第38話 銃弾は、薬代わりになるか
故郷へ戻る徹を見送っての寂しい家路。物思いにふけりながら歩いていると、十五郎の懐から曰く付きの黒い銃弾がすり取られた。すり取った女性が銃弾を投げてよこした先に立っていたのは、フロックコートに中折れ帽の明石吉之助である。
それと気付いて注意が逸れた隙に、女性は掴まれた手を振り払って明石のもとへ。
黒い銃弾も、ぱしりと明石が受け取った。
「明石! そんなもの、どうするつもりだ?」
「これか? こうするのさ」
と銃弾を薬のように飲み込んで見せた。
「はっはっはっ、いいね。苦く錆びた味がするよ。おっと失礼」
口を押さえてげっぷをする。その端から、微かに黒い霧のようなものが見えた。口を押さえたまま目を細めて琴葉を見つめる。
「だいぶ仕上がってきた。いろいろな物が釣れそうだが、本命が喰われちゃ元も子もない。そろそろ刈り取ろうか。小夜、あの子をもらっていこう」
「承知しました」
小夜と呼ばれた女性がこくりと頷いた。あの子というのは琴葉のことであろう。すっと踏み出した小夜の前に、十五郎が立ちはだかる。
「琴葉をどうするつもりだ」
「どいてください」
冷たい口調で小夜がいう。
「面倒ですから。用があるのはその子だけです。あなたは要らない」
「女性に怪我をさせたくはない。ひいてくれ」
面倒くさそうに、ふぅと溜息をつくと小夜は勢いよく走りこみ、眼前で体を捌いて背後に回った。その袖を捉えようとした十五郎の腕が途中で止まる。笑みを浮かべた明石が肩を押さえていたのだ。
肩を自由にした時には、当て身をくらわせた琴葉を小脇に抱えて、小夜が走り出していた。人を抱えているとは思えぬ速さである。
しかし、追って追えぬほどではない。
ぐっと足に力を込めて走り出そうとするが、そんな十五郎を引き留めるのは、やはり明石だった。力を入れかけると押さえられ、引かば押し、押さば引く。気ばかりが焦って走り出すことができない。
いつの間にか、小夜の姿が視界から消えていた。角を曲がってその先へ。琴葉を連れ去られ、十五郎の怒りの矛先は明石に向かった。この男を叩きのめし、捕らえることができれば、あるいは。
だが、突き出す拳も蹴りも空を切り、組み付こうとしても、のらりくらりと避けられてしまう。
「そろそろ頃合か」
十分に時を稼いだ明石が立ち去ろうとした時、先の曲がり角から後ずさる女性の姿があった。もちろん、小夜である。
気圧されるように退がる小夜に続いて、琴葉を小脇に抱えて現れたのは、十五郎の同郷の人にして上官、舩坂和馬少佐だった。笑みを浮かべたままの明石の表情が、ぴくりと動いた。
「少佐殿か。小夜では荷が重いだろうな。よくよく縁があるとみえる」
「貴様が絡んでくるのだろう」
少佐が冷たく応じる。
「虫の知らせというやつか。十五郎と二銭の君のことが気になってな」
「あの時は間に合わなかったからなぁ」
「黙れ」
「おお、恐い、恐い。今日のところはそちらに流れがあるようだ。小夜、帰ろうか」
言って、くるりと背を向ける。あわせて小夜も、少佐にじっと視線を送りながら、その脇をすりぬけて明石の後を追った。正気付いた琴葉を立たせ、十五郎に向かって少佐がいう。
「あれは確かに明石吉之助だ。齢六十は超えているはずだが、四十くらいにしか見えん。何を考えているのかもわからんし、異常にして不気味だ。そこで、もし差し支えなければだが」
と言葉を切って、琴葉に問いかけた。
「神田の屋敷の一部を、詰め所に使わせてもらえないだろうか」
「屋敷をですか?」
「被服廠の倉庫を本来用務に使うことになってな。虫の知らせと言ったが、そのことで相談させてもらうつもりだったのだ。君を護ると同時に、うちも詰め所ができて助かる。どうだろう?」
「そういうことでしたら、喜んで!」
「では、決まりだな」
と応じると、十五郎に向かって、良かったなと小声で言って笑ってみせた。




