壇上の置物
夕日の許で、歩道橋の下。車道の横。住宅街の横。歩道の上。そこに制服姿の私が歩いていて、淡い色のスカートを揺らしていた。車はわずらわしい音を響かせることが無い。静かな風の音だけが聞こえていた。
ふと立ち止まった。夕焼けに浸されている情景にひとつ、置物のような綺麗な女性が飾られていて、目を奪われたのだ。
水色の着物が良く似合っていて、背が高い。栗色の長い髪の毛が柔い風に逆らえず、揺らいでいた。風に撫でられる彼女はまるで、世界の中心に立っているように見えた。彼女はただ歩いているだけでそんな錯覚を私に与えた。
彼女はすれ違いざま私に気が付くと、綺麗に整った笑顔で優しい微笑みを浮かべた。私はただ丸い目で呆然としたまま彼女を見送った。彼女が通り過ぎて行く方に首をひねって、目で追いかけるだけだった。
「そうだ、私は彼女を知っている」
頭の中にそんな言葉が流れた。彼女のどうしようもない性癖などを思い出したのだ。そうするとあの微笑みが、酷く嘘くさいものに感じた。悪魔の尻尾、を私に連想させるのだ。綺麗な薔薇には棘がある、という言葉がなによりも似合っている。私は何故か、彼女の棘を知っていた。きっと毒入りだ。
だが、どうにも忘れることができないような美しい顔だった。例え私が攫われたとしても、悪い気分ばかりじゃないだろう。
次に現れたのは、スーツ姿の男だった。灰色で皺のないスーツを着こなして、眼鏡をかけている。彼はどこか憂鬱そうに歩いていて、体温の低そうな灰色で広い背中を私に見せていた。彼女ほどの華やかさは無く、冴えない印象を私に与えたけれど、どこか暴力的で知的な部分も感じ取れる。彼は不安定だった。
そして尻尾を掴まされた被害者だった。私はそれだけ知っている。
彼はただ静かに歩いて行く。そして車や電車の類に轢かれてしまったのだと思う。彼女に惹かれたのと同じように、自分を被害者にしてしまった。