……?」
「陛下、今さら心配しても仕方ないですよ~。フウメイさんにお任せしましょう」
「オジサン、意外と心配性だったんだね。二人の稽古つけてたんでしょ?」
「ああ……。だが、ここまで大きな催しだったとはなァ……。王国中から観戦客が来ているんじゃないか?」
闘技場内の熱気は、異常だ。
コニーがいつか言っていた通り、魔素合戦が国民的なスポーツだというのは確からしい。
──ガヤ、ガヤ、ガヤ……。
「ほほほ。案ずることはございませんよ、バルフラム様。マコさんもコニーさんも、優秀な遣い手です。きっと良い成績を収めることができましょう」
「俺が危惧しているのはそこじゃあないんだが……」
「まあまあ、陛下。せっかく見晴らしの良い席を取ったんですから~。私たちは応援に専念しましょう」
「ううむ──」
「ロゼッタ先生、さっすが~! あの高そうな席のチケット、買えたんですか?」
「ええ、ミナミちゃん。一等席と言って、買える中では一番良い席なのよ~。ふふふ」
「買える中では……って、もっと良い席があるんです?」
「そうねぇ。特等の席もあるらしいのだけど、王族の方専用みたいね~」
「あ、そっか……王族さんね。そうでした、そうでした。王国って言うくらいですもんね」
「ええ。決勝戦が行われる日には王族の方も観戦に来るそうよ」
バル様は相変わらず腕を組んで、落ち着かない様子だ。
「王族、か……」
ボク自身も、この為に稽古と準備を重ねてきた。
霊水を……手に入れるんだ。
封魔の髪留めをそっと撫でて、深呼吸する。
「……がんばる、よ!」
声に出して、気合いを入れた。
やや緊張しているけど……いつも通りの、ボクの声だ。
「うん! がんばろーね、マコ!」
元気に飛び跳ねるコニーを見ると、少しリラックスできる気がした。
次回「第52話 ああーっ!!」は5/28更新予定です。




