第21話 懺悔、そして
ボクのせいだ……。
きっと、ボクのせいだ。
夢魔だって? ボクが。
これが、”魔人”の力なのか。……冗談じゃない。
この瞳が、勝手に彼女を誘惑して……誑かしたのだろうか。
彼女がずっと隠していた秘密を、望まぬうちにこじ開けさせてしまったのだろうか。
冗談じゃ、ない。
ボクは、ミナミに謝らなければならない。謝って──彼女がいつも通りに戻ってくれるかはわからないけど……、一番傷ついているのは、彼女自身だ。
夕食の時間は、恐らくとうに過ぎているが……ボクはミナミが目を覚ますのを待った。
ただ、じっと待った……。
「……ミナミ、起きてる?」
──ピクッ。
彼女の背中が、かすかに動いた。けれども、起き上がろうとしない。
「ごめん……ごめんね、ミナミ。謝らないといけないのは、ボクのほうなんだよ」
ミナミはおそらく目を覚ましているが、顔を上げたくないようだ。ボクは、話しかけ続けた。
「キミとずっと一緒にいたけど、ボクはキミのことを全然知らなかった。表面しか見れてなかったんだ。……仲のいい友達だと思っていた。何でも相談できると思ってた。でも……ミナミはずっと、ボクに打ち明けられない悩みがあったんだよね。気が付けなくて……本当に、ごめん」
……彼女は顔を伏せたままだ。
「……さっき言ったこと……正直、まだ混乱してる。だけど……それを聞いたからってボクはミナミの事をキライになったりしないし……避けたりも、したくないんだ」
彼女の背中が、かすかに震えた。
「だから。これからもお互いに、友達……友達以上の関係で、いてね。それからのことは……」
──それは、言葉を紡いでいる自分自身でも、わからない。
「……ボクは……今の身体でどうやって生きていけばいいのか、まだわかって……ないんだ。ミナミにも、考えるのを手伝って欲しいなって思ってる」
彼女の背中を、そっと手を撫でた。
震えは、止まったみたいだ。
「元気が出たら……降りてきてね」
ボクはそう言って、部屋を後にした。
窓の外には、静かにしとしとと雨が降り始めていた。
* * * * * * *
ミナミは、そんなに感情をひきずるタイプではないと思っているけど……今回のことは彼女にとって大事件のはずだ。
なるべくフォローをしたい所だけど、ミナミには一人きりで落ち着く時間も必要だと思う。
宿のロビーに降りると、夕食を食べ終えた客が引き上げていくのとすれ違った。彼らが、こちらを振り返る気配がした。
コニーはまだ寝てるのかな。バル様とロゼッタさんの姿も、まだ見当たらない……。
今、どこで何をしているんだろう。
頭の中でロゼッタさんの顔を思い浮かべると──なんとなく、宿のすぐ外に来ているような気がした。
ロビーを出て辺りを見回す。街灯が夜道を照らしているが、人通りは少ない。
雨が降っているが、傘をさすほどでもない──あっちだ。
少し歩いたところで、宿を目指して帰ってくるロゼッタさんの姿を見つけた。
「あら──マコちゃん」
「ロゼッタさん……。こんばんは、お疲れ様です」
ボクは、ざわついた心を鎮めたかった。どこかで、ロゼッタさんの顔を見れば安心できるのではないかと思っていた。
しかし──ハッとした。先ほど、鏡の中に紅い光を見たばかりだった。
なにをやってるんだ、ボクは?
いまのボクは……彼女と、目を合わせてはならない。
自分の瞳が、自分の預かり知らないところで誰かの心を奪うのを、許すことはできない。
「どうしたの? ──何か、あったの?」
迂闊、だった。ボクは顔を背ける。
思い返せば、先ほどカフェのマスターが奇妙な態度だったのも……この瞳が原因じゃないのか?
怖い。
誰かと、目を合わせるのが──怖い! ボクは、駆け出した。
「──マコちゃん!?」
どうしたら、いいんだろう。
知らなかった。自分の瞳にそんな力があるなんて。人を焚きつけ──煽動し──意のままに操ることだって、できてしまうはずだ。
そんな力が、許されていいはずがない。人の心は、その人自身のもので──誰かが捻じ曲げていいものでは絶対にない。
──なおも、駆ける。逃げるように。
ボクはこれから……、
一生、誰とも目を合わせずに、生きていかなきゃならないんだろうか?
そんなこと──、──ドンッ!
「あうっ!」
何かにぶつかって、尻もちをついた。背の高い男性がこちらを見ている。
「──マコ?」
よく知った声だ。
「バル様……」
だけどいまは……ただ地面を見ることしかできない。
……バル様は今まで、どうしてボクのことをカワイイって、言ってたんだろう。
もしかして──最初から、この瞳の力で魅きつけていただけなんじゃないか?
足元の地面が、音もなく崩れていく。
それじゃあ、なんだったんだ。ボクは──この気持ちは。
「どうした、マコ? 打ち所が悪かったか? 立てるか?」
「……いえ」
この場から動くことができない。彼はいま、どんな顔をしてる?
「おい──様子がおかしいな。何があった?」
顔をあげるわけにはいかない。
顔をあげてしまったら、ボクと彼の間にこれまであった全てが──壊れてしまうと思った。
「なんでも、ないです」
「なんでもないこと、ないだろう!」
彼はしゃがみこんで、両手でがしりとボクの頭を押さえた。
顔が半ば強制的に彼の方へ向けられる──ボクは拒否するように、ぎゅっと眼を瞑った。
「やだ……ボク、やです……バル様ぁ……」
まぶたの隙間から涙が流れて、彼の指の間に沈んでいく──。
いやだ──いまのボクの眼は……ダメなんです。
目を見たら、全て終わってしまう。
「マコ。俺の目を、見ろ」
バル様の声がする。
語りかけるような、されど有無を言わせぬ声だ。
抗うことができない、声だ。
「マコッ!」
熱い感情が、胸の奥から押し寄せた。
──ボクは、目を開けるしかなかった。
月明かりに照らされて……緑色に輝く瞳が、こちらをまっすぐに見つめている。
「困ったことがあったら、俺に相談しろって言っただろ?」
いつも通りの口調。そこには情欲の色も、惑乱の色も、含まれていない。
ただただ、まっすぐだった。
「うっ……ううっ……」
しゃくりあげる声を抑えることができない。
彼は……本当にいつも通りだ。なんともない。びくともしない。
彼はボクの頭をポンポンと撫でると、立ち上がった。
「話しにくいことなら、後でもいいが……俺は、オマエが何かを悩んでいるんじゃないかと思っていた。だが、オマエの目を見て、安心した」
「へっ……?」
流れ落ちた涙は、彼が残した熱い手の温もりで蒸発した。
知っていたんだろうか。この人は……ボクが思っていたよりも遥かに、ボクのことを見てくれていたんだろうか。
「お前の目には光が宿っている。巨大な壁を前にしても、諦めない意志を持った目だ。……俺は、オマエのような目を持つヤツは、好きだぞ」
──トクン。
足元の感覚が、戻ってくる。お腹の奥が、あつくなる。
ボクのこの瞳は……悪い瞳じゃ、なかったの……?
彼はこちらを見据え、口元は優しく微笑んでいる。
何があっても受け止めてくれるような、力強さを帯びて。
「バル様……ボクは──」
──ヒュゥゥゥ……。
ふいに、強い風が吹いた。
それは身体の芯から冷えるような、凍てつく風だった。
頰に当たる雨粒は、氷を浴びせられているかのようだ。
背後から、不吉で大きな……異質な気配が流れてきた。周りの景色が、暗く暗く、沈んでいく。
『ようやくみつけたぞ──そこに居たか。バルフラム』
暗闇の中に、威圧感のある声が反響する。
「──ッ!! これはまずいことになったな、マコ。……ヤツに見つかった」
バル様は、冷や汗をかいて辺りを見回した。
そこへ、ロゼッタさんが駆け寄ってきた。
「陛下、まさかこれは……」
「なんですか、この声は……?」
ロゼッタさんとボクは、同時にバル様のほうを向いた。
「あァ──久しいな。冥眼の魔王だ」
街の景色は消え、そこには闇だけが広がっていた。




