第28話 湖のほとりで
「完ッッ璧だ!!」
「ベリオ、ちっこいのにすごいねー! あたし、びっくりしちゃったよ!」
「ほんとぉ!? エヘヘ……」
水晶宮殿の外に出ると、バル様とコニーが褒める声と、ベリオの歓声が聞こえた。どうやら、ベリオの魔法練習に付き合っているみたいだ。
コニーが来ている──ということは、ロゼッタさんもここに到着しているんだろうか。
「ベリオ、オマエは筋がいいなァ! 見込みがあるぞ!」
「ありがとーバルさま! おれ、すげぇうれしいよー!」
さっき会ったばっかりなのに、もうベリオから”バルさま”だなんて呼ばれている彼を見て、ボクはほっこりした。
宮殿が立つ湖の岸には、見慣れない船が停泊しているのが見える。あれが、魔素動力の乗り物なんだろうか。
それは、両側に竜のような翼がついた小型の帆船だった。
木製のボディは光沢があり、美しい流線形は目を見張るものがある。
船の大部分を占める帆は布製ではないようで、陽の光に染まって分厚い金箔の如く山吹色に輝きを放っている。
湖をまたぐ橋の欄干に寄りかかって帆船に見とれていると、こちらに駆けてくる足音が聞こえた。
「──マコちゃんっ!!」
「ふわっぷ!?」
感極まったロゼッタさんの声が聞こえた次の瞬間、ボクは彼女の腕に包まれ、ふくよかな胸に挟まれた。
「ああ、無事でよかった──! 本当に心配したのよ!?」
「ロゼッタさん……! すみません、ご心配をおかけしました。バル様が、助けにきてくださって──」
彼女の泣きそうな顔を見て、思わず口ごもった。水晶宮殿でのんびりとした朝を過ごしてしまった事が申し訳なくなってくる……。
「……陛下は、あなたが攫われてとっても慌てていたわ。”走ったほうが速い!”だなんて言って、私とコニーちゃんを置いて先に出発しちゃったの」
ロゼッタさんは拳をぐっと握って、バル様の顔マネをした。
「そうだったん、ですね……。ああ、ボク……バル様にもロゼッタさんにも、助けてもらってばっかりだなぁ」
「気にしないで、マコちゃん。陛下も私も、そうしたいと思ってしていることなんだから」
にっこりと微笑んだロゼッタさんを見て、心が安らいだ。
やっぱり、この世界でのボクの居場所は、バル様やロゼッタさんがいる魔王城なのかな──。
「……あらあ、ご無沙汰しています。リリニアさん」
ロゼッタさんが、ぽかんと口を開けた。
「ああ……ロゼッタ、だよな? 背ェ、伸びたな」
後ろから歩いてきたリリニアさんが、ロゼッタさんに声をかけた。
バル様と楽しげに遊ぶベリオのほうを見ながら微笑ましそうに笑っている。
「もう──リリニアさんたら、お人がわるいですね~。私、どうしようかと思いましたよ」
「いや、済まなかった。久々にアイツを見かけたから、はしゃいでしまってねェ。我ながらやりすぎたよ」
リリニアさんは、橋のへりに身を預けてバル様たちを眺めた。
ボクは横にずれて、彼女たちの会話を立ち聞きしていいのか迷いつつ、どこに行くでもなく船や湖を見回した。
「……本当にお久しぶりです。先ほど陛下からリリニアさんに息子さんが居るってお聞きして、びっくりしました。ご結婚されたのですか?」
「そういうわけじゃないんだ。まぁ──その──あー、ホント、ややこしいことになってな……。詳しくはアイツに話すから、後でアイツが話したそうだったら聞いてやってくれ」
「あらま。わかりました。──ふふ、でもリリニアさんがお母さんになったなんて、なんだか不思議ですね~」
ロゼッタさんは、まったく笑ってしまうくらい意外なことだとでも言うように笑みを零している。
「いまはあの子の事が可愛くて仕方ないんだ、アタシは。……王国と停戦したのも、あの子を守るのに好都合だったからさ」
「停戦だなんて、驚きましたよ~。あんなに王国を嫌っていたじゃないですか」
「昔はともかく、な。今の王国には、面白いヤツがいるのは確かだよ」
「それは、楽しみですね~。私たちはこれから王国に行くつもりなんですよぉ」
「……そうなのか。念の為、気をつけなよ。前とは変わってきているのは確かだが、まだ溝はあるだろうからねェ」
リリニアさんは腕組みをして、難しい顔をしている。
「お心遣い、ありがとうございます。いまのリリニアさんや陛下を見ていると、三角大陸は何か良い方向に向かうんじゃないかって思いますよ、私」
「アハハ、そう願うよ。──そうだ、マコ、ちょっとこっち来な」
「──えっ、はい」
ボクは急に呼ばれてビクッとしつつ、リリニアさんに従い彼女の側に寄った。
「マコ、今からお前に魔法を教える。アタシが唱えるのを復唱しな。お前や同行者が変わったナリをしていても、周りから注目されにくくなる魔法だ」
「目立たなくなる魔法、ですか?」
「ま、簡単に言えばそうだねェ。いくぞ──」
『擬態暗幕!』
──ススス……。
リリニアさんが魔法を唱えると、彼女の存在感がぼやけるような感じがした。
そこに居ると意識しなければ、視線が素通りして向こうの景色を見そうになってしまう。
ボクは彼女に倣い、同じように唱えた。
「み──擬態暗幕!」
──ススス……。
目に見えない、透明なベールに包み込まれるような感触。
この魔法の効果説明はリリニアさんに聞いて見せてもらっただけなのに、難なく発動することができたみたいだ。
「……おお? 問題ないねェ。──これはアタシが”定唱化”した魔法なんだ。万能ではないが、人混みに紛れるにはうってつけさ。王国に行ったら使うといい」
“定唱化”とは……たしか、城でコニーと魔素合戦をした後、ロゼッタさんから教えてもらった魔法の発動方法のことだ。
あらかじめ魔法の動きの流れを組み立てて名前をつけておき、次からは名前を唱えるだけで同じ効果を得られるというものだった、はず。
結局その後、定唱化について詳しく教わる前に北の王国へ出発することになったので、ボクはまだ試したことがなかった。
「これは便利そうですね、ありがとうございます! でも定唱化の魔法って……。こんなに簡単に受け継げるものなんですか?」
「ああ、それはなマコ。お前、昨日の夜に魔力欠乏でブッ倒れてただろ? その時にちょいとアタシの魔素を分けてやったからさ」
「えっ!」
「……普通はこんな風にあっさりできないはずだぞ。むしろ、ちょっと驚いたわ」
リリニアさんは、関心したように頷いた。これも、ボクのいまの身体の魔術適正の高さのおかげなのかもしれない。
「確かに──ええと、ボク、気を失いましたけど。そうとも知らず、失礼しました……。ありがとうございます」
「いいさ、同族のよしみだよ。こんなに若い夢魔は珍しいからね、可愛がりたくなるものさ」
「そうなん、ですね~……」
ボクは夢魔の文化がどういうものか、少し気になった。これからもこの身体で生きていくのだとしたら、それはきっと知っておく必要があるのだろうけど……。
どうにも、なんとなく話が破廉恥な方向に行きそうな気がして、とても人前で尋ねようという気にはなれなかった。
「さて──アタシはちょっと、アイツと話をしないとねェ……」
リリニアさんは、息を吐きつつ背伸びした。
「リリニアさん、本当に色々──ありがとうございました!」
ボクは、深く頭を下げた。最初は怖い人だと思ったけど、彼女にはたくさんお世話になった。……いつか必ず、恩を返したい。
「どういたしまして、マコ。また来なよ。それと例の件、待ってるからな」
リリニアさんはボクの肩にポンと手を置くと、湖のほとりで遊ぶ三人のほうへ歩んでいった。
例の件──”霊水”のことだ。
王国で済ませるべき用事が、一つ増えたことになる。
「……あら! マコちゃん、どうしたの、それ。かわいいじゃない~!」
ロゼッタさんは、ボクのヘアピンで留めた前髪に気づいて、ぱっと顔を明るくした。
「ほ、ほんとですか?」
「うんうん、とっても似合ってるわ~! かわいいかわいい!」
「えと……ありがとうございます~。なんか、気分が変わって楽しいですね」
ちょっと髪の毛をアレンジしてみただけでも、けっこう印象って変わるんだ……。
次は、ヘアピンの付け方を色々変えて試してみるのも面白いかもしれな──
……ボクはいつの間に──女の子である自分を楽しめるようになったんだろう。
風が吹いて、長い髪がそよそよと揺れた。
次回で、二章目のラストです!




