第46話 魔法講座・中級編
「フッ……フウメイ~!!」
バル様は、哀れな顔で歯ぎしりした。
「要は、マコさんが人前に出ても魔人だと発覚しなければよろしいのでしょう。わたくしに考えがございます。どうかお任せいただけませんか、バルフラム様」
フウメイさんの口調は淀みなく、きっぱりとしている。
「ぐッ……。どういう風の吹き回しだ?」
「わたくしは、山崩し。盤上に光る駒を見つけたなら、それを見逃さずにはいられないのです。……もちろん、バルフラム様。あなた様の不利益をするつもりは毛頭ございませんので、ご心配めされませぬよう──」
「フウメイさん……! ボク、お世話になってもいいですか」
「勿論でございますよ。それでは、詳しいお話はまた明日」
──しゅとんっ。
三つ指をついたフウメイさんの眼前で、ひとりでに襖が閉まった。
「……ということなので、バル様。……よろしくお願いします」
「はァ~。まあいい。どちらにせよ、王国には暫く滞在する必要ができてしまったからなァ」
「ふふふ、陛下。フウメイさんたら、きっとビシバシお二人を鍛えるつもりですよ。取られちゃったら、どうします?」
「なッ……それはやだ! 俺が教えたいぞ!」
「……え、なんの話ですか?」
「定唱化だ、マコ。オマエは魔術適正と即興魔法の扱いは抜群だが、本格的な魔法の運用については何一つ指導できてなかったからなァ。折角だ。出場するからには……勝ってこい」
バル様は一転して乗り気になったのか、ニヤリと笑った。
「わーっ! あたしも教わりたい!」
「いいぞ、コニー。明日は早起きしろよ」
「まっかせてー! いちばん早く起きちゃうもんね!」
* * * * * * *
「すかーっ」
そして、一晩があっという間に開けた。
旅館・宵星の客室にこぼれ落ちる、穏やかな朝日。
静かで心地よい目覚ましだ。
布団の外に転がったコニーと、行儀よく定位置で寝ているミナミと、たぶんロゼッタさんが包まっている毛布のかたまり。
お馴染みの朝の光景に、なんだか愛しさを覚える。
寝ている三人の眠りを妨げないように、静かに寝間着を脱いで……昨日、ミナミが選んでくれた服に着替え、スカートを履く。
ロゼッタさんの魔法でキレイに洗浄済みだから、二日連続で着ても新品同様だ。
あれ──。
どうしてボクは、迷わずにこの服を着たのだろう。
昨日まで愛用していただぼついたローブは、一晩のうちに色褪せた布切れになったみたいだ。
「フフッ……」
口からひとりでに、少女のような笑みが零れた。
──ロビーに降りると聞こえてきたのは、バル様とフウメイさんの話し声だ。
「……それは詮無きことでございます。あの子のこだわりがどこから来るのか、わたくしにはわからず仕舞いなのです」
「俺の例は極めて特殊と言わざるを得ないからなァ……。魂の安全を保証できない以上、身体を全て作り変えるなんて大仕事、俺一人では扱いきれん」
天井を見やると、昨日バル様が焦がした穴は跡形もなく元通りになっていた。
その部分を別の木材で補強した、とかではなく──最初からそこに穴なんか無かったみたいに。
「あの、おはようございます」
「ああ、マコさん。お早うござ──います」
フウメイさんはボクとバル様の顔を交互に見ると、彼の髪が発火するのではとでも言うように、つついと遠ざかった。
「おはよう、マコ。ククク、今日もオマエはカワイイなァ」
ボクはほんの気まぐれで、少し可愛げを出して返事をしてみることにした。
「……ふふっ。ありがとうございます、バル様?」
──チリッ。
彼の髪の毛の中で、かすかに火の粉が舞った。
「……どど、どうした。何か変なモノ食べたか?」
バル様の背後にいるフウメイさんが、今にも彼のことを両腕で突き飛ばしそうな表情になっている──。
「あっ! ええっとボク、コニーを起こしてきますねー!」
今の発言を全力で後悔しながら、退散した。
慣れないことは、するものじゃない……。
* * * * * * *
朝食後、ボクたちはフウメイさんの案内で”演習場”と呼ばれる施設にやってきた。
野球のグラウンドに匹敵するような開けた空間を一区画として、利用者は時間貸しでそのスペースを自由に利用できるらしい。
ここなら、思い切り魔力を解放しても、そうとうな規模の魔法でなければ何かを壊してしまうような心配はなさそうだ。
「──さて、マコさん、コニーさん。あなた方には、来たる魔素合戦大会にて、優勝を狙って頂きます」
「はーい! がんばります!」
「ご指導よろしくお願いします!」
傍ではバル様が腕組みをして、うずうずと口を出す機会を伺っている。
「お二人とも、定唱魔法はいくつお持ちですか?」
「あたしは五つですー!」
「すみません……定唱魔法って、なんです?」
フウメイさんは、長いまつ毛をピクリと揺らした。
「名前を唱えるだけで、すぐに発動できる魔法のことでございます」
「あっ、そっか……えと、一つです」
「ファッ!? 一つ、と申されましたか?」
「ええ、それも受け継いだものなので……ボク自身のは、ひとつもないんです」
「──よ、よよよ……!?」
「クハハ、フウメイ。心配することはないぞ。オマエは今にコイツらの才能に舌を巻くだろう」
「そーだよ! マコは魔法を作ったことなかっただけで、きっとすごいのができちゃうよ!」
「……では、そこから参りましょう。ご存知かもしれませんが、定唱化と言って予め魔法が働く流れに名前を付け、次から簡単に呼び出せるようにする術式がございます。”魔法を作る”とも申しますね」
「はい! 昨日、魔道具屋さんで”定唱化入門キット”というのを買ってきたんですけど……これ、使えないでしょうか」
「ふうむ? 見せて頂けますか」
鞄から、購入したばかりの”入門キット”を取り出した。
ころころ音がする箱と、小さな本がセットになっている。
箱を開けると──、
赤、青、緑、黄、紫。五色の小さな石が転がり出てきた。
「わー! きれーな石だー!」
「おっと、これはマコ……。あちゃー、だなァ」
「えっ!?」
本の中身は、”定唱化”の手順についての説明書きだった。
『じぶんが、かっこいいという”名まえ”を、決めよう!』
『”名まえ”をきめたら、あとはくりかえしまほうをつかって、じぶんのマナにおぼえさせよう!』
『マナが足りなかったら、しょくばいのちからを借りよう!』
これは……。
ちょっと、対象年齢が低めの商品だったみたいだ。
「ご、ごめんなさい……これ、ボクが思ってたやつじゃなかったみたいです……」
「……ほほほ。いいえ、マコさん。簡潔ながら本質を突いたものですよ、これは」
フウメイさんはボクから青色の石を預かると、細目でまじまじと観察した。
「そうなんですか?」
「まあ、名前は確かに大事だよなァ」
「ええ。”名前”とは、定唱化を行う上で最も重要なものです。それが全てと言ってもいいほどに」
「そうだぞ! 俺もそう思う!」
「魔法とは、認識のちからであり、言霊のちからでございます。……”魔法を知るには、世界を識ること”と、先人も仰いました。世界と繋がる為の”鍵”として、名前は重要な意味を持つのです」
「ナイス! 俺もそれが言いたかったんだァ!」
フウメイさんは、抗議するような視線をバル様に送った。
「──マコさん、コニーさん。例えばの話です。”火”と”炎”でしたら、どちらが強いと思いますか?」
「うーん、炎かなー?」
「同じくです」
「左様、概ねそれが正しいでしょう。それは、言葉──言い換えれば、名前とも言いますが。言霊に持つイメージ、認識から来るものでございます」
フウメイさんの横で、バル様がおあずけを食らったような顔をしている……。
ボクはその表情が笑いのツボに入りそうになって、目を泳がせた。
「それでは、次に……”太陽”をそのまま再現するような魔法を作り出すことは、可能だと思いますか?」
「えー、難しそうー。めっちゃ魔素つかうんじゃー?」
「う、んん……?」
フウメイさんは、不思議な微笑みを湛えている。
課題と向き合う子供達を見守ることに楽しみを見出す、教師のようだ。
この問題には答えがあるような気がして、ボクは思考を巡らせた。
「──本人が……心から”可能だ”とイメージしていれば、できるのではないでしょうか」
「……ほほほ。バルフラム様の仰る通り、お二人とも優秀ですこと。ええ、どちらも正解です」
「だろォー!? 二人とも、カワイくてカシコイだろう!? クッハッハ!」
フウメイさんは、バンバンと背中を叩かれているのをまるで無視しながら、淡々と言った。
「強いちからを帯びた言葉を遣うには、それ相応の魔素、そして術者自身の強いイメージを伴うことが肝要でございます。そして、”できる”と強く信ずることです」
「できるって、信じる……あっ──!!」
コニーは突然、耳をピョコンと立てて大声をあげた。
まるで、何か確信を得たように。
「……マコ……! マコーぉ!!」
「なっ、なに!」
ふさふさとした手が、ボクの両手をあたたかく包んだ。
「あたし──わかった、わかったよ……! マコの、おかげだったんだぁー! うわぁー!!」
「えっ、えっ?」
そう言って飛び跳ねるコニーは、うるうると嬉し涙をこぼしそうな顔をしている。
「あたし、信じられたんだよ。マコが、ちからをくれたから……。水の魔素のこと、あたしが愛せるようになったの! んふふ……えへへー!」
「そ、そう……なの? そっか……ふふ、そっかー!」
コニーは、はじけるような喜びを全身で表現した。
"マコのおかげ"……かぁ。
自分のちからがなんだか誇らしくなって、ボクは少し目頭が熱くなった。
次回、「第47話 ボク、魔法を作る」は5/16更新予定です!




