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異聞〈十五郎の巻〉


 今宵の語り手は、まだ幼い頃の稲田十五郎。舌足らずなところもあって、お聞き苦しくもありましょうが、ここはひとつ御勘弁のほどを。舞台は、明治時代の山里に御座います。




 今日も、和馬にいさんが遊んでくれました。


 東京にいってからも、帰ってきた時にはいつも遊んでくれます。ぼくは和馬にいさんが大好きです。強くて、男らしくて、優しくて。ぼくの話をいつでもにこにこ聞いてくれます。


 にいさんにだけは、秘密の話もします。


 ぼくのお爺さんは、炭焼きをしながら山で罠猟もしています。ときどき、なにか罠にかかっていないか、ぼくも見に行きます。

 何日か前に山へ罠を見に行ったら、小さな狐がかかっていたんです。冬も終わりのころ、久しぶりに少し雪が積もっていて。雪まみれになって震えていました。

 ぼくは、可愛そうになって、そっと罠から逃がしてやりました。お爺さんには内緒です。


 その話を聞いた和馬にいさんは、笑っているだけで良いとも悪いともいいませんでした。ただ黙って聞いてくれる和馬にいさんが、ぼくはやっぱり大好きです。


 春が過ぎ、和馬にいさんが東京へ戻って、同い年の友達も近くにはいないし、またひとりで遊ぶようになりました。


 夏には川原で水切りをしたり、釣りをしたり。毎日川原で遊んでいたら、ある日、誰かがぼくの袖をひっぱってきました。同い年くらいの女の子で、見たことのない子でした。

 にこにこ、にこにこして、名前を聞いても何も言わず笑っているだけでした。ぼくの言うことはわかるみたいだったけど、しゃべれないみたいでした。身振り手振りで遊びに誘うと嬉しそうについて来て。


 それから、毎日その子と遊ぶようになりました。時間があれば、いつも。


 約束なんてしなかったけど、不思議と川原に行くと会えました。ぼくを待っているわけでもなく、ひとりで遊び始めると、どこからか来てぼくのそばに立っているのです。

 ぼくは、どこの家の子か聞きました。

 でも、その子は、ただ首を振って山の上のほうを指差すのでした。お爺さんから、山には山の民がいると聞いたことがあったから、そこの子なのかなと思って、もう聞きませんでした。


 その子は、しゃべらないだけじゃなくて、驚かしても、くすぐっても、声を上げることがありませんでした。だから、その子がしゃべったときには、すごくびっくりしました。


 もう川原で遊ぶのも寒くなってきたころ、いつもにこにこしている顔をしかめて、その子は悲しそうにいいました。


 とおごろう、わたしはもう行かないとならない。もっとおまえと遊びたかったが、もうじきおまえは死ぬ。そう決まっているんだよ。

 でも、心配はいらない。山の神さまに、わたしが頼んでおいた。わたしが、おまえの代わりになる。

 おまえも、いつか大きくなり、わたしのことを忘れるだろう。でも、おまえがわたしが思うとおりの優しい男なら、きっとまた会える。たがいに忘れていても、また会える。


 よくわからなかったけど、なんだかお別れの話らしいことはわかりました。その子は、明日は川原へ来てはならないといいました。

 ぼくが明日も会って遊びたいというと、困ったような顔で泣きそうになりながら、ぼくのひたいに手をあてるのです。ぼうっと、ひたいが熱くなりました。


 次の日、ひどい熱を出して、ぼくは布団から一歩も出られませんでした。三日目に、急に熱が引いて元気になったので、ぼくは川原へ急ぎました。


 そこには、その子はいませんでした。


 代わりに、ごうごうと水があふれていました。お爺さんは、上流のため池のつつみが切れたのだと言っていました。


 川の流れが治まった後、ぼくは毎日川原へいって遊びました。今度は本当にひとりです。その子と遊ぶようになる前のひとりとは違うひとりです。

 ぼくは、さびしくて、さびしくて。それに、あんなに毎日あそんだのに、その子の顔が思い出せないのです。もやがかかったように、口元の笑顔しか。


 その子と会えなくなって何年か経ち、川原で遊ぶことも少なくなりました。


 そんなある日、川にかかる橋を渡っていると、川原に白い物が光って。妙に気になって見に行ってみると、白くて丸い石がありました。どうやらそれは、動物の骨が丸く削れたもののようでした。軽く振ってみると、からからと、乾いた風の音がするのです。


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