第37話 コニー、奮起する
今度こそ……覚悟、しなければ。
ボクたちが泊まることになった旅館・宵星。
風光明媚な和風の趣がある、美しい宿だ。
その主人であるフウメイさんが獣人だからなのか──それで客層も必然的に偏るからなのか──。
この旅館の浴場は、ニアルタの宿のように人間用と獣人用が分かれていなかった。
ボクの目の前で、脱衣所の空っぽのカゴが荷物を入れられるのを待ちぼうけている。
「へへへ……へっへっへ……マーコ、ちゃんっ♪」
「ミナミさん……あの……勘弁、してください」
「いまさら、なーにを恥ずかしがってるのかなぁ? あの時のわたしの方が恥ずかしかったと思うんだけどなぁ?」
ボクはかれこれ五分くらい、ミナミの前で服を脱げずにいた。
「それは……わるかったけどさ──それとこれとは違くない?」
「わたしが違わないと言ったら違わないんですぅー。わたしの恥ずかしさを返してくださぁーい」
「そんなこと言って、ボクに新たな恥ずかしさを生ませようとしてるじゃないかぁ!」
「へへ、この世界の因果は循環するようにできているのだよぉ、マコくぅん……」
「なんなのそれ、ほんとに」
でも、このままじゃ埒が明かない。コニーはとっくにガラス戸の向こう側に走って行った。
「マコちゃん、もしかして一人じゃお着替えできないのかなぁ? わたしが脱がせてあげよっか?」
「なッ、でき──できるよっ! ちゃんと、ブラの付け外しも覚えたんだから──」
「へぇ~、勉強熱心だねぇ~。ふへへへ」
ミナミはイタズラっぽく笑い、調子に乗っている……。
うう──。
初対面の人に裸を晒すのと、昔のボクを知っている人にいまの身体を見られるのは……必要な覚悟の量が、ぜんぜん違う。
「ね、せめて後ろ向いててよ……」
「……はは、ごめんごめん。つい揶揄いたくなっちゃうんだよね~。そんじゃ、わたし先に入ってるから。ゆっくりお脱ぎなさい」
そう言うとミナミはぽんぽんとあっという間に服を脱いで、浴室へ入って行った。
幼馴染とはいえ、彼女の何も着ていないお尻を見るのは初めてだった。
いま、自分のことばかり考えていたけど……ミナミだって、ボクに見られるのは恥ずかしいはずだ。彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。
「ふぅ──。まったく、もう」
ボクは慣れた手つきでするすると服を脱ぎ、更衣室のカゴに下着を投げた。
慣れた──そうだ。
こんな事はもう……なんてことのない──当たり前のこと。
自分に、そう言い聞かせた。
* * * * * * *
この浴場も、魔王城と同じく日本の一般的な浴場を思い起こさせる作りだった。
旅館自体が和風だったからか、さして驚くことでもないけど……むしろ、勝手知っているぶん余計な気を遣わなくて済むので、助かる。
手早く身体を洗って、浴槽を探す。
露店風呂がいいな──星は、見えるかな。
湯けむりのなかから、先に湯船に浸かっていたコニーが手を振った。
「マコー、おつかれさまっ! 遅かったねー。ここのお風呂、すっごいイイ湯だよー!」
「はぁーー……。そうだねーー……」
ボクは、コニーから少し離れた位置にざぶりと腰かけた。
肩までじんわりとあたたかいお湯に包まれて、力がふっと抜けていく……。
魔王城の大浴場のことを思い出す。あそこのお湯は魔力欠乏に効能があるってロゼッタさんが言ってたっけ……。ここも、そうなのかな。
後ろから、ざぶざぶとお湯をかきわける音がした。
「マコ、そういえば今日はどこ行ってたの?」
頭上で声がしたと思ったら、水面が揺れて──ミナミがボクのすぐ隣に座ってきた。
「──ひぃ!?」
「はは、そう邪険にしないでよー。なんもしないって、今さら」
「……ほんとだからね?」
極力、ミナミのほうは見ないようにしなければ──。
「あー、いつのまにかいなかったよねー! あたし、お店見るのが楽しくて全然気がつかなかったよー」
「うん。バル様の”往診”に付いていってたんだ。転生術について知りたくてさ……えーと──お店もほうはどうだった?」
「あたしたちはねー、的を買いたくて魔道具屋さんを回ったんだけど……二軒まわってどっちも売り切れだったんだー」
コニーは残念そうに肩を落とした。耳までへにゃりと曲がっている。
そもそもは、コニーが新品の的を欲しがったのが王国に来ることになったきっかけだった。
「売り切れ……? 的ってそんなに人気商品なんだ」
「ちょうど今は品薄になってるってー。なんか、こんど王国内で魔素合戦の大会があるんだってさー!」
「大会? へぇ、そんなに人気あるスポーツなんだね、魔素合戦って」
「そうだよー! 三角大陸で魔素合戦をやったことないのは、あかちゃんくらいだもん! 楽しみだなー!」
「楽しみって? コニーは見にいくつもりなの?」
「ううん! あたし、大会に出たいの!」
「へっ? で、出る?」
「うん! ぜったい、出たい!」
コニーは立ち上がって、腕を振った。
もこもこした両腕が、含んだお湯をぼたぼたと落として水面を波立たせた。
「──でもね!?」
「う、うん」
「バルさま、許してくれるかなぁ……」
そう言うと、ドシャリと浴槽に落ちるように座り、はぁ──と息を吐いた。
「……どうして? 出ちゃダメだなんて、言うかな?」
「だってさ……大会って、にんげんさんがいっぱいいるもん。あたし、獣人だから──バルさまは、危ないって言うかも」
「う~ん……」
悲しそうに耳をしおらせるコニーの顔を見ると、言葉に詰まった。
確かに、バル様は人間に対して複雑な感情を抱いているようだったし──。
代わりに口を開いたのは、ミナミだ。
「コニーはさ……人間、きらいなの?」
「ううん? でも、バルさまがいつも注意しろって言うんだ」
「人間から直接、いやなことをされたことがあるの?」
「んー……あたしは、無いよー」
「じゃあ、怖がりすぎなんじゃない? イメージでそう思ってるだけでさ。ほんとはお互いのこと、知らないだけかもしれないよ」
ミナミは、コニーを諭すように続けた。
「──それにさ。わたしだって、"人間"なんだよ。忘れてない?」
「あっ……、そうだったー! ぜんぜん考えてなかった!」
「でしょ。実際に会って話したらさ、種族なんて関係ないって。きっと」
「うん……そうかも! あたしはミナミのこと、すきだもん!」
「へへ、ありがと。わたしもコニーのこと、すきだよぉー」
そう言いながら、ミナミの視線が飛んできた。
「……なんでこっち見るのさ」
「んふふ、なんでだろうね~」
でも──その気持ちを声に出すのは、大事なことだ。
簡単に正直に、"すき"と言えるのは……ちょっと羨ましい。
「……コニー。そもそも、バル様にはまだ大会のこと話してないんでしょ?」
「うん。あたし、大会があるって今日知ったばっかりだもんー」
「意外とあっさり許可してくれるかもよ? もし渋られたら、ボクからも頼んでみるよ」
「ほんとー!? マコ、さっすがー! すてきー! すきー!」
「へへ。マコの頼みなら、オジサンは一発オッケーしてくれるでしょ」
「……そうかもね」
「すっごいやる気でてきたー! あたし、頑張っちゃうよー! うん!」
その後、お風呂を上がったボクたち三人は、同部屋で川の字になって寝た。
人間に、獣人に──魔人。
ミナミと、コニーと、ボクは今は三人とも違う種族だけど、こうして仲良く同じお風呂に入れたんだ。
少なくともこの旅館の中には、ニアルタの宿のように種族の壁が存在しない。
三角大陸の事情はまだ少ししかわからないけど──ミナミの言う通り、壁があると思い込んでいるだけだったら、いいな。
遠く離れた部屋から、ロゼッタさんが大声でけらけらと笑う声が聞こえた。
今晩は、大人たちで晩酌するって言ってたっけ。
見に行きたいという誘惑に駆られたが……眠気のほうが勝ちそうだ。
ボクは、旅館までの道中で彼の背中に身を預けた時の心地を思い出して──いつしか眠りについた。




