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第39話 餌付けと秘密


 ここは神田の狐屋敷とも噂される神尾家の古い屋敷だ。前当主の神尾しのが亡くなり、残された孫娘の神尾琴葉が一人寂しく暮らしている。


 ……はずだったが、最近は妙に賑やかで。


 それもそのはず、舩坂和馬少佐率いる一隊、稲田十五郎、風間正三、冬柴千代らが詰め所として屋敷を間借りしているのである。


 なかでも千代は、これまで琴葉と絡む機会も少なかったが、人見知りしない性格のこと、すぐに打ち解けて仲の良い姉妹のよう。

 ほかの三人は通いだが、千代のみは同じ女性ということもあって屋敷に住み込みである。暇な時には、正三をこき使って屋敷の修繕から庭の手入れ、破れ塀の直しまで、鼻歌交じりに仕上げていった。


 今日も今日とて楽しげに。


「正三! さぼってないで内庭の手入れをしてきな。ちゃんとしないと、あんたの大好きな幽霊の恨みを買うよ」


「はいはい、わかりました」


 と、正三はうんざりした様子だ。


「だいたいね。敷地が広すぎるんですよ。手入れに手間がかかって仕方がない。破れ塀も離れの雨漏りも直したし、がんばってるでしょ」


「うるさいね。外での仕事がないんだから、それぐらいしても罰は当たらないよ。それとも一人で行くのが恐いのかい? また、お化けを見るかもしれないからねぇ。居合わせなくて残念だったけど、幽霊が出た時は、ずいぶん震えていたらしいじゃないか」


「まったく、千代さんがいなかったことは天の助けでした。いいですか、説明しがたいことが起きたのは確かです。ぼくにも分からないことが起こり得ると、それは認めます。だからといって世に蔓延る迷信、幽霊話の全てを認めるつもりはありません」


「ごちゃごちゃ並べ立てるんじゃないよ。内庭の花は、幽霊にとっても生きてる人にとっても大事な花なんだ。枯らしたら承知しないからね」


「まあ、それはわかっています」


「なら、さっさと行く!」


 と正三を追い出して、傍らの琴葉に向かっていう。


「わるいね、いつもわあわあと。これも性分なんでね。正三のやつは妙に言いやすいからねぇ」


「ふふ、もう少し優しく言ってあげてください。正三さんのおかげで、屋敷もずいぶん綺麗になりました。感謝しています」


「そうかい。そりゃあ良かった。また正三に言ってやっとくれ」


 と嬉しそうな千代である。


 さて、そんな二人が何をしているかというと。炊事場で昼食を準備していた。


 明治時代のこととて、まだまだカマドでの煮炊きだが、そこは物好きな琴葉の父が設えたもの。立って煮炊きができる煉瓦造りのカマドである。このカマドが気に入って、千代は進んで料理番を買って出た。それならばと、琴葉もまた世話になっている十五郎たちに食事を振舞うことを申し出たわけだ。


 料理好きで教えたがりの千代にとっては良い弟子ができたようなもの。毎日、二人で楽しそうに炊事場に立っていた。


「立って煮炊きができるなんて、さすがだね。西洋ではガスで煮炊きしているらしいが、早くそうならんもんかな」


「ええ、立ちカマドだけでも助かりますが」


「食べる専門の男どもに、美味いものを作ってやろうじゃないか。書類仕事、書類仕事といって、なにたいした仕事じゃない。飯の方が大事さ。味音痴の男どもには任せてられないからね。作らされているんじゃあない。作ってやってるんだ。あいつらはいつの間にか餌付けされているのさ」


 と、にやりと言う。


「琴葉も、早いところ十五郎を餌付けしちまいな」


「な、ななな、なにを、そんな」


「あれ、違ったかい? このあたしでさえピンと来たけどね」


「……そ、そんなに分かりやすいですか?」


 と恥ずかしそうな琴葉の頭を撫でながら、


「おや、やっぱりそうかい。素直だねぇ。葛葉も、そうなのかしらん。素直な琴葉も大好きだが、ひねた葛葉も、あたしゃお気に入りだよ」


 ここでいう葛葉は、琴葉と同じ体を共有する何者か。昔で言えば狐憑きあるいは気の病、今風に言えば二重人格となろうか。素直な琴葉と違って、少々ひねくれて大人びた雰囲気がある。


「夜には葛葉と話すこともあるんだよ。葛葉は、あんたと話したことも覚えているみたいだけど、あんたはどうなんだい?」


「そうですね。以前は、ふわふわとした夢のようで、はっきり覚えていないことも多かったのですが、最近は、私もほとんどのことを覚えています。

 ただ、葛葉はあることないこと好き勝手に言うので、覚えていない振りをした方が楽だったり。あ、これは内密に」


「いいよ、いいよ。いい女には秘密があるものさ」


「……実は、秘密というか、困っていることがありまして」


 と琴葉が話したのは、縁談についてである。


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